第13章:オートメーションの波
・・・なつかしいなぁ、このエピソードタイトル。
『オートメーション』。
実に、少年時以来・・・
1043年ぶりに口走る『単語』である。
地球暦の、1981年以来なのだ♪
ぼくが小学校5年の社会で、初めて触れた単語だった。
皆さんが生きていらしたころの、5年生のときの社会科の授業って、どんなものでしたか・・・?
ぼくらの矢板市立川崎小学校で使っていた教科書では、
5年生の1年間は、
日本全国の気候、地理、産業、工業・・・そして、農業や文化などについての勉強をやりました。
そして、6年生になると、今度は、
「日本の歴史」。
縄文・弥生時代から始まって、平安時代の貴族生活、鎌倉・室町時代、戦国時代、江戸時代・・・近代、現代と、全般的な日本史について学びました。
お・・・
また、人間時代の、ぼくの悪い『脱線グセ』が出て来ておりますなぁ(笑)。
新しい命になっても、こういうのは、なかなか治らんのですわ。
はははは。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
・・・話を戻しますね。
『オートメーション化』というのは、
いままで人間が素手でやっていた、たとえば自動車の組み立て作業なんかを、
ベルトラインにのっけて、それぞれの組み立て工程において、専用に開発された機械が、インプットされたプログラムにのっとって、黙々と作業をする、
流れ作業的・大量生産システムのことを指します。
これは、ぼくが小学生だった、1970年代・1980年代には、自動車業界ではすでに当たり前のものとなっていて、
それが社会の教科書や、付随する資料集や、図書室の図鑑なんかにも、写真と解説つきで触れられていたのです。
実際に、ぼくは・・・
1981年5月の遠足で、栃木県の上三川にある、
日産自動車工場の見学にも行き、
高度にオートメーション化されたロボット・アームの皆さんが、ときおり『火花』を散らしながら、余計な「へらずグチ」を叩くことなく、ただひたすら黙々とまじめに作業する姿を目の当たりにして・・・素直に感動する一方、
どこか、背中がうすら寒くなる感覚をおぼえたものです。
(いつか、オートメ化された機械たちに、ぼくらの暮らしがおびやかされ、しまいには人間社会全体が乗っ取られる日がやってくるのでは・・・?)
という、漠然とした不安に包まれながら、ね。
追伸:
実際のところ・・・
平成・令和時代には、発達した機械に、仕事を奪われる人たちも出て来ておりましたよね。
たとえば、
高速の料金所における、ETCシステムの導入による「半無人化」とか、スーパーのレジの「半無人化」による、人員削減とか・・・そんな、ゆゆしき案件が。