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001 城

 僕の城ができた。

 大学から徒歩十分のワンルーム。築年数は古く、外観はボロいが、中はそこそこ綺麗。風呂、トイレ、洗面所は独立。畳じゃない、フローリングだ。布団じゃない、ベッドだ。父が酔っ払った時の歌声は聞こえてこないし、母に予告なく入ってこられて小言を言われることもない。


「自由じゃー!」


 僕は敷いたばかりのシーツの上に寝転がった。受験勉強は大変だったけど、無事合格できてよかった。これから四年間、僕はモラトリアムを過ごすことができる。

 ベッドの横に設置した、本棚代わりのカラーボックスの上には、ホワイトムスクのルームフレグランス。ガラスの瓶に木製のスティックが入ったやつだ。仏間の線香とは比べ物にならないくらいお洒落な香りと見た目。

 どうしても置きたかった黒いソファ。黒いローテーブル。これらのおかげで部屋の印象は一気にクールになり、誰かを呼ぶ時に活躍してくれそうだ。

 どうせ自炊はしないからキッチンは狭い。炊飯器すら置くスペースがなかったが、電子レンジと冷蔵庫さえあれば何とかなるだろう。マンションを出てすぐにコンビニがあるし。

 引っ越してきて最初の夜は、そのコンビニで弁当を買って静かに食べた。食後の一服はベランダで。

 僕が通う大学の規模は大きく、入学式は二回に分けて行われるらしい。文学部の僕は午前の部。明日はくれぐれも遅刻しないように、スマホのアラームをかけ、早めに眠った。




 入学式は退屈だった。お偉いさんの長話が続き、何度もうとうとしかけた。目が冴えたのは応援団の太鼓とかけ声のところで、そこだけは楽しかったので眺めていた。

 喫煙所の場所ならオープンキャンパスの時に確認していた。芝生広場がある辺りだ。校内にはここしかないらしい。喫煙者の肩身は狭いがないよりマシだ。そこに行くと、先客が一人いた。


 ――派手じゃのう。


 顔立ちや骨格を見るに明らかに男性だ。ただ、金色の髪は胸が隠せるくらい伸びていた。両耳にはいくつもあいたピアス。蛇なのか何なのか、よくわからない柄の赤いシャツを着ていた。清楚なイメージがあった神戸にもこんな人がいるのか。

 なるべくそちらの方を見ないように気をつけながら、スーツのジャケットからタバコとライターを取り出したのだが、その金髪の男性から声をかけられてしまった。


「君、新入生やのに堂々と吸うて、なかなかやるなぁ。あ、一浪してて誕生日きてる可能性はあるか。でもそうは見えへんなぁ。ん?」


 いきなりまずい絡まれ方だ。僕は素っ気なく返した。


「……別にいいじゃないですか」

「ほな十八かぁ?」

「そうですけど」

「悪い子やなぁ」

「……放っておいて下さい」


 やっぱり都会だと厳しいのだろうか。地元では、隠れて吸っていれば、タバコの香りを漂わせていても黙認してくれていたのだが。僕はさっさと離れたくなったので、勿体ないが途中でタバコを灰皿に放り込んだ。すると、金髪の男性が続けて話しかけてきた。


「その黒髪、フワッフワで可愛いなぁ。気合い入れてパーマかけたん?」

「天然っす」

「わぁ、触らして!」

「ちょっと何するんですか!」


 金髪の男性が手を伸ばしてきたので、つい腕を上げてしまったのだが……僕の肘が思いっきり彼の顔面に当たった。


「痛ぁ!」

「す、すんません」


 やり返されるか。身構えたが、金髪の男性はヘラヘラ笑うだけだった。


「今のは効いたわぁ」

「ほんまにすんません」

「詫びついでに名前聞かせてもらおか」

「……西川瑠偉(にしかわるい)です」

「瑠偉? カッコええなぁ!」


 この名前は嫌いだ。両親共に和風の顔をしているくせにどうしてこんなのをつけたんだが。


「俺は櫻井渚(さくらいなぎさ)

「櫻井、さん……」


 櫻井さんは背も低いし肌も白いし、渚という響きはぴったりな気がした。


「文学部やねん。瑠偉くんは?」

「あ……文ですけど」

「ほな丁度ええなぁ! これから履修登録やろ? 効率ええやり方とか教えたるわ」


 その手のことはキッチリ下調べしていたのだが、不安は少しあった。下手にネットを見るより先輩に聞いた方が手っ取り早いかもしれない。しかし、出会ったばかりで肘鉄を食らわせてしまった相手にそこまでしてもらってもいいものなのだろうか。

 僕が返事に困っていると、櫻井さんはたたみかけてきた。


「過去問も持ってるで。毎年同じテスト内容の一般教養とかあるねん」

「過去問……!」


 それは魅力的だ。同級生より一歩リードできるかもしれない。単位ならなるべく楽をして取りたいもの。


「俺、一人暮らししてんねん。寄っていかへん? コピー渡すわ」

「ぜ……ぜひ!」


 どのみち今日は何も予定がない。俺は櫻井さんと一緒に喫煙所を出て、大学の裏門に向かった。並んで歩くと身長差がよくわかるのか、櫻井さんが言った。


「瑠偉くんほんまに背ぇ高いな……何センチ?」

「百八十五っす」

「ええなぁ、ちょびっと分けてほしいくらいやわ」


 櫻井さんは百六十センチそこそこだろうか。彼の頭は俺の口元辺りだ。


「まあ、デカすぎてもええことないですよ……よくぶつかるし、服ないし」

「そのスーツ、よう似合っとうで。カッコええ」

「そ、そうっすか?」


 褒められると悪い気はしない。僕は身長はあるが細い方で、スーツは苦労して探したので素直に嬉しいのだ。


「瑠偉くんの私服も見てみたいなぁ。どんなんやろ」

「まあ……普通っすよ。動きやすい感じっす」


 そう言う櫻井さんの方こそ、どこで服を調達するのか気になってきたが、それを質問する前に着いたようだ。


「ここやで」

「わっ……」


 そこは、僕が構えたのとは大違いの、本物の城のような新しいマンションだった。

 


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