5話 顔合わせ
トゥルス帝国から来た案内役の少年アレフは、ロジェと共にグレースの町を見て回ると、市場通りを歩いていた。
アレフは人通りが多く、馬車が往来する道を眺めながらロジェに話しかける。
「とても活気がある所ですね」
「そうだな。最近は、魔物の大量発生も収まりつつあるから、みんな外に出るようになって、活気が出ているよ」
ウームと納得したように頷くアレフ。
「確かにそうですね……魔物が鎮静化してきて、人の動き、物の動きが活発になりつつあります……この国は大陸を繋ぐ貿易国ですから、これからどんどん発展しますよ……それに……」
ロジェは感心しながら聞いている。
この少年……若いのに良く分かっているな……
アレフは市場を見回しながら、手を向けて話しを続ける。
「あの野菜売りの方は、下半身が馬のケンタウロス族、あちらの小柄な道具売りはドアーフ族、あそこで飛んでいる果物売りは妖精族です。他種族の魔族が人間族と普通に生活している……」
ロジェは不思議そうにアレフに話す。
「そんなに珍しくないだろう、今はもう、魔族だ、人間だ、なんて言う者は少ないだろう」
アレフの表情は、少しだけ曇って見えた。
「ええ、表向きではそうですが……ここまで違和感も差別も無く、種族間の争いもない町はありませんよ」
「そうなのか……」
ロジェは何となく街並みを見渡しているが、そこは、ロジェの良く知る風景だった。
……いつもと何も変わらないのだがな……他の町は違うのか……
アレフは再び周りを見渡すと、嬉しそうに笑った。
「さすが、魔大陸とヒュー大陸の境にある町です。もちろん、領主様であるクルム伯爵の統治が素晴らしいのですが、それにしても素敵な町ですね」
「ロジェさん、見てください。屋台もありますよ、串焼き肉。食べましょう!!」
ピョンピョンとはしゃぎ、ロジェの手を引き店の前まで連れてきたアレフ。
このはしゃぎ方を見ていると、ただの少年にしか見えないんだがな……
ロジェは、何とも言えない表情でアレフを眺めた。
串焼きを持つ二人。
アレフが頭を下げロジェにお礼をする。
「奢って貰って良かったのですか? 何だか、催促したようで……すいません」
ロジェが自分の胸をドンと叩き笑う。
「いや、ここは大人の俺の威厳を出させてくれ」
「分かりました。では、遠慮なく。頂きます…………おいしいですね!!」
串焼きを頬張るアレフも笑っていた。
ギルドに戻ってきた二人。
アレフがロジェにお辞儀をする。
「お付き合い頂き、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ、あまり時間が取れなくて申し訳ない」
「そんなことないですよ。楽しかったです」
ロジェは軽く頷くと、
「紹介したい冒険者も来ているだろう。行こうか」
「はい」
二人はギルドに入って行った。
ギルドのドアが開き、ロジェとアレフが入って来る。
ロジェはテーブル席に座るレイナルドに声を掛けた。
「レイナルド、待たせたかな……すまない」
(来た!! ロジェ!! 昨日……デート攻略本を読んだから今日は完璧だぞ……確か、こういう時は……)
「大丈夫だ。私も今来たばかりだ」
ミルトがロジェを見つけて声を掛けてきた。
「ロジェさーん」
「馬車のお馬さんですけどぉ、裏の馬小屋に入れておきましたよぉ」
ロジェが軽く手を上げてお礼を行う。
「ありがとう、ミルト」
ミルトは席に着くレイナルドを見つける、
「あれ! レイナルドさん……ロジェさん、レイナルドさんを待たせ過ぎですよ!! もうだいぶ前からここに居ましたよ」
(この小娘、余計なことを言いやがって!!)
「……いや、私はやる事があったから早めに来ただけだ!! この男には関係ない事だ」
「そうだったんですかぁ……ふーん……それじゃぁロジェさん、後でお金下さいね」
ミルトは不思議そうな顔をしながら、奥に戻って行った。
「レイナルド、紹介したい人がいるんだが」
ロジェがアレフの肩を掴み、レイナルドの前に出させた。
(何だこの少年は……ロジェの弟か……似ていないが……という事は将来、私の弟になるかもしれない者。だが……家族紹介か……初めてデートで展開が早すぎるぞ!!)
「……す、凄く、可愛いらしい弟だな!!」
「弟? 何を言っているんだ、こちらはトゥルス帝国への案内役、アレフ君だ」
レイナルドの目は仮面で隠れているが、鋭い眼差しで少年を睨んだ。
(違うのか!? なら……何なんだ此奴は!? デートの邪魔だ!!)
「初めまして、レイナルド様、アレフ・カールトンと申します。トゥルス帝国まで案内役をさせて頂きます。これからの旅、よろしくお願いいたします」
アレフはレイナルドに右手を差し出した。
レイナルドは仮面の下で、赤面していた。
(……案内役だと!!!! 弟と勘違いしてしまった!! やってしまったぁぁぁぁぁ)
「……さっきのは、冗談だ。私はレイナルド・リージだ。レイナルドで良い。こちらこそ、よろしく頼む」
レイナルドは、アレフが差し出された手を握り握手を交わした。
アレフは握った手が柔らかい事に違和感を覚えた。
(この手の感触は……もしかして……)
「レイナルドさんは……もしかして女性ですか?」
「ああそうだ、……顔を見せずにすまない」
レイナルドが仮面の付いた甲冑メットを脱ぐ。
いつもの無愛想な表情は変わらないが、目鼻立ちがハッキリした表情に、今日はほんの少しメイクをしているようで、まつ毛が長く、頬も淡いピンクに染められている。
ブロンドに輝く長い髪は、頭の後ろでお団子のようにキレイにまとめられていた。
「とても綺麗なお顔立ちですね」
(しまった!! 今日はロジェとデートだから、ナチュラルメイクをしていたんだ!!)
レイナルドがチラッと目をやると、こちらをジッと見ているロジェと目が合った。
(あいつも、こっちを見ているぞ……目が合ってしまった……恥ずかしい……恥ずかしいぞぉぉぉぉぉお)
レイナルドはロジェを睨んだ。
「きっ貴様、何をジロジロと見ているんだ!!」
呆気に取られていたロジェ、
「ああ、すまない。初めてちゃんとレイナルドの顔を見たから……ホントにアレフの言う通り美人だと思って……」
(何だと……美人だと……つまり綺麗で、好きだと言う事か……なんてことだ……)
レイナルドは、頭から魂が抜けていく感じを覚えたが、必死に意識をつなぎ留める。
おもぐろにメットを被るレイナルド。
仮面の下の顔は真っ赤になっていた。
(……『美人だ』なんて……ナイスアシストだぞ、少年……)
ロジェがレイナルドに、クルム伯爵令嬢、コーデリア護衛依頼を説明する。
「それじゃ、今回の護衛依頼を詳しく紹介するよ――」
「……金貨50枚か……まぁ、良いだろう。婚約の件は色々と思うところがあるが……ご令嬢自身が決める事……他人がとやかく言う事ではないだろう……」
レイナルドは、どこか寂しそうに俯いて話す。
アレフが頭を下げる。
「それでは出発は三日後になりますので、よろしくお願い致します」
「それでは、私はそろそろ戻りますね」
そう言ってアレフがギルドを出ようと歩き出した。
アレフ、一人じゃ危ないからな……
「それじゃ俺は、アレフを城まで送るから。レイナルド、護衛の件よろしくな」
ロジェも立ち上がる。
(え!? デート……これで、終わり……)
「まて……私も、同行しよう……その、依頼者であるクルム伯爵に一言ご挨拶もしたい……」
レイナルドも立ち上がり二人を呼び止めた。
「そ、そうか……なら、みんなで行くか!」
……こいつは、本当に真面目な奴だな……
ロジェは感心しながら馬車に乗り込んだ。
クライン城に向かう馬車の中
ロジェとレイナルドは無言で馬車に揺られていた。
こいつと二人きり……話すこと無いな……何となく空気が重い……これから旅をするのに、これではダメだな……
ロジェは表情の分からないレイナルドを見ると、気まずい雰囲気の中、口を開いた。
「レイナルドは……その……婆さんの、今のギルドに入って長いのか?」
腕を組み答えるレイナルド。
「……12、3年になる」
「そうか……それじゃ、俺より先輩だな……(それなりに長いのに、前回の討伐依頼まで、全然知らなかったな……)」
会話は止まり、再び気まずい雰囲気が流れる。
レイナルドは必死に考えていた。
(ロジェと二人きり……緊張して何を話したら良いんだ。せっかく距離を縮めるチャンスなのに……何も……何も話題が浮かばない……)
レイナルドは静かな声でロジェに問いかける。
「貴様……ギルド『リブフォース』の事件を知っているか……」
ロジェの眉がピクリと動くと真剣な表情をする。
「……ああ、聞いたことはある……詳しい話しは分からないが……」
「そうか……」
(しまった、よりにもよって『あの事件』を聞いてしまった……)
ロジェが神妙な顔つきで話し出す。
「もしかして、以前に、あのギルドに所属していたとか?」
レイナルドが静かに答えた。
「ああ、そんなところだ。あの事件は世間を揺るがす大事件だったからな……」
ロジェは下を向いていた。
「そうだな……俺も当時、あのギルドに登録していたが、何も知らずに普通にクエストをこなしていただけだから……正直、あの事件には驚いた」
レイナルドが体を乗り出すように、ロジェに近づく。
「……実は……あの時……」
その時、馬車が止まり、外からアレフの声が聞こえた。
「お二人とも、城に着きましたよ」
ロジェが首を傾げる、
「ん、何か言ったか?」
「いや……何でもない」
レイナルドは立ち上がり馬車を出た。
馬車を降りる二人。
アレフに、気さくに話しかけるロジェ。
「見送る必要はなかったな」
「そんなことありません。お二人が居てくれて、心強かったです。ありがとうございました」
アレフは頭を下げた。
「では、私はクルム伯爵にお会いしてから帰るとするので……」
レイナルドはロジェに告げると城に入って行った。
その背中は、どことなく寂しそうに見える。
「ああ、それじゃまたな、二人とも」
ロジェは馬に乗ると町に向けて走り出した。
レイナルドはクルムに挨拶を終えると馬を借りて帰路につく。
(初めてのデート。少しは距離が縮まったかな……。護衛旅行が待っている……頑張るぞ、私!!)
握った両拳にグッと力を入れ、ファイト!! と自身を奮い立たせたレイナルドだった。