隠し扉
「長旅おつかれ様。到着したよ」
その後一時間は特に問題もなく、無事に到着した。
「39号、ほら起きて」
長い袖で目を擦りながら車から降りてくる。
すぐに俺の後ろにピッタリとついて袖を掴んでくる。
「随分と懐かれたみたいだね」
車に乗っているときも絶対に離れなかったのだ。膝を枕にし寝ていたので、頭を降ろそうとすると起きてまた膝を枕にしてしまうため少し足が痺れた。
「どうしましょうね…?」
「とりあえずは応接間に一緒に行くしかないね。」
アスラさんが手を伸ばすと獣のような唸り声をあげ接触を許さないのだ。
森の中を少し道なき道を歩くとそこには廃墟と化した立派だったであろう洋館がある。
「本当にここに?」
「ビックリするよね、僕も最初はビックリしたよ」
アスラさんはノックもせずに扉を開ける。
あとに付いていくと中も外見と変わらないボロボロ加減だ。
「ここに貴族が…?」
「いいからいいから」
言われるがままついていく。護衛と運転手は建物内には入らずそのまま車で帰ってしまったようだ。
アスラさんは本棚に手を翳すと触れていないのに本棚から1冊の本が飛び出してくる。
それを取り反対になる本棚に入れるとすっと飲み込まれていき本が消える。
「昔の人達はこういった仕組みが好きみたいでね、ここまで凝っているものは少ないけど、少なからずいるもんさ」
本棚が横にズレていく。よく見ると少し浮いているのか擦れる音はしない。
本棚の裏にあったのは扉ほどある大きな何も入っていない額縁だ。アスラさんが血力を流すと徐々に扉の書いてある絵が浮かび上がる。
「アスラです。マナトを連れて戻りました。許可をお願いします。」
少しして鍵の開く音がして扉は額縁の内側に開いていく。
「さぁ、行こうか」
内部は先ほどとは違い豪勢であった、まるで物語に出てくる西洋の屋敷のようだ。
場所によっては城かと思うほどの広さだ。
「どう考えてもこんなスペースありませんよね?」
「詳しいことは説明できないけどさっきまでいた場所はただの入口。今いる場所はもう全然違う場所だよ」
ワープゲートのようなもの、だろうか?だから入るときに周囲の警戒が思ったよりも杜撰だったのか。
血力を流す必要があるならば人間では絶対にたどり着けない。逆に俺とか吸血鬼はいつでも来れるわけだが目隠しは必要なかったのか?
車で移動しているときは外が見えなかったとはいえ入り口の手順は知っても良かったのか?
考えても無駄、か。とりあえず今は信用してくれていると思う事にしよう。
「それじゃここで座って待っていて。報告とこのメモリの解析しなくちゃいけないからね」
アスラさんは退室していく。
「そういえば君、名前は?」
今まで番号で読んでいたが39号にも名前はあるだろう。
「………?39号は、39号」
「あーっと、それ以外で呼ばれてたこと無い?」
思い出すように少し悩んでいる。名前が無いのか?施設に捕まる前に呼ばれていた名前などがありそうだが吸血鬼化したのが施設なら以前の記憶がない…とか?
「あ、へいき…?……完成品……とか…?
………ちがう?」
こちらの反応が芳しくなかったのを察したのか気を使うように喋る。
「そっか…新しい門出って事で名前つくる?」
「…ん?、39号は、39号だよ?」
「…なんて呼べばいいかな?」
「………ボスは、39号、いや?」
ボス?突っ込みたいがあとでいいだろう。
「39号は39号って呼ばれたい?」
「呼び方かわると、たいへん。だから、や!」
過去に変わったことがあるのか?少し怯えるような表情をしている。呼称が変わって反応出来ず折檻された事があるのだろうか。
名前は個人を識別できれば良い。その考え方は分かるが数字ってのはなんだかな。
これも俺のエゴだろう。なら本人の望む呼び方で良いのかもしれない。
今までの環境のせいか自分の意志が薄弱に感じる。
いつか自分の意志が強くなったらその時に…
突然ドアノックの音が響く。おそらく屋敷の主人かもしれないと思い立ち上がる。
少しして扉の開く音がすると恰幅の良い壮年の紳士が入ってくる。
スーツスタイルだが筋肉が内包されているのが服の上からでもよく分かる。
暗めの赤髪はまるで獅子のようにその存在感と力を主張している。
「待たせたね」
反対側のソファ前、机を挟む形で対峙する。お互いに品定めしているのがよく分かる。
「本日はお招き頂きありがとうございます。マナトです。以後よろしくお願いします」
握手をする。良く鍛えられた事が分かる分厚い皮膚だ。
「申し遅れた、私はアルバート・マキシミリアンだ。」