1.ある人
一つ目の物語 『ある人』
八月六日。
僕は、ヒカル。二十歳。
今日は、川辺で散歩中。
夏の日差しが肌を刺激する。
暑いけど、やっぱり散歩は朝の日課に相応しい。
いつもの様に川辺を歩いていると、ベンチに老人がいた。僕はその老人に挨拶する。
僕の通う喜藤大学では、『地域科』という珍しい学科がある。
この『地域科』とは、自らが暮らす地域の発達を目標に取り組むべきことを進めていく科である。
基本的な挨拶から、伝統についてなど、さまざまな分野で活動している。
「こんにちは」
老人はゆっくりその顔をこちらに向けた。
「おや、こんにちは」
声は萎れているだろうと思ったところ、少しガラついていた。
だけど僕は、老人の何かが気になり、僕はその老人に話しかけてみる。
今思えば、夏なのに厚手のコートを着ているのに気になったのだろう。
「今日は何しているのですか?」
「若い人を待っているのだよ」
若い人、、きっと娘さんとかそっちのことだろう。
「急に話しかけてすみません」と言った僕は、そのまま散歩を続けようとした。
だけど、、
「ちょっとお待ち」
そう言って、僕を止めた。
そして着ている大きめのコートの中をゴソゴソし始める。
そして出てきたのは飴だった。
その手はなぜか若々しい手だった。
「これをあげよう」
小分けで入ったその飴の袋を開け、老人は僕の掌にコロンと丸い、赤い綺麗な飴を置いた。
美味しそうな色で、食べるのが勿体無いほどだった。
「ありがとうございます」僕は笑顔で挨拶した。
「いやいや。気をつけて
いってらっしゃい」
老人を見て気になった何かはいつの間にか消えていた。
そう言われて、僕は飴を口の中に放り込んだ。そしてまた走り出した。
そのあとのことは、何も覚えてない。
ただ、河辺の近くで倒れた様な気がする。
「やっぱり食べちゃったね。
さて、お次は、、」
最後に聞いた声はガラついていなかった。
そして、軽やかな足取りでその場から消え去った。