自己紹介がてらの小話 4.ジョゼフィーヌ
「ふふふ、ご機嫌よう、クーパー様」
彼女ーージョゼフィーヌ・メイナー伯爵令嬢はいつも唐突に現れる。
「ご機嫌よう、メイナー様」
「今日はバレリ様はご一緒ではないのですね」
「ええ。残念でしたね、メイナー様」
彼女はアナスタシアにもわかるくらいマティスに好意を抱いている。
だからこそ、仲のいいアナスタシアに絡んでくるのだ。
できれば彼女にはマティスの色気に惑わされずに、彼の内面を見てほしい。
「いえ、いいのですよ。バレリ様もずっとクーパー様の相手ばかりしていることはできませんからね」
「そうですね。だから私なんかに絡んでいないでマティスを探しに行ったらいかがです?」
「何故バレリ様を探しに行かなければならないのです? わたくしは今貴女と話しているのですよ、クーパー様」
つまりは、アナスタシアと話がしたい、ということなのだろうか。
アナスタシアは首を傾げる。
「私に何か話がおありですか?」
「そんなつるぺた、いえ、貧相……失礼、お可愛らしい胸であの方の隣にいるなんて、どんな神経をなさっているのかしら?」
彼女はわざわざ胸の下で腕を組んでこれみよがしに胸の大きさを強調しながら嫌味を言ってくる。
つるぺた、なんて貴族のご令嬢が言う言葉ではない。
アナスタシアは身長も小柄、ついでに胸も寂しいが、これで目元が下がっていたりしたら庇護欲が掻き立てられるかもしれないところを、橙色の目は吊り目気味で気の強そうなイメージが先に来てしまう。
言われ慣れているので気にしない。
というか、彼女の嫌味はいつも胸のことだけだ。他に自慢できるところがないのか。いや、彼女に限ってはそんなことはないのだが。
「まあ、大きければいい、ということでもないそうですからね」
軽く流す。
不思議と彼女から嫌味を言われても悪意を感じたことはない。
だから彼女と話すこと自体は、実は嫌ではない。
色気だだ漏れらしいマティスの隣にいるのが、色気ゼロのアナスタシアだということにどうにも我慢がならないらしい。
まあ、言いたいことはわかる。
だがないものねだりをしても仕方ない。
でも彼女を見て嫉妬心は、実は、ちょっとは、ある。
彼女を見ていて羨ましいのは、胸の大きさではなくその均整の取れた体型だ。胸だって大きすぎるということはないのだ。
彼女ならどんなドレスだって似合うだろう。
アナスタシアはシンプルなドレスや大人っぽいドレスは似合わない。
いつもリボンやフリルやレースを多用したドレスを着ている。
それが自分にはよく似合っていることも悲しいかな、わかっている。
それが余計に子供っぽく見せていることも。
さらには焦げ茶色の髪をツインテールにしていることも子供っぽく見せる理由だとはわかっているが、とにかく大人っぽい髪型は似合わないのだ。
どこまでいってもアナスタシアは子供っぽい。
「でも、そのスタイルの良さは羨ましいです」
ぽろりと言うと、彼女は動揺したように挙動不審となる。
「そ、そんなふうに言ってわたくしを懐柔しようとしても、む、無駄ですわよ?」
「いえ、本心です」
メイナー伯爵令嬢はきょろきょろと忙しなく視線を左右に動かす。
どうしたのかと首を傾げる。
「きょ、今日のところは失礼しますね!」
メイナー伯爵令嬢は足早に立ち去っていった。
どうしたのだろう?
アナスタシアは首を傾げた。
「アナ」
声をかけられて振り向く。
「あ、ヴィー。いつからいたの?」
ヴィクトリアはどう見ても今来たという感じではない。
「うん? アナに声をかけようと思ったらメイナー様が先に声をかけられたから話が終わるのを待っていたのよ」
「そう」
「ふふ、それにしても、アナ、見事だったわね」
「何が?」
褒められても何が見事だったのか思い当たらない。
「メイナー様のことよ」
「メイナー様は急に去っていっちゃったの。どうしてかしら? ヴィー、わかる?」
ヴィクトリアは同情するような眼差しをメイナー伯爵令嬢が逃げるように去っていったほうに投げた後、アナスタシアに慈愛のこもった微笑みを向けた。
「アナ、アナはそのまま変わらずにいてね」
ヴィクトリアの言っていることはわからない。
アナスタシアはきょとんとする。
「わからなくてもいいわ。私は今のままのアナが好きなことだけ覚えていて?」
「う、うん。わかった」
よくわからないままアナスタシアは頷いた。
「……これはこれでアナが騙されないか心配ね」
「え、ヴィーだからよ。ヴィーは私を騙したりしないもの」
「アナ、そういうところよ」
やはり意味がわからない。
アナスタシアは首を傾げる。
それには答えずまたヴィクトリアは微笑った。
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