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遺物と柊  作者: 猫の手
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第二話 母なる眼

托卵。


自身の子を他の生物に托すというもの。


私は生まれた瞬間からそれを知っていて、家族はそれを知らない。


私という存在は人間ではなく、遺物という存在なのだ。


それでも私にとっての家族は何事も知らない人間の両親だけ。


本当の親など、どうでも良い。遺物にとっては托卵自体が目的であり、その後の目的など何もないのだ。


ただそうであるからそうであるだけ。それ以外の意味を探すことなんてなんの意味もない。




「今回もご苦労様。それで、君も検討が付かないんだろう?」


「まったくね。でも、知ってるのは機構の人間でしょ?」


「まぁ辞めていった人の可能性もあるし、そうでない可能性もある。あまり気にしない方が良い」


「……随分と適当な極秘情報ってことね」


「事情を知っている人間には簡単な口止めはしてるさ。そう怒らないでくれよ」


「簡単なって、どんな?」


「口外したら殺す。それだけだ」


「確かに簡単な口止めだね」


簡単ではあるが、効力は絶大か。この機構であれば、それがただの脅し文句だとは考えないだろう。


「ともあれ唐傘お化けの件については対処してくれてありがとう。いつもの口座に金は入れておく」


「何か分かったら教えて。それと、心にもないことは言わないで」


「君が人間になる手伝いをしているだけだろう。そう睨むなよ」


「……」


男の言葉に私は再度睨み付け、その部屋を後にする。




人間になる手伝い、か。


馬鹿げた話。私は人間になりたいわけでもない。人間のようにして生まれてしまったから、人間のように生きているだけだ。そこに憧れなんてものは当然ない。


「あれ、柊ちゃん?」


「ん」


名前を呼ばれ、私は振り返る。


「雪」


「やっぱり柊ちゃんだ!すっごい久し振りだね」


私の顔を見てパッと笑顔になる女性。花宮雪という女性は、私の学生時代の友人だ。いつも一人でいた私に声をかけてきて、最初は面倒だったけれど次第に仲が良くなっていった。なんてよくありそうな話である。


「そんなに久し振り?」


「そうだよー!中学校の卒業以来でしょ?それで今は大学生だから……ね、すごい久し振り」


「そうかもね」


会話を続ける気のない会話。私はかつて雪にそう評されたことがある。だが、雪自身はそれで良いらしい。私のその態度が雪にとっては居心地が良いらしいのだ。


「柊ちゃんって今は何してるの?」


「仕事」


「大学には行ってないんだね」


「私バカだからさ。それにお金も必要だし、自分で用意するのは無理だった」


そう言うと雪は顔を伏せ、小さな声で「そうだね」と言う。私の家族が『事故」で亡くなったことは雪も知るところだ。それについて思うところがあるのだろう。


「雪はどう?大学楽しい?」


「それなり、かな?」


「いいよ、気を遣わなくて。私は私で雪は雪なんだから。私は私のことで神様を憎んだりしないよ」


「……そうだよね。柊ちゃんは昔からそうだった」


雪は笑う。それは少し悲しそうな笑い方だった。


「だから、私は柊ちゃんのことを尊敬してるんだった」


「そんな大した奴じゃないよ、私はろくでもない奴だから。それより雪って引っ越したんじゃなかったっけ?」


本当に確か、そんなことがあった気がする。


同じ高校に行こうと話をしていて、しかしそれは叶わなかったのだ。雪が家庭の事情で引っ越しをすることになり、この東京を離れることになったという流れ。


「妹が高校生になったから、その姿を一目見ようってこっちに来てるの。ほら、私は母親の方で妹はお婆ちゃんのところでしょ?」


どういうこと、と聞こうとしてやめた。雪の口振りからしてきっと事情は私に説明していたのだろう。だが、私はその話を覚えていない。私と雪の関係であれば、そのくらいの話をしていてもおかしくはない。


結局、私は友人のそんな大事な話すら忘れているくらいには冷めた奴ということ。それは人間ではないからとかは関係なくて、私が私だからだろう。


だから言ったのだ。私はろくでもない奴だと。


「実はね、まだ柊ちゃんがこの街にいるってなんとなく分かってたんだ。それで、もしかしたら会えるかもって出歩いてたの」


「超能力か何かで?」


「そうかも。でも、一番は妹が雨の日に傘を貸してくれた親切なお姉さんに会えたから……かな?」


にっこりと雪は笑う。雪の妹とは会ったことはない。言われても思い出さないということは、本当に会ったことがないのだ。


恐らく、私の特徴を話してそれが合致したのだろう。それはなんとも奇妙な縁が生まれてしまった。


ただ、このとき私は昨日、あの子たちに傘を渡して良かったと心の奥底から思った。そうしなければ今日こうして雪と出会えることはなかったし、家族が死ぬという経験を雪にさせなくて済んだから。


「きっと傘が邪魔だったんだろうね、その人は」


「変わり者だからそうかも。でもね、きっとすごく格好いい人だと思うよ」


「どうかな」


私は顔を雪から逸らす。そんな私を雪は笑ってみていた気がした。


なんだ。


逸らした視界。学校が目に入る。私が通っていた高校だ。雪は知らない高校。


その学校は、様子がおかしかった。平日の昼間だというのに校舎の入り口は何故か閉まっていて、その中で生徒たちが窓を叩いている。まるで助けてくれと叫んでいるように。


「雪、私学校に用事があるからさ」


「あ、そうだったんだ。じゃあ……今度ご飯でも行こうね」


付いてくる、と雪は言わない。昔からそうだ。雪は私が一人になりたいということを察して、そう言ってくれる。


「うん、行こう。これ、私の番号」


「今時紙に電話番号を書いて渡すなんて、やっぱり柊ちゃんは柊ちゃんだね」


「変わらないよ、私は。それじゃ、またね」


そう言って私は雪と別れ、学校に入っていった。




校舎に近づくとすぐに異変を感じた。先ほど同様、生徒が窓を必死に叩いている。周囲を見渡すも外にいる生徒はおらず、何人かの生徒が外に出ようと窓を叩いている姿があるのみ。


私は上着を脱ぎ、その上着で手を包み、窓から離れるようにジェスチャーをしたあとに窓を叩く。


すると窓は簡単に割れ、生徒の一人が外へ飛び出してくる。


「何かあったの?」


「に、逃げろ逃げろッ!!お前らも早くッ!!」


「君、教えて。何か事件でも起きたの?」


「バケモノだよッ!!バケモノが出てきてみんなが……うっ!」


その生徒は口元を抑える。嫌なものを見てしまったらしい。


「そのバケモノはどこ?」


「ち、地下のプール!助けてくれてありがとなッ!!」


生徒は口早にそう言うと、中から飛び出してきた複数人の生徒と共に逃げていく。


何か事件か、それとも別の何かか。


分かりきった答えはシンプルで、私はすぐに電話をかける。


『どうした?』


「私の通っていた学校に遺物がいるみたい。何か分かる?」


『遺物が出れば反応がある。そこに反応は……ん、いや待て。今反応が出た』


「今?」


『ああ、今だ』


それは少しおかしい。機関では遺物を事前に探知することに心血を注いでおり、それには時空間の歪みだとか気圧だとか空気の流動だとか難しい話が絡んでくるが、事前に知ることができている。


そこから遺物に対しての危険度を測り、問題があったり被害が出れば排除に動くというのが一連の流れ。


だからたった今、既に遺物が出現して被害が出ているということがおかしいのだ。


『少し妙だ。気を付けて対処してくれ』


「了解。それより生徒が何人か逃げていったから」


『ああ、統制はこちらでしておく』


遺物の存在が外に知られないように。それでも外に出るときは出てしまう。それが都市伝説や未確認生物という形で広まっているのだ。


「さて、どんな奴かな」


私はそう呟き、校舎の中に足を踏み入れた。


懐かしい匂い。懐かしい空気。それに混じって感じるのは人の血の匂い。私が通っていた頃の校舎とは姿形が同じの別のような空間。


先ほどの生徒の言葉を信じるなら地下にある屋内プールにソレはいるらしい。そこに行くために通るべきは長い廊下を歩き、校舎の端にある階段を降りなければならない。


「誰かいる?」


私は人の気配がまったくしない廊下に向けて問う。返事はなく、響いているのは水滴が落ちる音のみ。いや、落ちているというには起きている現象は真逆だ。その水滴は下から上に登っているのだから。


赤い水滴。床から天井に向け、降り出したばかりの雨のように登っている。その異常は間違いなく遺物がこの学校にはいるという証明だ。


血。それも一滴どころではなく、大量の。この校舎の中に存在する人間はもう全てが死んでいると考えても良い。


だから、嫌なんだ。本当に後味が悪く、気分を害する。人と関われば関わるほどにその可能性は上がっていく。私が一人ということを愛す理由でもある。


手っ取り早く始末してしまおう。




地下にある屋内プールへの鉄扉を開ける。ギィ、という音とともに錆びついた扉は開かれ、じっとりとした空気が顔を覆った。


ソレはすぐに見つけることができた。プールの真上に浮かぶ球体、それは言うならば巨大な目玉だ。目玉にいくつもの触手のようなものが生え、それは白い毛で覆われている。


辺りをぐるぐると見回し、目玉は人を探す。探す、探す。


「よ」


私はその目玉の後ろに立ち、声をかけた。すると目玉には耳などついていないというのに、回転して私に視線を向けた。


直後、ひどい頭痛がする。目の奥を針で突かれているような激痛。私はその痛みに目を細め、目玉からは視線を外すことはしない。


同時に感じたのは上に引き上げられるような感覚だ。重力が逆に働いているような違和感。私は上を見る。


「なるほど」


そして理解した。プールの天井にはおびただしい数の人間が磔られており、その全てがミイラのように骨と皮だけの存在になっている。目玉は遺物として、それを行うことを目的としているのだ。


目玉は見続ける。頭痛はひどくなることはないが、それでも目玉に見られている限り継続するのだろう。


「悪いけど、私にはそこまで効果ないよ」


人であれば。


私は天井に磔になっている人間と同じ末路を辿っていたはず。遺物の目的のほとんどは人を対象としたもので、遺物を対象としているものは聞いたことがない。だから私という遺物は対象外なのだ。


それでも影響はある。今こうして感じているひどい頭痛だったり、上に引っ張らるような感覚であったり。


それにしても、この遺物はどうやら見ることしかできないらしい。無数に生えている触手のようなものは周囲の探知に使うものだろうか。見ることによって発動する効果のみならば、簡単に排除することはできる。頭痛のせいで体の動きも随分と鈍っているせいで時間はかかるが、あの目玉に鎌を突き立てればそれで終わりだ。


一歩、歩く。


無音がなる空間に響いたのは、着信音。私はポケットからスマートフォンを取り出し、その電話に出た。


「今、取込み中なんだけど」


『そうか、なら早く始末することを勧める』


「ちょうど今取り掛かろうとしていたところ」


一歩、歩く。


『その遺物は【母なる眼】だ。屋内にのみ出現する遺物で、見られた者は天井に磔にされ死に至る』


「そうみたいだね」


一歩、歩く。


『家に室内に突如として現れることもあれば、ドームのような広い場所でも屋内であれば出現する遺物だ』


「じゃあ、運が悪かったみたい」


『だが、それよりも注意すべきはそいつが母ということだ』


「……どういうこと?」


『そいつは母なんだよ。だから子を産む』


ぼとり。ぼとりぼとりぼとりぼとりぼとり。


周囲を見る。天井の死体から落ちてきたのは無数の目玉だ。その目玉は床にぺちゃっという音を立てて落ちたあと、動き出す。


数十にも登る目玉の視線は全て室内にいる私へと向けられた。


私という異物に対して。

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