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何でも切れる×2

リメスの手に持った刀身の無い剣から繰り出される見えない斬撃を、オキタは一度も受けることなく器用にかわしていく。

「…驚いたね。よくもまあ、ここまでかわせるものだ。掠りすらしないとは…当然、見えてはいないのだろう?」

剣を下げ、再び距離をとる。

「そうですね。でも、さっきも言った通り、その柄の動きからある程度は読めますよ。それに、剣を振る速度はそれほど変わらないですしね。僕、体は少し弱いですけど、その分目は良いんですよ」

「なるほどね」

…しかし、それは言うほど簡単なことではないだろう。

見えない攻撃をかわすということ自体が人間離れしているとも言える。

リメスは攻撃手段を変えることにした。

剣を使わずに、直接、オキタを取り巻く空間ごと切り裂く。

「おっと、危ない危ない。ふぅ」

しかしそれでもオキタには当たらない。

オキタは前後左右、器用に素早く動いて全てかわしていく。

…どうして当たらない?

「本当は見えているのかな?」

いや、そもそも見えるはずはないんだけどね。

「いえ? ちゃんと見えてはいませんよ。でも、剣線は見えなくても…その殺気までは隠せませんから。どこを狙っているか、それでちょっとだけ攻撃の行き先がわかります。実際に攻撃に至る前の時間的なズレもありますしね」

「…なるほどね」

それもまた、言うほど簡単なことではないだろう。

そもそも攻撃開始から実行までの時間など、無いに等しい。

その刹那を即座に判断してそれよりもさらに速く動く、などというのは常人にとてもできることではない。

「…うぅん、これだと埒が開かないかぁ…じゃあ、数を、数をもっともっと増やしたらどうだろうか? 今度はきっと、いくら君でも、避けるのは無理だと思うけどね」

そう言ってリメスは剣を構える。そしてその体からは視認できるほどの大きな魔力が溢れた。

「わぁ、すごい魔力です。僕でもちょっと見えますよ。 …数、ですか。 …そうですね。 …それなら」

オキタは動きを止め、その場で静かに刀を構えた。

それは無行の形と呼ばれる、オキタが独自に編み出した、何ものにもとらわれない自然の形だった。

あまりにも自然なその形はそのまま見ただけでは、攻撃にしろ防御にしろ、すぐに動作に移るためのものにはとても見えない。

「…ふぅん」

…諦めたのかな? まあいいか。

「じゃあ、始めようか」

リメスは大袈裟な口ぶりでそう言い放つと、

一度、手にした剣を大きくふった。

それをきっかけとして、オキタの周りには見えない斬撃が無数に襲いかかった。

そしてさらにそれを繰り返し増やしていく。

10や20ではきかない斬撃がオキタを襲う。

「ふっ」

鋼の弦で鋼を弾いたかのような、聞いたこともないひどく歪な音が響く。

オキタを襲った無数の斬撃を、オキタはその場を動かずに全て切り伏せていた。

「?!」

斬った?!

私の放つ見えない斬撃を切ったと言うのか?

「…ふぅ、これで…全部お終いかな」

「いや…まだ、まだもっと。そうだね、これからが本番だよ」

リメスの放つ見えない無数の斬撃を、その場に佇んだまま応酬するオキタ。

舞台上で現実にあらざる音が響き渡っていた。


「な、なんと〜、正直、なぁにをしているのか見えないが〜、オキタ選手はリメス選手の見えない斬撃を全て迎撃しているぅ! その動きはあまりにはやすぎて全く追うことができません〜」

黄色い歓声が響き渡った。


「…」

ここまで防げるものなのか?

私がどれほどの斬撃を繰り出していると思っている。

反応速度も、動きも、その全てが逸脱している。

「…想像以上だよ」

それなら、もう手段は選ばない。

私の力…それを直接、その身に伸ばそうじゃないか。

身のうちに直接加えられる攻撃なら、

防ぎようにも、防げないだろう?

「っと」

瞬間的に動き、現れた斬撃を切った。

「…」

なんだ今の動き?

なぜわかった? どうしてわかる?

いや、ただのまぐれに違いない。

リメスは再びオキタの体の内部、その空間を切り裂こうとする。

「…危ない危ない」

オキタは最低限の動作で交わし、現れた斬撃にも対処していた。

「…どうしてわかるのかな?」

「揺らぎ、空間が切られる前の揺らぎが見えました」

「…は?」

「さっきも言いましたけど、攻撃をする際、どうしてもそれは遅れて訪れます。斬撃でもそうですけどね。だからそれを見て対処すればギリギリ間に合います」

ギリギリ…いや、そもそも間に合うわけがないだろう。

オキタはリメスの繰り出す攻撃の全てを器用にかわし、その全ての斬撃を切り伏せていく。

そして驚くべきことに息一つ、あがっていない。

オキタは体力が無い、という訳では無いのだった。

「…体調不良で休みがちだと言われても、今はそれをとても信じられない気分だよ」

「言ったでしょう? 今日はすこぶる快調なんですよ。ここ最近では本当に、珍しいくらいに」

「…そうかい。君にとっては、良い日だね」

「ええ、本当に」

オキタは刀を構える。

一足飛びに間合いを詰める。

リメスは察して移動する。

しかし、空間を移動した矢先、

すぐ目の前にオキタの刀が迫った。

「お!」

かろうじて反応し、オキタに剣を振り下ろす。

「見えてますよ」

動きはフェイク。

無駄のない動き、最低限の動きでリメスの横へ、

オキタの突きが襲った。

「まだまだ」

リメスは再び空間を飛ぶ。

現れた時、オキタによる二段目の突きが眼前まで来ていた。

咄嗟に後方へ飛ぶ。

加速度的に速さを増したオキタの三段目の突きがもうそこまで来ていた。

初撃、二撃目よりも更に速い!

かろうじてかわしたリメスの衣服は切られていた。

「…なかなかどうして、やるものだね」

今のは正直、危なかった。

動きが速い、いや、少しずつ速くなっていっているようにも思えた。

戦いの最初の頃より…ずっと。

「あ〜、避けられちゃいまいした。体もあったまってきたから、正直今回はいけると思ったんだけどなぁ。良い調子だっただけに、残念です」

「そんな簡単にはいかないものだよ」

とは言え、リメスは攻めあぐねていた。

空間を切る斬撃はことごとくその全てを防がれてしまう。

聞いてもできることとはとても思えなかったが、実際にやってのけているのだから信じるしかない。

…それならいっそ。この広い空間ごと飛ばしてしまおうか…

リメスは自身を中心に舞台の周り全てを飛ばすことに決めた。

上空、この会場の上空に飛ばせば、無事では済まない。

…大怪我だろう…それも仕方のないこと。

「降参は、当然しないだろうね?」

「ええ、そうですね」

「…魔法が使えない君だと、致命傷になると思うんだ。それでも…続けるかい?」

「ええ、もちろん」

「…まあ、それなら仕方ないかな」

リメスの周りの空間が全て歪む。

音のない音が周囲を包み込む。

張り詰めた空気が空間を根こそぎ削り取った。

オキタは気づくと、舞台のはるか上空に飛ばされていた。

下には親指よりも小さな舞台と、さらに米粒以下のリメスの姿が見えていた。

この高さからの落下は、通常であれば死を意味していた。



「…まあきっと、大怪我をしても医療班の人たちが治療してくれるよ。何ならそのまま降参してくれたら…すぐに助けられるんだけどね」

リメスの声がオキタに届いたかはわからない。

オキタは刀を鞘におさめ、そしてすぐに体を捻る。

強引に捻り、凄まじい速さで抜刀をする。

回転した。そしてまたすぐに刀をおさめ、また繰り出す。

風車のような回転は速度を増し、オキタは下に落ちるのではなく、横へと流れていった。

観客席に張られた結界に辿りついたオキタは、刀を構える。

刀で触れると結界が弾いた。

やはり刺さるまではいかない。

別に破れなくてもいい。

結界を破る必要などは全くない。

…弾かれれば、それで良い。

オキタは結界に沿って落ちていく。

手を添えて少しでも落下速度を減速させる。

地面が近づきはじめた頃、

オキタは結界に向けて凄まじい速さで突きを穿つ。

その一瞬で何回穿っただろうか。それを正確に数えられた人物は会場にも数えるほどしかいない。

結界が技を弾き、その威力にオキタは横に飛んだ。

そして地面へと、着地していた。

「いやぁ焦りました。死ぬかと思いましたよ。怖いですね」


「…」

あっけらかんとしているオキタを、ただ静かに見ていた。

感嘆と賞賛、純粋にその二つがリメスの心を支配していた。

恐怖を感じたのはむしろ、私の方だよ。

「でも何回も飛ばされたら流石に疲れちゃうなぁ」

オキタは刀を構える。

「だからこれからは離れず、休まず、攻めていきますね」

消える。

そしてすぐに目の前に現れる。

速い。

さらに速い。

明らかに、先ほどよりも、今までよりも、ずっと速い。

リメスもまた消える。

しかしすぐにオキタはそれに追いつく。

現れる場所をいち早く察知し、そこへ向かっていた。

それはまるでいたちごっこ、

どちらかが根を上げるまで続く、鬼ごっこをしているかのようだった。



今まで無敗を誇っていたとは言え、その魔力自体には限界もある。

空間を飛ぶ、切る、斬撃として纏い使う、その全て一つ一つが決して少なくない魔力を使うものでもあった。

そもそも、これほどの長い間を戦ったことは、ここに来てからは無い。

「っ」

リメスの疲労は確実に溜まっていた。

しかし、それはオキタにとっても同じこと。

そしてその限界は、本人が想像していたよりもはやく訪れた。


「ゴホッ」

血。

切ったわけでも、切られたわけでもない。

「ゴホッ、ゴホッ」

オキタの動きが止まる。

口から血を吐いた。

「…あ〜。残念です。ゴホッ。ちょっと…調子が良すぎたのかな。ゴホッゴホッうっ」

苦しそうな咳と、その度に血が地面に落ちた。

「…流石に、その状態で戦うのはもう無理だね」

「…ええ、はい。そうですね。ゴホッ。…ふぅ。調子に乗りすぎちゃいました。 …僕の負けです」

オキタは自身の負けを宣言した。

「それがいい。 …いくら何でも。それで、医療班はまだなのかな? もう試合はすぐ終わるけど」

その声に反応し、急いで医療班たちが出てくる。

オキタは担架に横にされ、連れられていった。

「…さて、と」

納得いったかどうかで言えば、当然、いっていない。

まあ、いくわけがないよね。

きっと、こんな形の勝利を望んだものは、誰一人としてこの場にはいないだろう。

リメスはアナウンスを再開しようとしていた審判の元へと向かう、

「審判、この試合、無効にはできないかな?」

「え? 無効、無効試合ということですか?」

「そうそう、それ。確かあったよねそういうの」

「ええ、まあ、それは当然、ありますけど…でも、それだと、賞金はありませんし、観客たちへのチケットの返金も発生してしまいますが…」

「ああ、それは全部私が負担するよ。それなら何も問題ないだろう? で、良いかな? またいずれ再戦するとして、今回は無効試合にしよう。まあそれはそれで盛り上がりそうだしね。それに…これだったら、私の連続勝利更新は継続できるから。クロノにもいずれ追いつけるし、そのままいけば追い越せるしね」

「わ、わかりました。リメス選手がそう言うのでしたら。 え〜、みなさん、お聞きになられたように、今回はノーゲーム。無効試合です! 後日、あらためてチケットの返金処理をいたしますので、みなさん、今日はこのままお帰りください。 それと、健闘をした二人に盛大な拍手を、お願いしま〜す!」

観客たちの歓声が響いた。

リメスはファンたちに向けて恭しく礼をすると、その場から消えた。

そして消えた後には無数の花びらが舞う。

その大袈裟な演出が、また会場を大きく沸かせていた。

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