舞踏会ーーアナスタシアの不安
アナスタシアははらはらしながらマティスが男と話すのを見ていた。
何を話しているのかはわからない。
声は聞こえるが話している内容が聞き取れるほどではない。
だがその表情はしっかりと見える。
あの目はやばい。
あの目は過去にマティスの色気に負けた者たちと同じ目だ。
そんな男と二人きりだなんて危ない。
ロンバルトも警戒した様子で二人を見ている。
ロンバルトもあの目に気づいているのだろう。
マティスは素っ気ない態度で男に接している。
だが、男はしつこい。
色気に惑わされているのならちょっとやそっとのことでは引かないだろう。
それは今までの経験上確かなことだ。
「マティス、大丈夫かしら?」
思わず呟く。
「今のところは大丈夫だ」
そう言葉を返しながらもロンバルトは二人から目を離さない。
やはり危ないと思っているのだろう。
「マティスが嫌がっているのがわからないのかしら?」
「気にしないんだろ。あるいは駆け引きだと思っているのかもな」
アナスタシアは思わず眉を寄せてしまう。
「アナ、表情に出すな」
横目で見たロンバルトに注意されてしまう。
アナスタシアは慌てて表情を整えた。
ロンバルトがまた視線をマティスたちに戻す。
アナスタシアはロンバルトの陰からずっとマティスたちを見ていて目を離していない。
マティスはあしらっているようだが、男はしつこく口説いているようだ。
「どれだけ自分に自信があるのかしら? 迷惑な話だわ」
「アナがそこまで言うのも珍しいわね」
ヴィクトリアが驚いたように言う。
「だって、マティスが迷惑しているのよ? それにああいう人と対面するのはマティスの心に負担がかかるわ。早く終わらせてほしいわ」
そうでなくても人の多いこの場所はマティスに負担なのに。
さっさとマティスを解放してほしい。
「アナ、飛び出していくなよ?」
ロンバルトに釘を刺される。
「……わかっているわ」
本当は今すぐにでも飛び出していきたい。
だが今飛び出していこうとしてもロンバルトに簡単に止められるだろう。
飛び出すにも機を見なければ。
さりげなくヴィクトリアがアナスタシアの隣に立つ。
アナスタシアはヴィクトリアを見上げた。
ヴィクトリアは安心させるように微笑う。
「大丈夫よ、アナ。マティス様を信じましょう」
「でも心配だわ」
今もどれだけの負担を感じていることか。
「アナ、まだ大丈夫だ」
今度は兄がヴィクトリアの反対側の隣に立って言う。
「本当、お兄様?」
「ああ。まだ余裕はある」
長い付き合いの兄が言うのならそうなのだろう。
だがどうしても心配が胸を塞ぐ。
「マティスを信じてやれ」
ロンバルトがちらりとアナスタシアを見て言う。
「……ええ」
またロンバルトはマティスのほうに視線を戻した。
アナスタシアもマティスたちを見る。
今のアナスタシアは三方を囲まれて身動きが取れにくい。
マティスの様子が確認できるだけマシ、だろうか?
飛び出していくにはうまくこの三人を避けていかなければならない。
むむと心の中で眉を寄せる。
もしかして、邪魔されている?
その可能性に行き当たった。
飛び出していくのを警戒されたのかもしれない。
そんなにわかりやすかったかしら?
わかりやすかったからこそこのように警戒されたのだろう。
ふと男がこちらを見た。
アナスタシアと目が合う。
その唇が吊り上がり、自信満々な顔で口を開くのが見えた。
「あんなちんくしゃより私のほうが君を楽しませられるよ」
何故か一瞬静まっていた会場にやけに大きく響いた。
皆の動きが一瞬止まったのかとさえ思えた。
ちんくしゃと言われたのは間違いなくアナスタシアだろう。
アナスタシアはむっとした。
いくらなんでもちんくしゃはない。
もっと別の言い方があるはずだ。
そんな悪口は言われたくはないが、ちんくしゃはない。
アナスタシアは眉間に皺が寄った。
あまりにもひどい言葉だ。
だが誰もちんくしゃと言われたことについては問題にしない。
「ああ、あいつ終わったな」
ロンバルトが言った言葉に周りは頷く。アナスタシアだけがついてゆけない。
きょろきょろと周りを見回すが誰も答えてはくれなかった。
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