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自己紹介がてらの小話 5.セスラン

いつもはアナスタシアがバレリ家にお邪魔することが多いが、今日はマティスがクーパー家に来ていた。


たまにマティスが遊びに来るので、バレリ家の使用人ほどではないが、クーパー家の使用人も比較的マティスの色気に耐性があった。

耐性のない者はマティスがいる間は近寄らないように言ってある。


その辺は執事が何とかするだろう。

何かあっては遅いので、彼もしっかりと目を光らせてくれているはずだ。


さすがに未婚で婚約者というわけではないマティスを自室に入れるわけにはいかないので、居間でマティスとお茶を飲みながら話していた。

今日はロンバルトは用事があると来ていない。


そこへ王城で文官として勤務している兄が帰ってきた。


「おかえりなさい、お兄様」

「ただいま、アナ。ああ、マティスも来ていたのか」


兄のセスランはアナスタシアやロンバルトほどではないがマティスの色気に耐性がある。


「お邪魔しているよ、セスラン」

「ああ」


さすがに兄の許可がいるとアナスタシアは訊く。


「ねぇお兄様、夕飯、マティスも一緒にいい?」

「ああ、構わないぞ」


両親は領地におり、王都にあるこの屋敷の責任者は兄であるセスランなのだ。

マティスを夕飯に誘うにも一応兄の許可がいる。

余程のことがない限りは断られることはないとわかっているのであくまでも一応なのだが。


マティスも両親は領地にいるうえに彼は一人っ子なので王都にある屋敷には一人で住んでいる。一人と言っても当然使用人はいるが、食事の時の話し相手はいない。

寂しがり屋なことは知っているので、こうやって遊びに来た時はなるべく食事に誘うようにしている。

セスランが遅い時には一人で食事をするので多少はその寂しさもわかっているつもりだ。


「ありがとう、セスラン」


兄が定刻で帰ってくるかはわからなかったので、既に手配はしてある。マティスも家に連絡済みだ。

執事に目配せすると彼は微かに頷いてくれた。

きちんと兄の分もマティスの分も食事は用意しているということだろう。


「そういえばお兄様、今日は早かったのね」


ふと気づいて兄に訊く。


「ああ、ようやく今の仕事に一区切りついたからな。今日くらいは早く帰ってきた」


そういえば、ここのところ兄の帰宅は遅く、アナスタシアは一人で夕食を食べていた。

兄が王城に出仕してからは一人で食事することも増えたのであまり気にしていなかった。


「……アナ、お前、何か私がショックを受けるようなことを考えてないか?」

「いいえ? お兄様と夕食を一緒に取るのは久しぶりだと気づいただけよ」

「アナ、お前という奴は……」


セスランはがくりと頭を落とした。

アナスタシアはこてんと首を傾げる。


「お前が寂しくしているかと思って今日はきちんと夕食の時間に間に合うように帰ってきたというのに、お前という奴はまったく」


アナスタシアは目を(またた)かせる。


「寂しくなんてないわ。王城に出仕するようになってからお兄様と一緒に夕食を食べる回数は減ったもの。いつものことよ」


兄ががくりと肩を落とす。

だがマティスは兄の言葉を信じたようだ。


「ああ、だから僕を夕飯に誘ったんだ?」


アナスタシアはきょとんとする。


「え? マティスと一緒にご飯食べたいと思っただけよ。今日のうちの夕食の鶏のクリーム煮込み、マティス好きでしょ?」


マティスは虚を突かれたような顔をした後ーー破顔した。

それが見える位置にいた使用人たちがふらりとする。

慌てて他の使用人たちが回収に向かい、素早く視認範囲から連れ出していった。

アナスタシアからしたらただの満面の笑顔なのだが、他の人からしたら強烈な色気を放つものらしい。


それは兄も例外とはならなかったようだ。


兄は幼い頃からマティスと付き合いがあるので、マティスの色気には耐性があるほうだ。

だが額を手で押さえ、マティスから目をそらす。その頬が少し赤い。


「くそっ。くらくらしてきた」

「お兄様、」


アナスタシアはセスランに言う。


「その言葉は下品よ」


かっとセスランがアナスタシアをにらむ。

一時的に怒りがマティスの色気を上回ったようだ。

このように他の感情が色気を上回れば、その影響から抜け出すことも可能なのだ。

そしてそれは耐性がある者のほうが顕著に現れる。


「お前には兄を(いたわ)る優しさがないのか?」

「いつまで経っても慣れないお兄様が悪いと思う」

「お前にだけは言われたくない。鈍すぎてマティスの色気がわからないんだからな」


兄の暴言にむっと口を尖らせる。


「事実だろう」

「鈍いんじゃありません。影響を受けないだけです」

「鈍いから影響を受けないのだろう」

「違います」


兄と言い合いをしているとくすくすとマティスが笑う。


「本当に仲いいよね」

「ふっ、羨ましいだろう」

「うん、とっても」


にっこりと微笑まれてまた兄はくらくらしている。

()りない。


「マティス」


名を呼べばマティスの視線が兄から外れてアナスタシアに向けられる。

兄がほっとしたのを視界の端に(とら)えた。


「お兄様とマティスも仲良しね?」

「アナほどじゃないけどね」


マティスは完全にアナスタシアのほうを見ており、視線の誘導に成功した。

アナスタシアにはどれほどマティスの色気が溢れているとしてもわからないので、マティスの視線を引き受けている間に各々(おのおの)立ち直ってもらいたい。


「坊っちゃま、お嬢様、マティス様、お食事の準備が調いましてございます。食堂のほうへお越しいただけますか?」


タイミングよく執事が食事の準備が調ったと伝えに来た。


「マティス、お兄様は放っておいていきましょう」

「そうだね」


マティスが差し出した手に手を重ねて立ち上がる。


「アナ~、マティ~ス~」


地の底を()うような声で呼ばれ、アナスタシアは兄に視線を向ける。


「お兄様、先に行っているので復活したら来てね」

「セスラン、お先」


アナスタシアはマティスにエスコートされて兄を置いて食堂に向かった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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