幽玄勇者とおじいちゃん
勇者はオキタのお見舞い用にタイガーショップの限定羊羹を買いに行っていた。
その帰りの途中、見慣れない老人と出会う。
「いやはや、困ったのう。広すぎて全然わからん。こんなに広かったかのう」
「何かお探しですか?」
「おや、親切な人じゃな。何、店を探しておってな。タイガーショップと言っての。そこの羊羹がこれまたうまいんじゃよ。特に限定の羊羹は昔っから絶品でな。せっかくだから孫娘に買って食べさせてやろうと思っとったんじゃが」
「そのお店でしたら案内できますよ。これから行きますか?」
「う〜ん、そうじゃなぁ、でもちと迷いすぎで時間を使いすぎてしまったわい。孫娘が待っとるし、今日は諦めるとするかの、また次があるじゃろ」
「そうですか。まあ、確かに今から行っても限定品はもう品切れてるでしょうしね…」
「なんと! 相変わらずの人気っぷりじゃなぁ」
「良かったらおひとつどうぞ」
「おお、これはタイガーショップの羊羹、それも限定品じゃ!」
「一つ余計に買ったので、よければ」
「本当に良いのかのう? それなら今代金を」
「ああ、良いですよ。ここで会ったのも何かの縁ですし。そのお孫さんと一緒に食べてください。僕はもう行きますので」
「なんとまあ、見上げた若者じゃ。そうじゃな、せっかくじゃ、お言葉に甘えるとしようかの。孫娘もわしが戻るのを待っとるじゃろうし」
「それじゃあ、失礼します」
「ほっほっほ。名前を聞かせてもらえるかな? わしは孫娘におじいちゃんと呼ばれとる」
それはまあ大体がそうなのではないだろうか。
「ここでは白黒勇者と名乗っています」
「白黒勇者か、ふむ、覚えておこう。かくいうわしの孫娘も勇者でな? 地元では幽玄勇者と呼ばれておってこれがまた誰に似たのか天才でな、本当に可愛い孫で、」
「おじいちゃ〜ん、あ、こんなところにいた! もう、勝手に出歩いたらダメじゃない。全然部屋に戻ってこないし。もう迎えに来たよ。もうすぐお昼なんだから。早く早く、せっかくおじいちゃんのために作った豚足が冷めちゃうよ」
「いかんいかん、豚足デーじゃったか。孫娘が迎えにきおったわ、すまんがまた後での」
慌ただしく老人とその孫娘であろう女の子は一緒に戻っていった。
「あの子が幽玄勇者…どんな使い手なんだろう」
…でも、こうして最上階にいるということは…結構な手練れなのだろう。
羊羹を手に、まず受付嬢の元へと向かう。
オキタの部屋はすでに聞いていたので、そのお礼に羊羹を渡してから、部屋へと向かった。
連絡してもらったら、来ても大丈夫とのことだったので、今回は直接渡しにいくことにした。
「わざわざありがとう」
オキタは横になっていた。ただ、その顔色は前よりもだいぶ良い。
「無理に起き上がらなくてもいいよ。はい、羊羹。お見舞いね」
「うわぁ、嬉しいな。 でも…情けない姿見せちゃったね。せっかく君の前での試合だったんだけど。 …まあ、情けない姿なのは今も、かな」
「全然情けなくなんてないよ。むしろすごく強いんだね、正直驚いた」
「そう? そう言ってくれると嬉しいな」
「それで体の方は?」
「大丈夫。実際よくあることだからね。こうやって横になっていれば、すぐに元通りになるから」
「それを聞いて安心した。話はどう? できそう?」
「むしろ退屈してたんだ。話をしに来てくれて嬉しいぐらいだよ」
「それならもう少しお邪魔していようかな」
「うん、ありがとう。適当にどこでも座っていいよ」
タタミと呼ばれる床の香りが独特だった。 …どこか懐かしい気さえする。
「それにしても、オキタの剣術はすごいね。あのあと僕の師匠とも話したんだけど、師匠も君のことをすごく褒めていたよ。剣術においてはその極地に至っているって。場所が場所なら、とっくに剣聖と呼ばれていても不思議はない、ってね。僕も同感だけど」
「ははは、そう褒められると、何だかむず痒くなるね。 …君に褒められるのは、とっても嬉しいけど」
「どれだけ修練を積んだか、師匠でも推し量れないくらい、鍛錬を続けているんだろうとも言っていた、今もずっと、続けているんだよね?」
「ふふ、そうだね。でもそれは、君だって同じだよね? わかるよ。だって僕と君は、同じ匂いがするから」
「…頂きは未だ見えず。だね」
「うん、そう。頂上に果ては無いから。空高く、ずっと、ずっと昇って行ったら…その先に行った人たちに会えるかもしれないんだ」
「会いたい人がいる?」
「いるよ。たくさんいる。大切な友達、仲間。今はもう、会えないんだけど、ね」
オキタは遠くを見据えていた。
まるで何か、その最果てにあるものを見ているかのように。
「…もう会えない、大切な人、か」
勇者の頭の中には育ての先生の姿が浮かんでいた。
「…君にもいるんだね。 …やっぱり、僕たちはどこか、似ているね」
「…そうかもしれない」
時は流れていった。
その沈黙に苦しさはなく、二人を安らぎで満たしていった。
その後もうしばらく、二人は静かに何もない時を過ごした。
勇者が自室に戻ると、先客がいた。
部屋に備え付けられていた噴流式のお風呂からもう一人の師匠、空間の魔導師が出てきた。
「…師匠?」
「おや? 帰ってきたのかい? まあ気にしない気にしない。これもらうね」
備え付けの冷蔵庫から冷えた飲み物をとって口にする。多分白姫の買ったものだろう。
「いや、まず服を着てくださいよ」
「え〜、良いだろ別に? 部屋の中なんだからさぁ」
「…僕の、僕たちの部屋でもあるんですけど」
「だから〜、気にしない気にしない、私は気にしないから〜」
「こっちが気になるんですよ。はいどうぞ」
「も〜、お堅いな〜。私が良いって言ってるんだから。まあ、仕方ないか。これ以上はお姉ちゃんに怒られそうだし」
「…それで、何か用事でもあったんですか?」
「え? 別に何もないよ? ただ一度入ってみたかったんだ。いいね! この噴流式のお風呂。気に入っちゃったよ。だからまた来るから」
「…そうですか。次はちゃんと出たら服着てくださいね」
「はいは〜い。美味しいなコレ」
何本か飲み終ると軽く挨拶してからスッと消えていった。 …自由すぎる…。
…ああそうだった。
確かあのおじいさんが言っていた。
お孫さんの…幽玄勇者。調べてみようかな。
幽玄勇者 天天
勝気な性格とその愛らしい顔からスポンサーとファンは多い。
独自の法術を使って戦う。その種類は多く、未だ謎めいている。
法術ばかりでなく、体術と剣術にも長けている。
師でもあるおじいちゃんといつも一緒にいる。そのおじいちゃんの方も昔は名のある勇者だった。
今はとっくに引退している。孫娘のことを溺愛している。
…法術、か。
どんなものなんだろう。魔法とは違うものなのかな…一度見てみたいけど…。
…おじいちゃん、か。
流石にそこまでいくと全然わからないなぁ。
それでも母親は…最近わかったけど。
その後、施設内を特に目的もなくただ散歩していた時、
「あ、いたいた。こんにちわ」
「…君は…確かおじいさんの孫娘さんの…幽玄の勇者、だよね?」
「うんそう。天天、今度から呼ぶ時は名前で良いわよ。あなたがおじいちゃんに羊羹渡してくれたのよね? ありがとう。とってもおいしかった。それで聞くけど、豚足って食べられる?」
「豚足? 食べられるけど」
「良かった。じゃあはい、どうぞ。羊羹のお礼、と言うわけじゃないんだけど。私の手作りだから」
「ありがとう、後で食べるね。それで、おじいさんは元気?」
「元気元気。今日もまたどこかに出歩いちゃってる、全くもう、懲りないんだから。迷子になってないと良いけど」
「一緒に探そうか?」
「平気平気。それに、会って一度ちゃんとお礼言っておきたかっただけだから。あ、そうそう、渡したかったのは豚足だけじゃなくて、はい、これどうぞ」
一枚のお札を受け取る。
「お札? 何か書いてるね…何かの呪文?」
「ううん、まあ、そうね。そう思ってもらってもいいかな。魔除けとか、まあそんな感じにも使えるし」
「魔除け、か」
…悪魔ってどうなるんだろう…魔除けられないだろうか…
「本当はもっと色々できるんだけどね。私みたいに法術使わないならあんまり関係ない話だから」
「へぇ、でも興味あるよ、君の使う法術。どういうことができるの? ざっくりとで良いけど」
「燃やして火をつけたり、それで飛ばしたり、剣に加護を与えたり、あとは…死体を一時的に操ったりもできるかな」
「死体を? それってネクロマンシー的なもの?」
「う〜ん、まあ、そう思ってもらっても良いかな。とにかく色々使いようがあるお札だから。持っておいて」
「貴重なんじゃないの? もらってもいいの?」
「全然全然、専用の紙に書けば良いだけだし。私にとっては普通に消耗品だから。それじゃ、羊羹ありがとう、またどこかであったら、その時は遠慮なく声かけてね」
「こちらこそ、お札、ありがとう。そのうちまた」
少し騒がしくも、ハキハキとしたしっかりした良い子だった。
年は自分ともそれほど離れていないと思う。
妖精の勇者と自分の間くらい、だろうか。
勇者は貰ったお札を懐にしまって部屋へと戻っていった。
後日、その幽玄勇者、天天の試合が決定していた。
相手は、獣の勇者…獣に姿を変えることができる特殊体質を持ち、
その絶大な力は岩をも砕く。獣のような速さと強靭な肉体を持った武闘家、とのことだった。
試合当日
勇者は観覧席で試合の観戦をしていた。
天天の相手の獣の勇者は軽く見てもその三倍以上はある。
明らかに体格差がありすぎていた。大人と子供以上だ。
「可愛らしいお嬢ちゃん。怪我したくないなら降参しな。別に誰も驚きやしないよ。大怪我する前にな」
「そう? でもその言葉はあなたにお返しするわ。大怪我したくないなら降参しても良いけど?」
その勝気な性格が伺えた。
「さぁさぁ、それじゃあ試合、開始ィ〜〜〜!!」
獣の勇者はすぐに間合いをつめにいった。
乱打戦にでも持ち込めば勝負は早く着く、とのことだろう。
巨躯から繰り出される打撃を上手にいなしている。
その体術の動きは洗練されており、なかなかのものだった。
互いの攻防は激しさを増していく。
どちらも体術を得意としているのも頷けた。
力は明らかに獣の勇者に分がある、素早さは天天がだいぶ上。
ただ、防御力は獣の勇者がやはり勝っている。
もし一度でもその攻撃をまともに受けたら…今の状況は一変することだろう。
「速いな。でも、打撃も軽い。それじゃあ何度受けても屁でもねぇ」
「下品な例えは嫌い。それならこれは?」
背中からオキタの持つ刀にも似た細身の剣を取り出す。材質は木、だろうか…
札を先端に刺すと、その刀身が輝き燃えた。
「獣には炎よね」
天天の剣が巨躯を捉える、が、
「っつぅ。あっちぃじゃねぇか」
それでも獣の勇者の硬いガードを崩すことはできなかった。
「硬った…」
全く効果がないのは天天にとっても予想外だったのかもしれない。動きが少しだけ止まる。
「攻撃がお留守だぜ!」
地上に着く前にその体を拳が捉えた。
咄嗟に剣をガードに使うも、
鈍い音が響き、後方へと吹き飛ばされた。
「…った〜。 …馬鹿力ね」
起き上がった口の端からは血が少し出ている。
内臓かどこかにダメージを負ったのだろう。
「その見た目にしては頑丈だな。 …だが、これならどうだ?」
獣の勇者の見た目が変貌していく…
その巨躯はさらに倍に膨れ上がり…
肩の筋肉も、足の筋肉も、その全てが倍以上に膨れ上がっていった。
その顔は、獣そのものになった。犬か狼か、それに近い何か。
「こうなったら手加減はしてやれねぇぞ?」
「…ワンちゃんになったらよく吠えるわね」
口の端の血を親指で拭う。
「クク、良い度胸だ。気に入ったぜ」
「別に、あなたに気に入られても、嬉しくもなんともないけど。まあ、それがとっておき? …なら、私も少しだけ、特別に見せてあげる」
懐から札を取り出す。
何やら小さく呪文を唱えると、その札が俄かに淡く発光をし始めた。
ー 転身の術 ー
自らの胸元へ貼る。
その瞬間、異常なまでの爆発的なエネルギーがその身を中心に爆散した。
魔力? 生命力? そのどちらだとしても、
あまりにも大きい。
それはまるで、
「…冗談だろ。なんだその力…人が持てる力じゃねぇ」
獣になった勇者の全身は総毛立っていた。
「…転神」
天天の見た目が変貌した。
先ほどまでよりも、ずっと成長した、そして成熟した女性の姿。
場違いなほどの爆発的なエネルギーが場内に迸る。
そしてその全身に、黒い炎を纏っていた。
「…手加減はするけど、頑張ってね?」