気乗りしないお茶会とマティスの憂鬱5
ノックの音がしてマティスは目を開けて眉をしかめた。
この部屋には誰も近寄らないように言ってあったはずだ。
「誰も近づかないように言ってあるはずだけど?」
ソファから起き上がることなく不機嫌に言う。
「マティス? 私だけど。やっぱり一人でいたい? それなら私は帰るわ」
「アナ!」
ぱっと身を起こして扉に駆け寄る。
もどかしく思いながら鍵を開けて扉を開いた。
「こんにちは、マティス」
にっこりと微笑ったアナスタシアはいつもより着飾って余所行きの格好をしていた。
髪型は編み込みがされたハーフアップでいつもより大人っぽいが、ドレスのほうはアナスタシアが選ばないようなフリルとリボンがたくさんついたふわふわとしたものだった。
ドレスがそのようなものだったために編み込みがされたハーフアップの髪型が背伸びした子供のようだった。
それも可愛い。
マティスは笑み崩れた。
「アナ、入って」
「ええ、ありがとう」
扉を開けたまま入ってきたアナスタシアをソファへと誘導する。
「今日は用事があったんじゃなかったの?」
「そうよ。叔母様の知り合いのお茶会。疲れちゃった。マティスやロンやヴィーと一緒にお茶をするほうがよっぽど楽しいわ」
「それでそういう格好なんだね」
「そうよ。でもこれは叔母様の趣味よ? 私の趣味じゃないわよ? 昨日置いていって有無を言わさずに着せられたのよ?」
必死に言ってくるがそんなふうに言われなくてもわかっている。
「うん、わかっているよ。でも可愛い」
「……ありがとう」
アナスタシアは複雑そうだ。
「別に子供っぽいって言っているわけじゃないよ?」
「本当?」
「本当だよ。ただ可愛いと思ったから可愛いって言ったんだ」
「あ、ありがとう」
照れたように微笑うアナスタシアが可愛い。
思わず扉のほうを見た。
今日は止めてくれるロンバルトがいない。
アナスタシアに気づかれないように深呼吸をする。
「でも着替えずにそういう格好で来るなんて珍しいね」
何とか普段通りを装って訊く。
本当に珍しい。
ここ最近のアナスタシアは子供っぽく見られるのを嫌がり、このような格好で出歩くことはほぼなくなった。
似合って可愛いのだが、そう言われるのも複雑なのだろう。
「え、ええそうね。今日はもういいかしら、と思って」
歯切れの悪い言い方だ。
ん? と心の中で首を傾げてーー
不意に気づく。
きっと、マティスのことを心配して着替えるのももどかくそのまま来てくれたのだ。
たぶん昨日マティスが元気がなかったことに気づかれていたのだろう。
だから気にかけてくれていた。
きっとお茶会がなければ朝から訪れてくれていたのだろう。
もしかしたらお茶会の間は気も漫ろだったのかもしれない。
だから着替えもせずにマティスのもとに来た。
それを知ればマティスが気にすると思って悟られないようにしているのだろう。
アナスタシアはそんな優しい性格をしている。
ほんわりと胸が温かくなって、心が軽くなっていくようだ。
「そうなんだ」
そう言えばアナスタシアはにっこりと微笑う。
「ええ。たまにはいいでしょう?」
「そうだね」
マティスは微笑った。
読んでいただき、ありがとうございました。




