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天才剣士オキタ

オキタの両親はごくありふれた普通の人たちだった。

上には少し年の離れた姉もいた。

「うわぁ、可愛い子だぁ。すんごい可愛いねぇ」

「それはあなたもおんなじよ」

「そうだそうだ。今も可愛い子だ」

その国ではへーミンとも呼ばれる地位で、ごくごく普通の、特に何の特筆することもない家庭だった。

オキタは生まれつき体を壊しやすく、よく体調を崩しては一日寝込んでいた。

「…眠い…まだ少し、怠いかも…」

両親と姉は心配したのだろう。

少しでも体を強くしようと、近くの信頼できるドウジョーへと入れたのだった。

オキタはそこで、生涯の友と出会う。

ドウジョーの主の息子だったコンドウと、その親友だったヒジカタである。

オキタよりも少し年が上だった二人は、新入りのオキタを優しく迎えた。

身の回りの世話もし、時に厳しく、時に優しく、ドウジョーの中で歳の近い三人は仲を深めていった。

オキタはドウジョーにも慣れてきた頃、そこで、初めて練習用の不格好なボクトーを手にした。

そして素振りを始めた時、それを偶然見ていた師範は驚愕した。

周りの生徒たちとはまるで動きが異なっていた。

体の線が細かったと言うのに、その剣線には一才の揺れがなかったのだ。

知らせを受けた道場主もまたそれを見て驚愕した。

これで初めて振ったとは…とても思えないほどの練度と精度がすでにあった。

そして何よりそれは、熟練の自分が見ても美しい素振りであった。

一対一の練習においても、オキタが負けたことは一度もない。

ドウジョーきっての実力者となったコンドウ、ヒジカタでさえ、最後までオキタには一度も勝てなかった。

小さいドウジョーの小柄な英雄として、オキタの噂は隣の村や町まで響いていった。

当然その美貌もまた、噂に拍車をかけていた。

さらにしばらくの時が流れる。

成長した三人は、この国の城、エド城へと向かった。


「いいか、オキタくん、俺たちはこれから国に仕えるんだ。エド城のトノ様とヒメ様のためこの刀を振るう、俺たちなら、他の誰よりもその役割を果たせるからな」

「僕はコンドウさんたちについていきますよ。二人となら、どこだろうときっと楽しいでしょうからね」

「お前はいつもそうだな。自分からは決して何も言わねぇ。もっと自分を出していいんだぜ? まあ、つっても、刀を手にしたお前にゃ誰も敵わんが。お前の刀、俺もコンドウさんも頼りにしてるからな」

「もちろんです。ただ、今日はちょっと体調がすぐれなくて」

「おいおい、それならもっと早く言えよ。いつも言ってるだろ。体調が悪かったらすぐに言えって。今更遠慮すんなよ。俺たちの間に遠慮なんてもんはねぇんだ。なあコンドウさんよ?」

「当然。急いで向かう必要もない。出発は体調が戻ってからでも全く構わんよ」

「すみません…いつもありがとうございます。二人にはいつも迷惑をかけてしまって」

「だから迷惑とかじゃねぇんだって。俺たちだって好きでお前と一緒にいるんだからな。これからだって何もかわりゃしねぇよ」

「ヒジカタくんの言う通りだ。それにオキタくんの剣の腕は、国はおろか世界にだって通用すると俺は、俺たちは常々思っている。もっともっと、自分を出していってもらいたいぐらいだ」

「剣の腕は俺も自信があるんだけどなぁ。オキタ、俺たちに気にせず、国をこえて、羽ばたいていってもいいんだぜ?」

「いやですよ。僕に羽なんてないですし。僕は二人と離れるくらいなら仮病使って寝込みますから」

三人は笑い合いながらエド城へ…

城に入り、守りの要として仕えることになる。

そこでさらに多くの仲間たちと出会う。

その仲間たちと共に、コンドウを主、ヒジカタが副となり、オキタは十人の隊長のうちの一人として活躍することとなった。

彼らは城主でもあるトノ様から直々に壬生狼組と名付けられ、城の主要な警備を任されるまでに至った。

トノ様とヒメ様、城下町の人々からもその信頼は厚く、また慕われてもいた。

見回りの仕事は時に大変ではあったが、多くの仲間たちとともに、オキタは毎日を楽しんで過ごしていた。

オキタはトノ様とヒメ様にも気に入られ、城へ招かれることもよくあった。

特にヒメ様とその侍女たちからの人気は、トノ様が少し心配するくらいあったと聞く。

体調を崩して寝込むこともあったが、信頼できる仲間たちと共に過ごす日々は本当に楽しく、充実していた。

ある時を境に、国と国が争いをし始めた。

当然、この国もまたその争いに巻き込まれていく。

エド城の城主であるトノ様はそれをよくは思わなかった、

ただ城下町の民たちと、今まで通り平和に過ごせていければ良いと思ってもいた。

国が攻め込まれるという情報も各地から届くようになった。

…で、あるなら、先にその相手の城を、国を落とせばいい。

そしてそれは他の国々への牽制ともなる。

エド城のトノ様は先手をうった。

有志を集い、優秀な兵を育て、エド城に攻め込まんとする国へ侵攻する。

「僕たちは行かなくていいんでしょうか?」

「ああ、俺たちはこの城の守りを固める。敵に攻め込まれた時のためにな」

「そうだぜ? 俺たちが攻め込むってことは、相手もまた攻め込んでくるってことだからな。俺たち壬生狼組はこの城の、町の守りの要なんだ。みんなを守らねぇとな」

「確かにそうですね。でも、攻め込まれた時、城下町の人たちが心配です」

「うちらのトノ様のことだ、その時はいち早く避難させるだろうよ。まあ、俺たちに敵う奴なんていねぇだろうけどな」

「はは、ヒジカタくん、慢心はいかんよ」

「わかってるよ、コンドウさん。でも俺たちの中には壬生狼組の英雄、オキタさんがいるんだからな」

「ヒジカタさん、揶揄わないでくださいよ」

「そうだったな。城下町の子供の英雄ヒーロー、天才剣士、オキタくんがついているからな」

「コンドウさんまで、困るなぁ」

戦乱の世にも笑顔が絶えない三人だった。

優秀な城主と臣下たちの働きもあり、たとえ戦乱の中であってもエド城近辺は安定していた。

そしてついに、敵の本陣を掴んだ。

その国さえおさえてしまえば、むこう何年も、何十年でも平和になることだろう。

城から主要な部隊を投入し、最後となるであろう戦が決まった。

しかし、敵の本陣を落とし、戻ってくるまで、少なくとも三日はかかる算段だった。

壬生狼組は守りの要として今回もまた城に残った。

その日は、オキタの体調が優れなかった。

「ゴホッ…すみません。こんなに、肝心な時なのに…ゴホッ…」

オキタは城主によって城の内部へ招かれている。

世話をしているのはヒメ様とその付き人たちだった。

オキタはその真面目で献身的な働きぶりからトノ様たちは当然として、ヒメ様たちからも本当に慕われ、可愛がられていた。

「ああ、無理をなさらないで。今はゆっくりと休んでいてください」

「そうだぞ? 何、まだ誰も攻め込んではこんのだ。それに、仮に攻め込んできたとしても、ここには壬生狼組がいる。守りの心配は何もしとらんわ。それに、近くにはお主もおることだしな」

「まあお父様、オキタ様は今この状態だと言うのに、まさか戦わせるおつもりですか?」

「いやいや、その必要はなかろう、と言う話をだな」

「本当に? まあいざとなったら私もあの槍を手に戦いますからね。オキタ様は安心して休んでいてください」

「はっはっは、これじゃどっちが警護かわからんのぅ。ま、いざとなったら当然ワシも剣をとるが」

トノ様とヒメ様たちは朗らかで優しい人たちだった。


「言っても三日だろ? それくらいなら余裕ってもんだぜ」

「ああ、たとえ一週間でもやってやらぁな、俺たちならもっと長くったって守り抜いてみせらぁ」

「そうそう、だから今はゆっくりと休んでおけよ。オキタ。まだ悪いんだろ? 顔色だって良くねぇぞ」

「そうだぞ、オキタくん。なぁに、置いていったりはしない」

「…ありがとう」

コンドウさん、ヒジカタさん、隊長たちもみんな、隊員たちもみんな、優しい人たちだったんだ。


エド城の本隊が敵の本陣を落とした時、

守りの薄さに驚き、そして敵もまた、同じ考えだったと気づく。

本隊は急いで城へと引き返した。

「…今から急いでもやはり当初の想定通り、三日はかかる。お前たち、急ぐぞ!!」

それまで、なんとか持ちこたえてくれ…

トノ様、ヒメ様…

頼んだぞ、コンドウ、ヒジカタ、オキタくん、壬生狼組…


エド城への急襲。

城の守りは決して薄くはない。

どんな事態にでも対応できる練度もあった。

それでも、敵の数が…あまりにも多かった。

一人、また一人と隊士たちが倒れていく。

一人で何十人を討ち倒し、さらに何十人をも打ち伏せる隊長たちもまた、一人、一人と…

倒れていった。

「いてぇなぁ…っと、コンドウさん、まだ生きてるか?」

「ああ、ここで死ねるものか。死ねんよ。それに俺には夢がある」

「ふぅ…それはなんだい?」

「三人で城を造るのよ。そしてそこでのんびり気ままに暮らしていく」

「…はは、いいじゃねぇの。でも、でけぇ城なら、他の仲間たちも入れてやらねぇと、な」

「…ああ、そうだな。 俺と、ヒジカタくん、オキタくん…そして、みんな、一緒に」

敵の中には数多くの手練れもいる。

それでもコンドウたちは最後まで諦めずに戦った。

そして多くの勝利を積み重ねていった。

…最後の時まで、誰一人として諦める者はいなかった。


菊の間

体調が回復してきたオキタは鞘におさめられた刀を手に正座している。

その後ろにはトノ様とヒメ様、侍女たちが避難する天守へと通じる最後の扉がある。

「…」

オキタはただ静かに集中し、時を待つ。


オキタの目線はここを訪れる際に必ず通る扉のただ一点を見ている。

開かなければ、それでいい。それなら何も。

「体調も随分と良くなってきたんです、だから僕も一緒に戦います」

「ダメだ、お前は最後の砦として、菊の間にいろ」

「ヒジカタさん!」

「オキタくん。俺たちの心配は必要ない。まずはその体調を万全に整えるんだ。なぁに、その間に敵は全て俺たち壬生狼組で打ち倒していることだろうよ」

「…コンドウさん…」

「そう心配するな、第一、俺たちが負けるわけがねぇだろう?」

「…わかりました。でも、万全になったら、その時は必ずまた」

「ああ、その時は全部終わってるかもしれないけどな。はっはっは」

笑うコンドウとヒジカタたちを見送って、オキタは菊の間へと戻った。


菊の間へと通じる扉が開かれる。


それが意味するもの…

オキタは静かに訪問者を見据える。


「…ここで最後、か。 ふむ…後一人、か」

みんな、相当な手練れなのだろう。纏う気配でそれはすぐに理解できる。

ここに来れるほどの手練れなのだから。

「…僕がお相手いたします」

それがたとえ、誰であっても、関係のないことだった。

「…構えてください」

「たった一人で、俺たちの相手を? 死にたいのか?」

「構うことはない、これで終わりなんだ。他の連中と同じ場所へおくってやろう」

「ああ、そうだな。おい、聞いているのか? ったく、病人か? 病み上がりか? 随分とひょろっちいが…まあいい、やるぞ」

各々が剣を構える。

それを見てオキタも静かに刀を抜き、構える。

「は、構えだけは一丁前じゃねぇの、だからって、」

瞬間。

次の言葉を告げる前に、一人の首が飛んだ。

「は?」

虚空に舞った首が不思議そうな声を上げた時。

残りの二人の首も宙を舞った。

「…剣を構えたんですから、勝負はもう始まってますよ」

オキタは刀を拭き、鞘におさめると再び正座し、時の訪れを待った。

「…」

誰一人として、この後ろの扉を開かせはしない。


それから一日以上が経過した。

本隊が城に到着した時、その荒れ果てた様に絶望した。

急いで天守へと向かう。

そこへ至る最後の間、菊の間にそれはあった。

無数の首と、無造作に転がる死体。その数は二桁を軽く越えていた。

天守へと至る扉の前には、剣士が一人佇んでいる。

血に塗れていのかと思えば、それほどでもない。

剣士は少し、疲れた表情をしていた。

「…ああ、お疲れ様です。あなたたちが戻ってきたということは、終わったんですね」

「…トノ様とヒメ様は、無事か?」

「はい、二人とも、後ろの部屋にいますよ。ふぅ、ああ、流石に疲れたなぁ。みんな、みんな元気だろうか。元気にしているだろうか。 …ああ…僕だけここに…僕だけ、残っちゃったなぁ…置いていかれたく、なかったんだけど…なぁ…」

オキタは静かにその場に座る。

目を閉じ、微かに寝息を立てていた。

「…ご苦労であった。本当に、よく、よくやってくれた。お前たち、オキタくんを。丁寧にな」

「…はい」

静かな寝息を立てて眠る姿は、まるで無垢な、幼い子供のようだった。

菊の間の惨状を知らないものであったら、これをやった人物がまさかそうであるとは、

誰も信じられないことだっただろう。

奥の間にいたトノ様とヒメ様は傷ひとつなく、避難していた侍女たちもまた全員無事であった。

あれほど数多くいた敵の中で、菊の間を通ったものは、誰一人としていなかったのだ。

オキタはエド城主から特別な褒美を授かる。城を、そして国を守った英雄の称号を与えられた。

そして壬生狼組もまた、英雄として讃えられた。

「…コンドウさん、ヒジカタさん。 …みんな…」

建てられた石碑に刻まれた名前の一つ一つを撫でる。

「…置いていかない約束でしたよね? …やっぱり先に行っちゃったじゃないですか。みんな…壬生狼組のみんなも…僕だけが、残っちゃったな…一人で残るのは、慣れていたけど…違うよ…違う。これは、違う…」

オキタは静かに泣いた。

今までどんなに苦しくても辛くても泣いたことはなかった。

そしてオキタは、赤子の時のように、思いっきり泣いた。

泣き疲れて、気づくと眠っていた。

夢を見た。

懐かしい夢を。

声を聞いた。

懐かしい声を。

聞きたかった声だ。

今はもう聞けない声だ。

「羽ばたいていっても、いいんだぜ」

コンドウさんの笑う声。

ヒジカタさんの笑う声。

仲間たちの、みんなの笑う声…

夢の中のその声で、オキタは目を覚ました。


…壬生狼組は、何よりも強いです。

たとえ相手がなんであろうと、負けることはない。


その後、オキタは一人、旅に出る。

さまざまな国を渡り歩き、出会いと別れを繰り返し、時に寝込み、それでも世界を旅しながら、己の技を磨き、更にさらに己を高めていった…

小さなドウジョーの英雄は、壬生狼組の英雄となり、

そしてその国の英雄が各地で目覚ましい活躍をし、勇者と呼ばれるほどになっていく。

小さな村のヘーミンの一人は、そうやって英雄から勇者になったのだった。

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