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離島留学

作者: 雉白書屋

 青い空、青い海、白い雲、白いカモメ。いい天気、いい笑顔……笑顔で……。


『はい、私は今、船に、船』


「ストップ! ストォッープ! おいおい、表情が硬いよ。大丈夫か?」


「ひゃ、は、はい! う、おええっ」


「酔ってんじゃねえか!」


「ずみまぜん……」


 夏の兆しを感じさせる日差しの強いある日。アナウンサーの私は船に乗り、七峰島に取材に向かっていました。

 夕方のニュース番組。およそ十五分程度のコーナーのために半日掛かりのロケ。東京都とは思えない本土から遠く離れた離島。船酔いまでして、でもこの業界ではよくある話。文句は言えず、手も抜けません。

 それに今回の取材相手は子供。ピシっと都会のお姉さんを見せつけ、彼らのいい思い出にしてあげたい。ついでに憧れられたりなんかもしたい。私はそう意気込んでいました。

 

「お、見えて来たぞ、カメラ向けろ! ほら、お前も顔作って

マイク構えて一言だけでいいから言え!」


「あ、はい! えっと『ご覧ください! 島の子供たちが私たちを出迎えてくれています!』」


 ディレクターの指示に私は慌てて立ち上がり、島と彼らを紹介するように手を広げました。

 私の指の先にある船着き場。子供たちが眩しい笑顔と声を張り上げ、横断幕を掲げていました。

 

【ようこそ! 七峰島へ!】【だいすき!】【かんげい!】【てんごくのしま!】


「書かされたんだろうなぁ」

「もう、あはは……」

 

 離島留学。島外の小、中学、高校生が親元を離れ単身で離島の里親のもとで暮らし、自然豊かな環境で勉学に励むという近年増加している制度です。

 政府、自治体などが里親を援助するので少額あるいは無料で寮生活を送ることができ、島で採れる新鮮な海の幸。課外活動。島民との交流。元々、子供が少ない島の学校が対象なので少人数。不登校や引っ込み思案の子供でも安心。島は活気づき、廃校は免れ、みんなが得をする。

 ……と、いう触れ込みなのですが実際はどんなものやら。寮暮らしって人間関係とかキツそう、なんて思いましたが今回の取材は別に離島留学の実態に迫るなんて趣旨じゃないのでそこはおくびにも出さず、船を下りた私は出迎えてくれた彼らにとびっきりの笑顔を返してあげました。


『ご覧ください! とっても元気で可愛らし子供たちが、わあ! 横断幕も!

あら、お花ー? くれるの? ありがとう! みんな、素直でいい子!

ほら、ご覧ください、この笑顔―! 

やっぱり島の恵みが子供の心を穏やかで豊かにするんですねぇ!

わー、いえーい! きゃー! あははは!』


 いえーい! と、子供たちに囲まれもみくちゃにされる私。小学生から高校生の男女十数名。小学生、それと男の子が多めでしょうか。

 女の子もいるとはいえ、こう囲まれ触れられると発情した犬に纏わりつかれるような、どこか怖気立つものがあります。


「ねぇねぇ、どこから来たのー?」「何が好きー?」

「テレビの仕事ってどんなのー?」「芸能人と会ったことあるー!?」

「美人だ美人だ!」


 島に若い女性はいないのでしょうか。私はいきなり人気者、質問攻めに。普段はチヤホヤされる人たちを取材する立場なので、なんだか不思議な気分です。

 暗そうな子、普通そうな子、活発そうな子、不良っぽい子。みんな、カメラの前で大はしゃぎ。寮長はそれを見てニコニコ。

 引っ込み思案なのでしょうか、手におもちゃを持ち寮長の傍を離れない子もいますが、みんな、年相応の子供のようです。


「こっちだよこっちー!」


『さあ、子供たちが先導してくれています! おや? あれはなんでしょうか?』


 熱烈な歓迎のあと、さっそく子供たちが島を案内。と、言ってもあるのは豊かな自然くらいなもので、このように木造の古びた個人商店にも触れておかないと尺が稼げないと私は思いました。

 汚いですね。店の看板はずれ、引き戸の窓は拭いても落ちないだろうなと思うくらい汚れています。店主は想像通りのお婆さん。いや、それ以上に卑屈な顔をした方でした。


『いい島ですねぇ。こんな島でご商売できるなんてすっごく素敵ですね! 

ねえ、店長さん』

 

「……ここは地獄の島だよ」


 卑屈なのはやはり顔だけではない様子。ほんの一瞬、静まり返りましたが子供たちと寮長は大笑い。これ、笑っていいのかなと思っていた私もつられて笑ってしまいました。


 よく笑っていられるね……。去り際にボソッと老婆が口にしたその一言を私も誰もマイクも拾いませんでした。


『わぁーご覧ください! ここが寮!? 素敵なお家ですねぇ!』


 海を眺めながら坂を上り、寮へ到着。寮と言ってもちょっと大きくて古い一軒家。


『ここで子供たちと一緒に暮らしているんですよね! 寮長さん!』


「ええ、そうよぉ。うふふ。テレビ局が取材に来るって聞いて、厚化粧しちゃったわぁ! いたっ、うふふ」


 と、里親である寮長は四十代の女性。ひょうきんな肝っ玉母さんってやつですね。旦那さんは数年前にお亡くなりになったそうで『おひとりでこの子たち全員の面倒を見るのはさすがに大変では?』と私は訊ねたのですが、みんな言う事をちゃんと聞いてくれているから大丈夫だそうです。

 しかし、大部屋に共有の横並びの学習机。寝る時は布団を敷くそうなのですが男女別とはいえ、個人のスペースはなく部屋に仕切りがありません。『プライベートな空間がなくて平気なの?』と私が子供たちに聞くと全然平気、みんな仲良しだから! と元気に答えてくれました。でも驚いたのは……


『あれっ、ちょっと寮長の寝室にドアがないじゃないですか! 

これはどういうことなんですか?』


「うふふ、それはね……子供たちがいつでも気兼ねなく来れるようにそうしているのよ。

親元を離れると特に小さい子なんか夜、寂しくなっちゃうからねぇ。

この部屋もそうだけど、子供たちの部屋に仕切りがないのもね

島は広いし、自然が豊かで一人になろうと思えばなれるから

むしろ家の中ではこの方がいいのよぉ」


『よく考えられてるんですねぇ』


 本当なのでしょうか。私なら絶対無理。と、それはさて置き、ここで笑顔の画が欲しいところ。ディレクターが私にそう催促します。


『みんな、島での暮らしはどう?』


「監獄だな」


 私は「サイコー!」という返しを期待していただけに少々面食らいましたが、不良っぽい子のその答えに、その場は爆笑の渦に包まれました。


「もーうほんと、何言ってんのこの子はもーう、アハ! アハハハハハハ! 

アッハッハッハッハッハッハ!」

 

 と寮長が涙を流すほどに大笑い。少々やかましく思うほどでした。でも、おかげで良い画が撮れました。ディレクターも頷いています。多分、温かみのある家だとか安心できる場所とかそんなテロップが入るでしょう。

 できれば、もう少し見せ場が欲しいところです。しかし、あと見るものと言えば学校くらい。


「ここが学校だよー!」 


 と、思った通り、案内された校舎はボロボロでした。机を外に並べて青空教室だなんてくたびれた顔の先生が言っても爽やかさなど感じられませんでした。

 でも机に座り「ハイ! ハイ!」と元気よく手を挙げる子供たちの画は撮れたので上々でしょう。普段と違うのか先生がその手に少したじろいでいたのが面白かったです。



「うっし、オッケー。お疲れ! じゃあ、ラストだな」


 取材を終えたのは夕暮れ時。と、ここが最大の見せ場。お別れのシーンです。


「うわーん!」「また来てねぇ」

「いかないでー!」「楽しかったよ!」

「会えてよかった!」


 と、子供たちが涙で顔をぐしゃぐしゃにして私に抱き着き、鼻水はやめてほしいけど、欲しい画だったので私も涙ぐみ、完璧な感動のお別れ。

 また会おうね、会いに行くね。きっと果たされないであろう約束を交わし、船に乗り込んだ私は手を振り、声を上げました。


『みんな、ありがとうー!』


 さよなら。さよなら。夕日を浴び、遠ざかる船に向けて横断幕を掲げる子供たち。


 離島留学は子供たちを豊かに強く成長させる素敵な、取り組みでした。

 と、ナレーションが入るでしょう。


「ふふっ」


 無人島で助けを求めている。でも、船は気づかずに行ってしまう。絶望する子供たち。なーんてことを私が考え、頬が緩んだ時でした。


「あれっ……」


 私は気づいてしまったのです。

 来た時と同じ、彼らが掲げているあの横断幕。

 ひらがなで赤く書かれている文字。それを繋ぎ合わせると


【た す  け て】


 離島。監獄。島流し。子捨て。若い労働力。

 あの文字を目にした瞬間、そうやって私の頭の中に次々と不穏な言葉が浮かんできました。

 プライベートがない空間。塾もない。勉強が捗るでしょうか? 高校生もいましたがアルバイトは? 部活は? 街ではみんな、勉強し、働き、恋愛、青春を謳歌しています。あの子たちにそれはあるのでしょうか。腫物扱い、親からも見限られ、体のいい厄介払い、奉公。それにそう、警察も小さな駐在所があるだけ。秩序は、安全はどこに。


 島には島のルールがある。

 子供たちが時々口にしていた言葉。まるで刷り込まれたかのように。あの子たちはそうを囁かれつつ、殴られ、罵られ

抵抗する気力を奪われているのではないでしょうか。

 思えば寮長は常に私たちの目が届く範囲にいました。それは逆もしかり。見ている、見張っているからなと子供たちに圧を掛けていたのではないでしょうか。


「……と、私、思うんですけど」


「あー? 違うでしょ。ははは、まあ、どちらにせよ番組の趣旨と違うから」


 と、ディレクターにそっけなくそう言われた私は夕日の眩しさに目を細めました。ゆらりゆれるあの子たちの手が、まるで戻って来てくれと言っているようでした。

 見ていられず、瞼を閉じた私。暗闇の中、感じる船の揺れ。潮の匂い。そして、遠ざかる子供たちの笑い声。強がる彼らのその声に胸を締め付けられるような……いや、あの笑い声。子供特有の全能感あふれる調子づいた声のような……そう、どこか……。


 ――まんまと騙してやったぜ。


 そんな感じが、でもそれじゃまるで……。

 

 ――監獄だな。


 私はふいに、あの男の子が口にし、みんなが大笑いしたあの場面を思い出しました。

 監獄……それは誰にとっての? 


 ――監獄実験。 


 狭い空間、与えられた役柄。それに合わせて行動してしまう人の心理。看守と囚人。暴君と奴隷。

 ……ですが、暴君は倒されるまでが役目だとそう思うのです。私が見たのは革命前でしょうか、それとも後でしょうか。


 離島。隔絶された世界のその中のさらに閉所のあの寮。

 寮長にぴったりとくっついていたあの子。その手に握っていたあれは、本当におもちゃの鋏だったのでしょうか。

 あの横断幕を書いたのは、書かされたのは誰でしょうか。

 痣はどこに隠されているのでしょうか。子供たちの服の下でしょうか、寮長のあの厚い化粧の下でしょうか。どちらも私の妄想。ディレクターに言ってもそうまた流されるだけでしょう。


「なにボーっとしてんだ。また酔ったのか? 勘弁しろよなぁ。

今夜戻ったらお偉いさん方に飯の接待あんだろ?

踏ん張りどころだもんなぁ。頑張れよ。

お前、顔で局に入社したくせに早々に恋愛スキャンダルなんか出したもんなぁ」


「あ、あははは……大丈夫、です……」


 島流し……私はどこに流され、波に削がれていくのでしょうか……。

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