カティラス侯爵家の夜会への招待状
「なんかこんなものが来たんだけど」
アナスタシアとロンバルトが休日にマティスのところへ遊びに来るとマティスが不機嫌そうに封筒を取り出した。
それは見覚えのある封筒だ。
だからアナスタシアにはピンと来た。
「カティラス侯爵家での夜会の招待状?」
「そうだけど。何故わかったんだい?」
「うちにも届いたのよ。お兄様と私に」
マティスもロンバルトも眉根を寄せた。
「……アナが行けば僕も行くと思ったのかな?」
「かもな。そもそもカティラス侯爵家と家としての付き合いがあるのか?」
「お兄様はないと言っていたわ」
「セスランがそう言ったからにはそうなんだろうな」
ロンバルトが腕を組む。
「あからさまだな」
「そうよね」
招待状を出したのはユリウス・カティラス侯爵令息かカティラス侯爵令嬢か。
いくら自家主催の夜会だからといって勝手に出せるわけではない。
きちんと当主か嫡男の許可は取ってあるのだろう。
その場合、その許可を出した当主だか嫡男だかは今マティスやアナスタシアへ三男や末子が絡んでいることは知っているのだろうか?
知っていての招待状だとしたら事態を甘く見ているのではないだろうか?
知らないとなると情報収集能力に疑義が出てくる。
「どうしたアナ?」
「カティラス侯爵や嫡男の方はどんな方々?」
ロンバルトに訊いたはずがマティスが反応を示す。
「うん? アナ? 興味があるのかい?」
アナスタシアは緩く首を振る。
「あの三男や末子を野放しにしているのはどういう方々なのかと気になったのよ」
「ああ、なるほどな。当主の評判は悪くない。ただ少しおおらかな方のようだな。嫡男は厳格だって話だな。下二人の行動には頭を痛めているらしい」
さすがにロンバルトは知っていたようだ。
「嫡男だけでは抑えられないのか」
マティスはしかめっ面だ。
「二人まとめてだと難しいようだな。何より、咎められるほどの問題は起こしていない」
「異性関係が派手なのは咎められることじゃないのかい?」
何という家だ、とマティスの表情に書いてある。
「注意はしているようだが、相手方と不思議と揉めてはいないから咎めるほどではないようだ」
「天然のタラシじゃないか。それともそんな相手を選んでいる?」
「……それだけの人心掌握術を持っているってことだろ。厄介なタイプだ」
何て恐ろしい。
マティスも近づいたら危ないかもしれない。
「マティス、絶対に近寄っちゃ駄目よ」
「わかっている。アナも駄目だからね?」
「私もできたら近寄りたくはないわ」
アナスタシアでは対処できないと身を持って知ったし。
人がカティラス侯爵令息のどこに惹かれるのかはさっぱりわからなかったけど。
近寄ったらころころと手の平の上で転がされるだけだろう。
簡単に情報を取られるかもしれない。
近寄らないのが一番だ。
……ただ、向こうから近寄ってきそうなのだ。
それはマティスもロンバルトも同じ考えなのか、揃って難しい顔になる。
「まあ、できるだけ努力しろ」
「そうするつもりよ」
そうするしかない。
だけど当主と長男はそんな感じなのか。
ふと気づく。
彼は三男だ。
つまり、もう一人兄がいるはずだ。
「次男の方は?」
「王城の図書室勤めだというくらいしか知らないな。あまり目立つことが好きではないらしい。社交場にも滅多に現れないそうだ」
それは下二人とは真逆のタイプだ。
苦言は呈しているかもしれないが、大した効果はなさそうだ。
下手したら下二人に侮られている可能性もある。
そういえばカティラス侯爵夫人の話は聞かない。
母親なら娘の行動を諌めそうな気がするのだが。
「夫人は?」
ロンバルトの表情が一瞬だけ曇った。
「夫人は、体調を崩して領地で静養している。もう長いことらしい」
「そう」
だからカティラス侯爵令嬢はああなってしまったのか、と一瞬考えたがそれは違うと否定する。
同じような状況でもカティラス侯爵令嬢のようなことはしていない方はいる。
その考えはそんな彼女たちに失礼だ。
カティラス侯爵令嬢のあれは元々の彼女の資質なのだ。
「それで、行くのかい?」
マティスが話を戻した。
「理由もなく断われないわ」
「そうだよな」
マティスもロンバルトも渋い顔だ。
「ロンのところに招待状は?」
「来てないな」
「そう」
やはりどう見ても誘きだされているようだ。
ロンバルトがいれば心強いのだが招待されていないなら仕方ない。
「アナのパートナーとして参加するか?」
「残念ながら無理よ」
「ん? 何故だ?」
マティスがロンバルトに招待状を見せる。
招待状を見たロンバルトの眉根が寄る。
「パートナーの同伴はなくても構わない代わりに招待状を持っていない者の来訪はお断り、か」
「ええ」
そう書かれていたのだ。
もともと家の方針でそうしているのか、アナスタシアたちだけなのか。
いや、さすがにそこまでの勝手はしないだろう。
アナスタシアたちだけならそれを真に受ければ恥を掻くのはアナスタシアたちのほうだ。
招待状に記載されているのですぐにバレる。
そうなれば家の不仲は事実として認知されて交流は途絶えることになる。
マティスにも同様の招待状が届いているとわかればバレリ家にも波及する。
そうなればマティスには近づけなくなる。
そんなことをするとは思えない。
それでは本末転倒だ。
それならば家の方針だろう。
「警備上の問題と言われれば何も言えないわ」
そもそも格上の相手に文句を言えるはすがない。
「そうだな」
渋面でロンバルトが頷く。
招待客の安全を図るのは主催者の責任だ。
こう書いてくるということは過去に招待客のパートナーが何事か起こしたのかもしれない。
ロンバルトがマティスに視線を向ける。
「マティスは行くなよ?」
「……さすがにどこかの部屋に引きずり込まれそうな場所には行きたくない」
その言葉にアナスタシアは顔色を変える。
「マティスは絶対に駄目よ。危ないわ」
「うん。行かないから大丈夫だよ。できればアナにも行かないでもらいたいけど」
アナスタシアは難しい顔になる。
「お兄様次第ね」
アナスタシア一人なら何かしら理由をつけて行かなくて済むように兄がしてくれたと思う。
だが兄と二人で招待されてしまった。
兄は王都で父の名代にもなっている。
つまりは家としての社交の範囲に入ってしまったのだ。
だからその判断は兄に委ねた。
兄が行くことになればアナスタシアも行くことになるだろう。
招待された片方だけが出席して片方が欠席というのは印象がよくない。
「そうか。行くなら気をつけろよ」
「ええ、ありがとう。気をつけるわ」
何があるかわからない。
警戒するに越したことはない。
心配そうなマティスに微笑いかける。
「大丈夫よ、マティス。十分気をつけるから心配しないで」
「やっぱり心配だよ。僕もロンもいないんだよ? 何かあってセスランが離れた隙を狙われるかもしれないと考えたら心配でならないよ」
マティスの心配もわかる。
だけど安心させるために微笑ったまま言う。
「そんな時は人の多いところにいるわ。さすがに人目の多いところでは何もしないでしょう」
「親しい関係だと思わせようとするかもしれないぞ」
「大丈夫よ。メイナー様にいろいろ助言をもらったのよ」
聞いておいてよかったと思う。
その通りにできるかはわからないが、知っているのと知らないのとでは大違いだ。
「メイナー嬢か。それなら一応は安心か」
「ええ」
それでもマティスもロンバルトも心配そうな顔のままだ。
その心配を完全に晴らすことは残念ながらできない。
とにかく一人にならない、できるだけユリウス・カティラス侯爵令息とカティラス侯爵令嬢とは関わらないと約束してその場は何とか収めたのだった。
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