カティラス侯爵令嬢の再来襲
学園での昼食時。
アナスタシアがマティスとロンバルトと三人であまり人目のつかないところでお弁当を広げていたところにカティラス侯爵令嬢が現れた。
今日はヴィクトリアは昼休みに用事があるらしく、事前に一緒に食べられないと言われていたのでマティスとロンバルトと昼食となったのだ。
アナスタシアがいる時でよかったのか、悪かったのか。
彼女の手にもランチボックスがある。
わざわざ探してやってきたのだろうか?
「リベンジに参りましたわ」
懲りない人だ。
もう座ってお弁当を広げてしまったのですぐには動けない。
カティラス侯爵令嬢も狙ってやったのだろう。
アナスタシアは心の中で溜め息をついた。
マティスとロンバルトもきっとそうだろう。
「どちら様でしょう?」
どうやらロンバルトはカティラス侯爵令嬢と面識はないらしい。
カティラス侯爵令嬢は艶やかに微笑む。
「失礼致しましたわ。ルリア・カティラスと申します。以後お見知りおきを」
「ロンバルト・ダラスです」
お見知りおきを、とは言わない。
ロンバルトもやはりお見知りおきされたくないようだ。
カティラス侯爵令嬢は挨拶したから許可が出たと思ったのか、そのまま近寄ってくる。
大丈夫だろうか?
いやそんなのわかりきっている。
大丈夫ではない。
マティスの色気はそんな生易しいことではないのだ。
そう簡単に耐性などつかない。
ましてやカティラス侯爵令嬢のように耐性の低い者は近づこうとするだけで危険だ。
彼女は本当に何もわかっていない。
それでも先日の件があるからか、近づいてくる足取りはゆっくりだ。
そこまで慎重になるなら是非ともそのまま回れ右をしてほしい。
絶対にまた色気に当てられる。
前回を見た限りでも、他の人よりも耐性がない。
マティスのことはすっぱりと諦めて他を当たってほしい。
ロンバルトも険しい顔でカティラス侯爵令嬢を見ている。
考えていることは同じだろう。
マティスだけは緊張感もなく冷ややかに見ている。
倒れたところで自業自得だと思っているのだろう。
それにしつこい人間もマティスは嫌いだ。
カティラス侯爵令嬢は好かれる要素がまったくないのだ。
そんなアナスタシアたちの眼差しなど気にせずにカティラス侯爵令嬢は近寄ってくる。
誰も何も言わない。
ただカティラス侯爵令嬢の様子を見ていた。
どうせここまで辿り着くことはできない。
案の定カティラス侯爵令嬢の身体がふらりと揺れる。
「そこまでにしたほうがよろしいですよ」
ロンバルトが制止の声を上げる。
「それ以上近づけば倒れてしまいます」
「そうしたら介抱してくれます?」
マティスだけではなくロンバルトにも食指を伸ばそうとしているようだ。
呆れてしまう。
「お断りします」
きっぱりとロンバルトが断わる。
「え?」
カティラス侯爵令嬢が目を見開く。
まさかそこまできっぱりと断られるとは思っていなかったのだろう。
むしろ何故了承すると思うのか。
ことマティスに関することではロンバルトは紳士たれということを行動指針から外している。
そうでなければ守れないこともあるからだ。
図太いカティラス侯爵令嬢はすぐに立ち直って、首をやや傾けて口許に笑みを浮かべて訊く。
「まあ何故でしょう?」
ロンバルトは素っ気なく言う。
「忠告を無視した者にかける情けはありませんので」
「最大限の努力ですわ」
そんな言い分もロンバルトにもマティスにも通じない。
「方向性が間違っていますね」
「止めたほうがいいですね」
すげなくあしらう。
さすがにカティラス侯爵令嬢の足が止まった。
倒れても二人とも手を貸さないと宣言したからだろう。
カティラス侯爵令嬢がわざとらしく嘆息する。
「お二方とも紳士的ではありませんわね」
年上から教え諭すような言い方だ。
こちらもわざとだろう。
軽くマティスが首を傾げる。
それだけでカティラス侯爵令嬢の身体がふらついた。
色気が増したのだろう。
「紳士的、というのはどういうことなのでしょう?」
「ま、まあ、そのようなことも、わからないのでしょうか?」
「ええ、わかりませんね」
マティスがほんの少しだけ唇の端を上げた。
さらにカティラス侯爵令嬢の身体がふらつき、二歩三歩と下がる。
かなりマティスの色気に当てられていそうだ。
それでも侯爵令嬢としての矜持があるのか、背筋を伸ばす。
口許には微笑みまで浮かぶ。
「今日のところは、失礼しますわ」
相手にされないとわかっているのだからもう諦めてくれないだろうか?
だが保てたのはそこまでだったようだ。
ふらふらとカティラス侯爵令嬢は離れていく。
結局アナスタシアのことは全無視だった。
別に構わないが。
「最初からこうすればよかった」
ぽつりとマティスが物騒なことを呟いた。
前回のことでカティラス侯爵令嬢がマティスの色気に耐性がないことに気づいたから、近づかれる前に色気を増して追い払ったのだろう。
周囲には他に影響を受けるような者はいなく、アナスタシアやロンバルトには感じられないからこそできたことだろう。
「増すまでもなかったよ」
アナスタシアの考えを読み取ったようにマティスが言う。
「そう」
アナスタシアにはそれが本当かどうかはわからないしどうでもいいことだ。
カティラス侯爵令嬢が退散したことが何より重要なことだから。
「つまり、あれは素か?」
ロンバルトが顔を強張らせる。
アナスタシアにはロンバルトの気持ちがわかった。
カティラス侯爵令嬢を一発で退散させるほどの色気を持った仕草を素でやっていたとしたら、本当に危ない。
「前にこういう仕草は色気がやばいからやめてくれ、と言われたことを思い出して実行してみただけだよ」
「……時と場所を選べよ?」
「もちろんわかっているよ」
ちらりとマティスはアナスタシアを見る。
「アナは大丈夫?」
アナスタシアはきょとんとする。
「何が? あ、カティラス侯爵令嬢のこと? 別に無視されても気にしないわ」
「……うん、大丈夫みたいだね。……本当にまったく影響がないみたいだ」
最後にぼそっと言われた言葉は聞き取れなかった。
「なぁに?」
「ん? 大丈夫みたいでよかった、って」
きっと色気に影響されないか不安になってしまったのだろう。
昔はよく気にしていたから。
アナスタシアは安心させるように微笑む。
「ふふ、私はマティスの色気には影響されないから大丈夫よ」
「そっか。よかった」
何故かロンバルトが慰めるようにマティスの肩を叩く。
こてりと首を傾げる。
時々こういうことがある。
唐突に男同士の無言の会話をするのだ。
当然アナスタシアには理解できない。
そして男同士の会話だからアナスタシアに内容を教えてくれないのだ。
仕方ない。
仕方ないが、少し、寂しい。
だがその寂しさは悟られてはならないものだ。
だからアナスタシアは表に出さないようにその感情を沈める。
幸いにも二人には気づかれなかったようだ。
ロンバルトの視線がアナスタシアに向く。
「……アナ、今日は出掛けるなよ?」
「ええ。さすがに真っ直ぐに帰るわ」
またカティラス侯爵令息に出くわすのはごめんだ。
「そうしてくれたら僕たちも安心だ」
少しだけ安心したようにマティスが微笑う。
「マティスもよ?」
「僕は元からそのつもりだよ」
「そうならいいわ。そろそろ食べましょう? お昼休みが終わってしまうわ」
「そうだな」
「うん」
そしてアナスタシアたちはようやく昼食を食べ始めたのだった。
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