カティラス侯爵家の夜会当日ー主催者との交流
長めです。
困惑した様子でカティラス侯爵は自身の三男と娘に視線を向けた。
つられてアナスタシアもそちらに視線を向けてしまう。
今まで見ないようにしていたのに。
ユリウス・カティラス侯爵令息はにこやかな微笑みを浮かべていた。
何故かカティラス侯爵令嬢はアナスタシアを頭から足の先まで見てから睨みつけてくる。
馬鹿にしている様子はない。
どちらかというと妬ましいという感じだ。
何故そんな眼差しを向けられなければならないのだろう?
マティスのこと以外で彼女に妬まれるようなものをアナスタシアは持っていない。
それを向けるならアナスタシアのほうだと思うのだが。
出るところは出て大人っぽいカティラス侯爵令嬢はアナスタシアのほしいものをたくさん持っている。
だからといってそれを表に出すようなことはしない。
アナスタシアは淑女の微笑みを浮かべた。
余裕だと思われたのかカティラス侯爵令嬢の視線が険しくなる。
「ルリア」
窘めるように長兄が呼べば、とりあえず睨むのはやめてくれた。
「すまないな。貴女が可愛らしいからルリアが嫉妬したようだ」
さすが侯爵家の嫡男だ。そつのない口上だ。
アナスタシアは微笑んだ。
「いえ。私のほうこそカティラス様の華やかさに嫉妬してしまいます」
そう言えばカティラス侯爵令嬢はふふんと微笑う。
褒められて嬉しかったようだ。
ちょっと可愛らしい。
隣で彼女の長兄が溜め息をついているが。
機嫌のよくなったカティラス侯爵令嬢はちらりとアナスタシアの周囲を見回した。
「今日はバレリ伯爵令息とは一緒ではないのね」
「はい」
マティスは欠席の連絡をしたはずなのに何故わざわざそんなことを訊いてくるのだろう?
「マティスは断りの連絡をした、と言っていましたけど」
ここで連絡せずに来なかったという誤解はまずい。
主催者であるカティラス侯爵家は知っているから問題ないだろうが、周囲で聞き耳を立てている者たちはそうではない。
だからこそアナスタシアははっきりと告げた。
「気が変わるかもしれないでしょう?」
「それもまた無作法かと」
気分で欠席の返事をした夜会に出席するのは褒められたことではない。
下手したら主催者を軽んじていると取られかねないのだ。
「クーパー嬢の言う通りだ。ルリア、何を考えている」
「わたくしに会いたくなったかしら、と思ったのよ」
アルフレート・カティラス侯爵令息は頭痛を堪えるような表情になった。
「お前の自信はどこから来るんだ、本当に」
「アルフレート兄上、ルリアは人気なんだ」
さりげなくユリウス・カティラス侯爵令息が会話に入ってくる。
アルフレート・カティラス侯爵令息は胡乱気な視線を二人に向ける。
「遊び相手に学園に入学したばかりの者を選ぶな」
「あら、わたくしが選んでいるのではなくて向こうからやってくるのよ」
「誘惑するなと言っている」
「そんなことはしてないわ」
「どうだか」
「まあ、ひどいわ、アルお兄様。妹を疑うなんて」
「自分の行いを省みてみろ」
カティラス侯爵令嬢は自分の胸に手を当ててみせる。
自然と胸元に視線が誘導されてしまう。
異性ならどきりとしてしまうのではないだろうか?
そっとロンバルトを見てみるが彼は余所行きの笑みを浮かべているだけだった。
ロンバルトは侯爵との会話には入らずにアナスタシアの傍にずっといてくれた。
侯爵のお相手は兄とヴィクトリアがしてくれている。
「心当たりはありませんわ」
「ルリア、お前に自省と自制という言葉はないのか」
「わたくしの容姿が全身整っているので仕方ないわ」
「アルフレート兄上、客人の前だから」
ユリウス・カティラス侯爵令息が止めに入る。
アルフレート・カティラス侯爵令息ははっとしたようにアナスタシアとロンバルトに視線を向ける。
「失礼した」
「いえ」
ロンバルトが言葉少なに応じる。
「お気になさらず」
アナスタシアもおっとりと微笑む。
「ありがとう」
それから再びカティラス侯爵令嬢に視線を向けるとアルフレート・カティラス侯爵令息は深々と溜め息をついた。
「バレリ伯爵令息には振られたのだろう? なら近づくんじゃない。迷惑がかかる」
「まだ振られていませんわ」
あんなにはっきりと言われたのに振られていないと言うのだろうか?
ちらりとアナスタシアの顔を見たアルフレート・カティラス侯爵令息は溜め息をついた。
「違うようだが?」
どうやら全て表情に出てしまっていたようだ。
「まだきちんとお話したことがないだけよ」
「近づかないほうが、よろしいと思いますよ」
「そうですね。貴女には耐性がない」
するりとロンバルトが会話に入ってきた。
タイミングを窺っていたのだろう。
「今は当てられているだけですわ。いずれ平気になります」
「いえ、無理だと思いますよ」
ロンバルトは穏やかな声ながらきっぱりと言う。
「失礼、耐性とは?」
どうやらアルフレート・カティラス侯爵令息は知らないようだ。
それに驚いたのはアナスタシアやロンバルトだけではなかった。
「アル兄上は知らないのか?」
「何をだ?」
奇しくもアルフレート・カティラス侯爵令息を除いて四人で視線を交わすことになった。
彼はどこまで知っていて、何を知らないのだろう?
代表して意を決したようにユリウス・カティラス侯爵令息が訊く。
「マティス・バレリ伯爵令息のことはさすがにわかるよな?」
「ああ。会ったことはないが」
「彼の噂は知っているか?」
慎重にユリウス・カティラス侯爵令息は訊く。
「噂……」
アルフレート・カティラス侯爵令息は記憶を辿るように間を空けて答える。
「確か、色気が凄い、というものだったか」
「そうだ」
「だがあれは噂だろう」
「いや、事実だ」
アルフレート・カティラス侯爵令息の視線がアナスタシアとロンバルトに向く。
アナスタシアとロンバルトにはその色気はわからないが、ここはしっかりと頷いておく。
アルフレート・カティラス侯爵令息は困惑した顔になった。
「そうだとしても、何も害をなすようなものではあるまい」
噂だけ聞けば確かにそのような認識になるかもしれない。
ユリウス・カティラス侯爵令息は軽く首を振り、真剣な顔で告げた。
「いや。耐性が低い者が近寄ればふらふらになる。下手すれば腰が砕けるだろう」
「は?」
信じられないという顔でアルフレート・カティラス侯爵令息は四人を見回す。
アナスタシアたちは一斉に頷いた。
アルフレート・カティラス侯爵令息は愕然とした顔になる。
「それでよく学園に通えるな……」
「学園側も生徒もマティスに配慮してくれているので」
「それに耐性があれば傍にいてもある程度は普通に過ごせます」
「なるほど。ではユリウスやルリアは……?」
そっと敢えて視線を逸らして告げる。
「カティラス様は耐性が低いので……」
どちらとは言わない。
そもそもユリウス・カティラス侯爵令息がどれほどの耐性があるかは知らない。
「ああ」
ようやく話が繋がり、アルフレート・カティラス侯爵令息は納得したように頷く。
アナスタシアはここぞとばかりに告げた。
「ですので傍に近寄らないほうがいいのです」
「それはその通りだな。ユリウス、ルリア、もう近づくのはやめなさい」
「嫌だな」
「嫌よ」
間髪入れずに二人は拒否する。
「ユリウス、ルリア」
「だって一度くらいあの色気に溺れてみたいだろう?」
ユリウス・カティラス侯爵令息の言葉にカティラス侯爵令嬢も頷く。
「お前たちっ……」
言いかけたアルフレート・カティラス侯爵令息は緩く頭を振って溜め息をついた。
アルフレート・カティラス侯爵令息は普段から二人に頭を痛めているというのが初対面のアナスタシアにもわかってしまう。
「人様の前でする話ではないな」
アナスタシアもそう思う。
「クーパー嬢もダラス殿もすまない。弟妹が迷惑をかけている」
「迷惑なんてかけてない」
「そうよ。かけていないわ」
「お前たちは黙れ」
反論しようとした二人だったがアルフレート・カティラス侯爵令息が二人を見据えて声を低めて告げた。
「このことについては後で話そう。わかったな?」
そんな長兄にこれ以上は逆らえなかったようだ。
「……わかった」
「……ええ」
溜め息を一つついたアルフレート・カティラス侯爵令息はアナスタシアとロンバルトに視線を向ける。
「二人にはよく言い聞かせておく」
「ありがとうございます」
「そうしてもらえると有り難いです。これはマティスの評判にも関わることなので」
「そうだな。私が責任を持って二人には話すので」
「お願いします」
ユリウス・カティラス侯爵令息とカティラス侯爵令嬢は不満そうだったが、この場でこれ以上文句を言うことはなかった。
あとは家族で話し合ってもらいたい。
そしてできればこれ以上マティスに近寄ってこないでほしい。
……どこまで長兄に話を聞くかは怪しいところではあるが。
耳を澄ませば兄たちのほうも話が一段落したようだ。
「今後も是非よい付き合いを」
「光栄です」
どうやら兄たちのほうは友好的に話ができたようだ。
侯爵はアナスタシアやロンバルトにも視線を向けて告げた。
「楽しんでいってほしい」
「ありがとうございます」
「では他の者にも挨拶があるので」
「お時間いただきありがとうございました」
「こちらこそ」
カティラス侯爵が踵を返して離れていく。
アルフレート・カティラス侯爵令息がアナスタシアたちに目礼をして侯爵の背に続く。
ユリウス・カティラス侯爵令息とカティラス侯爵令嬢も素直に従って離れていった。
その姿が人波に消えた後で、アナスタシアたちはそっと安堵の息をついたのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。
読みにくくて申し訳ありません。
ユリウスは普段は長兄のことを"アル兄上"と呼んでいます。
一応夜会の場なので"アルフレート兄上"と呼んでいます。




