カティラス侯爵家の夜会当日ー次男からの注意
頷いたファビアン・カティラス侯爵令息は真剣な顔になった。
「さて、話を戻すけど」
えっと、何の話をしていたのだったかしら?
思わずきょとんとしてしまったアナスタシアの様子に気づいたのだろう、ファビアン・カティラス侯爵令息は真面目な顔で告げた。
「知らない男性についていっては駄目だ、という話だ」
「あ、はい」
そういえば、そんな話をしていた。
そして主催者の家の者だから大丈夫だと思ったと話したのだった。
「君は僕が主催者の家の者だから大丈夫だと思ったと言ったね?」
「はい」
「もし僕が親切なふりをしてどこかに連れ込もうとしていたら?」
そのようなことを言う時点で、そのようなことを目論んではいないだろう。
あくまでも注意を促しているにすぎない。
「でも会場へきちんと向かっています」
「ちゃんと気づいていたんだね」
別に方向音痴ではない。
きょとんとしたまま頷く。
「はい」
「それでも警戒心を持つことは大切だよ」
「はい」
彼にも妹がいるからアナスタシアの不用心さが目についたのだろう。
そうでなければここまでの注意はしなかったように思う。
だから素直に受けておく。
「例え会場に戻る道を歩いていても注意すること。途中の部屋に連れ込むということだって有り得るのだから」
「はい」
確かにその通りだ。
「君のように華奢なご令嬢だと抵抗も難しいだろう」
ファビアン・カティラス侯爵令息は小柄とは言わなかった。
気を遣ってくれたのだろう。
カティラス家の兄弟は言葉選びがうまい。
「はい」
落ち込んでいるつもりはなかった。
事実だからだ。
それでもファビアン・カティラス侯爵令息は落ち込んでいると思ったのか言葉を足す。
「総じてご令嬢は男の腕力には勝てないものだ」
「ええ、そう思います」
鍛えているご令嬢なら、とも思うが滅多にいないだろう。
一応女性騎士もいるのだが、やはり数は少ない。
「ん? 何を考えたのかな?」
初対面の相手にすら悟られてしまったようだ。
ここは曖昧に微笑ってやり過ごすところかもしれない。
少なくともアナスタシアは今思い浮かべた範疇には入らないのだし。
そう思ったのだが。
「言ってごらん」
ファビアン・カティラス侯爵令息は穏やかに微笑ってそんなことを言う。
アナスタシアは誤魔化すように微笑む。
「ええと、大したことではありませんわ」
「なら言えるよね?」
アナスタシアは困惑する。
何故ここで退いてくれないのだろう?
それほど気の引くようなものでもないはずなのに。
「念の為聞かせてくれないかな?」
言い方は柔らかいがアナスタシアが話すまで退かないという意志の強さを感じる。
方向性は違えどやはり、あの二人の兄だ。
自分の意志を貫こうとする点は同じだ。
「何だろう、不本意なことを思われた気がする」
「気のせいですわ」
「やっぱり何か不本意なことを思ったみたいだね」
どうしてそのような判断になるのだろう?
「君はわかりやすい」
「表情に出ていますか?」
だとしたら落ち込む。
一応きちんと淑女教育は受けているのだ。
「いや、そういうわけではないよ」
本当だろうか?
初対面のはずの彼は簡単にアナスタシアの考えを読み取ってしまう。
それなら表情に出ていると考えるしかないではないか。
「何でだろうね、何となく考えていることがわかるんだ」
「そうですか」
「もしかしたら僕にも妹がいるからかもしれないね」
それは、兄として年下の令嬢の気持ちも察することができる、ということなのだろうか?
決してカティラス侯爵令嬢とアナスタシアが似ているということではないだろう。
似ているとされるのはちょっと……。
と彼女の兄を前にして思う。
そもそもタイプが違いすぎる。
アナスタシアにはあのような華やかさはない。
どちらかというと、あくまでもどちらかというと全体的に幼い感じがする。
それにあのように男性に積極的ではない。
……モテないし。
いえ、別に侍らせたいなどとは思っていないけど。
別に羨ましいとは思わない。
……あの体型は少し、羨ましいけど。
でもアナスタシアだって、まだ成長期だ。
これから……
アナスタシアははっとした。
今は一人ではない。
それに彼は彼女の兄だ。
失礼なことを思ったつもりはないが不愉快に思われたかもしれない。
だが存外穏やかな眼差しで見守られていた。
「あの子だって君くらいの時はもっと素朴な感じだったんだよ」
また思考が読まれている。
それに、言われたことが信じられない。
うっかりそのまま驚きを表に出してしまう。
出さなかったとしてもバレバレだっただろうが。
ファビアン・カティラス侯爵令息は苦笑する。
「信じられないかもしれないけど本当のことなんだ」
「そう、なのですね」
そうとしか返せない。
でも、それなら彼の態度も納得はできる。
それが彼にとっての妹の姿なら。
アナスタシアに妹の姿を重ねて放っておけなくなったのだろう。
思考回路が似ているとは断じて思わないが、アナスタシアの思考を読み取れているのもそういうことなのだろう。
ということにする。
ファビアン・カティラス侯爵令息は苦笑している。
「まあ妹にもあれでいろいろあったんだ」
「そうなんですね」
それ以外返事のしようがない。
根掘り葉掘り訊くわけにもいかない。
カティラス侯爵令嬢もこんなところでアナスタシア相手に勝手に暴露されたくはないだろう。
それはファビアン・カティラス侯爵令息も同じ考えだったのだろう。
彼が詳しく話すことはなかった。
彼はさらりと流して告げた。
「だからまあ、何となく君の考えはわかる」
「そうなんですね」
ここがこの話の落としどころだろう。
これ以上追及しても仕方ない。
だからアナスタシアはその前にしていた会話諸とも全て終わったと思っていた。
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