表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染みは色気がだだ漏れらしいのですが、私にはわかりません。  作者: 燈華


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/86

カティラス侯爵令息の奇襲

何故か目の前にはユリウス・カティラスがいる。

そしてにこやかな顔で親しげに話しかけてきた。


「君はアナスタシア・クーパー伯爵令嬢だね?」


アナスタシアは答えない。

見ず知らずの人間に名前を尋ねられて素直に答えるはずがない。

相手はあのユリウス・カティラス侯爵令息だ。


しかしまさか彼がアナスタシアのところに来るとは思わなかった。

皆が警戒していたのはこういうことなのかもしれない。


アナスタシアが今いるここは貴族御用達の店の並ぶ通りだ。

アナスタシアは侍女を連れて買い物に来ていた。


待ち伏せされた、のだろうか?

だが今日はふと思い立ってここに買い物に来たのだ。


それならばたまたまだろうか?

わからない。

そうとも言えるし、言えないかもしれない。

カティラス侯爵令息のことなど何も知らないので判断はつかない。


そもそも何のためにアナスタシアの前に現れたのだろう?

マティス相手には無理なのでアナスタシアのほうへ来たのだろうか?

カティラス侯爵令嬢と同様に宣戦布告でもするのだろうか?

手紙を届けてもらいたいとでも言うのだろうか?

それともアナスタシアを足掛かりにマティスに接近するつもりだろうか?


そんなこと、させない。


女慣れしている彼と話していると手の平の上で転がされるだけだろうからさっさと退散するのが一番だ。

マティスたちもすぐに逃げるようにと言っていた。


「先日は妹がお世話になったね」


妹とは当然カティラス侯爵令嬢のことだろう。

アナスタシアは淑女の微笑みを浮かべる。


「どちら様でしょうか? お会いしたことがありましたか?」


首を傾げて訊く。

誰にも紹介されていないので初対面で間違いない。

相手の顔や名前を知っていようともだ。


「おやこれは失礼したね。知っているかと思ったもので」

「それならきっと人違いでしょう。失礼しますね」


さっさと退散するに限る。

口許に笑みを浮かべて軽く頭を下げて立ち去ろうとする。

だがその前に呼び止められてしまう。


「人違いではないよ。アナスタシア・クーパー伯爵令嬢。先程そう呼びかけたはずだ」


うまく逃げ出せると思ったのに。

眉を寄せそうになり、慌てて淑女の微笑みを浮かべる。


「それではどちら様でしょうか? 以前お会いしたことがございましたか?」

「ユリウス・カティラスだ。先日君とバレリ伯爵令息に会いにいったルリアは私の妹だ」


正式に挨拶されてしまったのできちんと返さなければならない。


「そうでしたか。お初にお目にかかります、アナスタシア・クーパーです」


お見知りおきを、とは言わない。

お見知りおきされたくないので。


世慣れた彼は気づいたのだろうがそれには触れてこなかった。

向こうもアナスタシアにお見知りおきされたくはないのだろう。


名乗られたうえに妹のことを言われたのでそのことも無視はできない。

一応訊いておくのが筋だろう。


「カティラス様は体調を崩されたようでしたが、大丈夫でしたか?」


あくまでも体調不良だったという前提で話を進める。

マティスの色気に当てられて、というのは双方にとってあまりによくないだろう。


「私も妹も体調には問題なかったよ」


何故か二人分返された。

カティラス侯爵令息のことは聞いていない。

だがカティラス様と言ってしまったのはアナスタシアだ。


どちらかに限定したわけではないので判断に困ったのかもしれない。

カティラス侯爵令息の顔を見て認識を改める。

いや、わざとわかっていて言ったのだ。


そもそもカティラス侯爵令息とは初対面だ。


「まあ、カティラス侯爵令息様も体調を崩されていたのですか?」


舞踏会のことは見ていないことにした。

実際ロンバルトたちが前にいてよく見えていなかったのであながち嘘でもない。


「おや知らなかったのかな? あの舞踏会には君もいたと思うけど」

「見ておりませんでしたので」


さほど騒ぎになっていたわけでもない。

カティラス侯爵令息にしてもすぐに男性使用人に休憩室に連れていかれたはずだ。


「ああ、そうか。恥ずかしい話、あの舞踏会で倒れそうになったんだ」

「そうだったのですね。体調のほうは大丈夫なのですか?」


白々しいことはわかっている。

恐らくカティラス侯爵令息もそう思っているだろう。

だが彼はそれをおくびにも出さずに言う。


「ああ。先程も言った通り少し休めば問題なかった」

「そうですか。カティラス侯爵令息様もカティラス侯爵令嬢様も何事もなかったようでよかったです」


アナスタシアは淑女の微笑みを浮かべる。


「ありがとう」


さりげなく助言の(てい)を取って告げる。


「原因になったものがあるのでしたら近寄らないことをお勧めします」


是非ともマティスにはこれ以上関わらないでもらいたい。

だがゆるりとカティラス侯爵令息は首を振る。


「いや、もう一度味わってみたいね」


どこか恍惚としているような。

やはりマティスには近寄ってもらいたくない。

アナスタシアの淑女の微笑みにも(ひび)が入りそうだ。


言葉もないアナスタシアにカティラス侯爵令息は楽しげに微笑(わら)う。

そしてさらにとんでもないことを告げてきた。


「私も妹も同じカティラスだ。わかりにくいだろう? 私のことは、ユリウス、と呼ぶといい」


何故そうなるのかわからない。


「親しくないので気持ちだけ受け取っておきますね」

「いや、遠慮しなくていい」


裏の意味を全然読み取ってくれない。

読み取れないのではなく読み取った上で無視しているのだろう。


何て面倒で厄介な相手だろう。

メイナー伯爵令嬢にこういう時の対処法を聞いておくべきだった。


どう答えればいいのだろう?

名前呼びはしたくないし、されたくない。


ぐるぐると思考は回るがいい考えなんて出てこなかった。

あまり社交をしてこなかったアナスタシアの限界だった。

淑女の微笑みのままただ固まっていた。


ふっと息を吐き出すように笑われた。

アナスタシアはきょとんとする。


「からかいすぎたようだ。気が向いたら呼ぶといいよ。咎めないと約束しよう」

「……ありがとうございます」


こう返すしかない。

やはり彼のほうが何枚も上手(うわて)だ。

経験の差が如実に出てしまう。


内心ではぐぬぐぬしてしまうが、何とか淑女の微笑みを保つ。

意識して呼吸を深くして冷静になる。


まあ、呼ぶことはないだろう。

向こうも、"気が向いたら"と言っているので呼ばなくても問題はない。

咎めることもしないだろう。


アナスタシアが呼ぼうが呼ぶまいがどうでもいいことだろう。

そこまでの興味もないはずだ。

本人が言った通り、からかっただけなのだから。


カティラス侯爵令息は余裕の態度だ。

アナスタシアは何とか淑女の微笑みを維持しているのに。


そもそも何の用なのだろう?

カティラス侯爵令嬢のことはただの口実に過ぎないのだろうから。

アナスタシアを突破口にしようとしているのかとも思ったが、別に口説かれたりはしていない。

頭の中で疑問符を踊らせる。


そんな様子を観察しているカティラス侯爵令息は気のせいか楽しんでいるような気がする。

むっと心の中で思った時、カティラス侯爵令息は朗らかに微笑(わら)った。


「まあ今日は挨拶だ。これで失礼するよ」


あっさりと背を向け、カティラス侯爵令息は去っていく。

その姿が見えなくなってようやくアナスタシアは身体の力を抜いた。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


後ろに控えていた侍女が心配そうに声をかけてくる。


「ええ、大丈夫よ。帰りましょう」

「はい」


用事は済んだ。

これ以上何もないように帰るのが賢明だろう。


帰ったら兄に報告しなければ。

それだけは頭の片隅に置いて馬車へと向かった。


読んでいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ