王宮主催の舞踏会ーー馬車の降車場
馬車は列に連なり、王宮の門の内に吸い込まれていく。
馬車は到着順にエントランスに横付けし、着飾った紳士・淑女を降ろしていく。
アナスタシアたちの乗る馬車の順番が来た。
一声かけられ、外から扉が開かれた。
兄がまず降りて
「ヴィクトリア嬢」
ヴィクトリアに手を差し出す。
「ありがとうございます」
ヴィクトリアが手を重ねて馬車を降りていく。
続こうと入り口のほうに動くが、手が差し出されない。
まさか兄がアナスタシアのことを忘れたわけではないだろう。
さすがにこのドレスで一人で降りるわけにはいかない。
後続の馬車も待っているし、いつまでもここにいるわけにはいかない。
声をかけようか迷っていると手が差し伸べられた。
ほっとして差し出された手に手を重ねて降りたらマティスがいた。
マティスはクーパー家を出る時は一緒だったのだが真っ直ぐに王宮に向かったので、ヴィクトリアを迎えに行ったアナスタシアたちよりも早く着いていたのだ。
「ありがとう、マティス」
「どういたしまして」
にっこりと微笑われ、そのままエスコートを受ける。
「いいかい、アナ、僕から離れないでね」
アナスタシアは微笑う。
「ええ、一緒に壁際にいましょう。」
アナスタシアの物言いにか、あはっとマティスが笑う。
「そうだね。そうしようか」
マティスの安全のためにも人の多いところは避けなければ。
アナスタシアは心の中で拳を握る。
「人が近寄ってきても大丈夫。僕がうまく避けてみせるから。任せておいて」
「わ、私も頑張るわ」
「そういうことは紳士の役目だね」
こてんと首を傾げる。
「そういうもの?」
「そういうものだ」
答えたのは兄だ。
「そうなのね。じゃあマティスに任せるわね」
「うん、任せて」
きっとマティスに任せるほうがうまくいくだろう。
「頼りにしているわね」
「うん」
ヴィクトリアが並んだアナスタシアとマティスを眺める。
「アナとマティス様の衣装は本当に一対のようね」
マティスが嬉しそうに微笑う。
ヴィクトリアの身体がふらりとよろける。
兄が慌てて支える。
「マティス!」
兄が思わずといった様子で怒鳴る。
「僕に言われても不可抗力だ。アナ、少し離れよう」
「え、ええ」
「いえ、大丈夫ですわ。少し当てられただけですので」
「ヴィー、本当に大丈夫?」
「え、ええ。大丈夫よ。セスラン様、ありがとうございました」
「ヴィクトリア嬢、本当に大丈夫か?」
兄は心配そうにヴィクトリアの顔をのぞき込む。
「だ、大丈夫ですわ」
「だが、顔が赤い」
「ほ、本当に大丈夫ですから」
「セスラン、少し離れてあげたら?」
「だが!」
「すみません、少し、近いです……」
「え、あ、すまない!」
勢いよく兄が顔を離した。
確かに淑女に対する距離にしては近かった。
「い、いえ。セスラン様は心配してくださっただけですので」
「だがすまない。適切な距離ではなかった」
お互いに相手に非はないと言い合っている二人から少し距離を取っていたマティスがアナスタシアに向かって言う。
「アナ、先に行ってようか?」
兄もヴィクトリアも動きそうにない。
ここで立ち止まっていても人の邪魔になるだろう。
アナスタシアたちだけでも動いたほうがいいかもしれない。
「そうね」
だが一応声をかけたほうがいいだろう。
「お兄様、ヴィー、先に行っているわね」
はっとしたように二人がアナスタシアたちを見た。
「ア、アナ、マティス」
「ま、待って、アナ、一緒に行きましょう」
兄とヴィクトリアは何故か動揺しているようだ。
アナスタシアは傍らのマティスを見た。
「来るなら来たらいいんじゃない? ここにいたら邪魔になりそうだから移動しようって言っただけだから。行こうか、アナ」
「え、ええ」
差し出された手に手を重ねる。
「ヴィクトリア嬢、お手を」
「は、はい。ありがとうございます」
ヴィクトリアが兄が差し出した手に手を重ねた。
「行こう」
ヴィクトリアをエスコートした兄が先に立ち、マティスにエスコートされながらその後についていった。
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