カティラス侯爵家の夜会当日ー入場
招待状を玄関先で渡して中に入る。
会場までは男性使用人が案内してくれた。
四人でまとまって中に入る。
もうそれなりの人数が集まって、あちらこちらで談笑していた。
楽団は緩やかに演奏していて場を和やかに保っていた。
会場は広く、豪華なシャンデリアが煌々と輝いている。
会場の飾りつけは華やかでありながら色味に統一感を持たせているのでうるさい印象はない。
さすが王家にも連なる侯爵家だ。
豪華でありながらも品格を保っている。
「始まるまでに少し挨拶回りをしておこう。しかし、誰かいるだろうか?」
あまり家としての付き合いがない家の夜会なので知り合いがいるかも怪しい。
「まあ回ってみればわかるだろう」
ロンバルトの言葉にヴィクトリアも頷く。
「新しい御縁があるかもしれませんわ」
「ああ、それもそうですね」
せっかくなら新しい縁を結べたらそのほうがいい。
普段家としての付き合いのない場に呼ばれたのだ。
言い換えれば新しい縁を繋ぐ好機だ。
「知り合いがいれば紹介する」
「ああ、有り難い。私もそうしよう」
「ああ、有り難い」
アナスタシアは戦力外だ。
恐らく知り合いはカティラス兄妹しかいないだろう。
「アナ、私たちは大人しくしておきましょう」
きっとヴィクトリアはアナスタシアとは違い、知り合いもいるのだと思う。
だけどアナスタシアに合わせてくれたのだ。
その気遣いに有り難く乗らせてもらおう。
「ええ、そうね」
「アナもヴィクトリア嬢もあまり目立たないほうがいいだろう。特にアナは」
「目立つつもりはないわ」
本当に目立つつもりはない。
さすがに今日は何事もなくこの場から帰るのが目標だ。
本来ならせっかくだからと縁を求めるのが当然なのだろうが。
敵陣とも言えるところでそれができるほどアナスタシアは世慣れしていない。
粗相をしないように気をつけるので精一杯だ。
「アナ、俺たちの傍を離れるなよ。いざとなれば背中にさりげなく隠れていればいい」
まるで深窓の令嬢のようだ。
一応マナー違反ではない。
場馴れしていない様子であれば許容されることも多い。
ただ相手によっては不快な思いをさせることになる。
やはりそれは最後の手段だ。
アナスタシアはアナスタシアなりに頑張らなければ。
そう思ったのだが。
兄がちらりとアナスタシアを見る。
「そうだな。まあ、アナなら……許されるだろう」
何か含みがあったような気がする。
「お兄様?」
「ん、いや、まだあまり夜会に参加はしていないだろう? だからやはり場馴れしていないのがわかる」
「そう」
そう言われれば事実なのでそれ以上の追及はできない。
もしや子供っぽいから大丈夫だ、と言ったのだと疑ってはいる。
だけど、今日はきちんとドレスアップしているのできちんとした淑女に見えるはず。
それならきっと兄の言った通りで、そこに深い意味はない。
きっとない。
それでいい。
アナスタシアは自分を納得させた。
ロンバルトが胡乱気な視線を向けてきている。
「何よ?」
「いや、別に」
深く追及はしない。
ここには人の目もある。
普段付き合いのない家の夜会に来たからか、方々からちらちらと視線を向けられているのだ。
余計な詮索も誤解もごめんだ。
「とにかくアナは大人しく、目立たないようにしておけ」
「わかっているわ」
「誰かに誘われた時はきちんとパートナーの俺に言え」
「わかっているわ」
「必ず、だぞ?」
「わかっているわ、大丈夫よ」
ヴィクトリアにまで心配そうに言われる。
「一人になっちゃ駄目よ」
「ええ、気をつけるわ」
ロンバルトがさらに足す。
「男と二人きりも駄目だからな?」
「勿論よ」
「飲み物を渡されて向こうで話でも、と言われてもついていくなよ」
「わかっているわ」
ロンバルトはどうやら完全に兄の気持ちになっているようだ。
心配そうな目をしている。
それに、大丈夫よ、と告げることはできなかった。
告げても嘘だとバレてしまうだろう。
アナスタシアは別に自分のことを人見知りだとは思っていない。
だけど、このきらびやかな空間に尻込みしているのも事実だった。
そもそも知り合いがほとんどいない場所なのだ。
どうしても緊張してしまう。
その緊張が伝わってしまっているのかもしれない。
「……はぐれた時の待ち合わせ場所だけ念の為決めておくか」
「そうね。そのほうが安心できるわ」
万が一、ということはある。
この中から見つけ出すとなるとかなり時間がかかるのではないだろうか。
それならあらかじめ決めておいたほうが安心だ。
「そうだよな。わかりやすい場所のほうがいいか」
「そうですわね。入り口か、食事コーナーあたりがわかりやすいでしょうか?」
「確かにそのあたりがわかりやすそうですね。アナはどっちのほうがいい?」
兄に訊かれ、ロンバルトとヴィクトリアの視線もアナスタシアに集まった。
アナスタシアは入り口と食事コーナーに視線を向けてから答える。
「食事コーナーのほうかしら。入り口は目立つけど、逆に目立ちすぎるわ」
「それもそうだな」
「食事コーナーで待つ間、何か摘まんでいれば変に絡まれることもないだろう」
「そう思いますわ」
「では、はぐれたら食事コーナーで」
兄の言葉に三人で頷く。
それを確認した兄はヴィクトリアに腕を差し出しながら告げた。
「そろそろ行こうか」
「はい」
ヴィクトリアが兄の腕に手を添える。
アナスタシアも差し出されたロンバルトの腕に手を添えた。
そして四人で固まって話している人のほうへと歩き出した。
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