親友の抱擁
マティスに手を引かれるままアナスタシアは歩いていた。
なかなか鳥肌は収まらない。
無意識にアナスタシアはマティスの手をぎゅっと握る。
マティスは無言のまま力強く握り返してくれる。
それに少し安心する。
もう帰るところだったので馬車留めに向かって歩いているとヴィクトリアを見つけた。
「ヴィー!」
思わず大きな声で呼んでしまった。
「アナ?」
驚いた様子のヴィクトリアに気が回らず、アナスタシアはマティスの手を離して駆け寄った。
「どうしたの、アナ?」
アナスタシアは小さく拳を握ってヴィクトリアを見上げる。
「ヴィー、ぎゅってしていい?」
本当はこんなことを頼むべきじゃないのだろう。
だけど我慢ができなかった。
まだ鳥肌は収まらない。
「いいけど、どうしたの?」
許可を得てアナスタシアはヴィクトリアに抱きつく。
「変態がいた」
途端にヴィクトリアの顔が険しくなり、アナスタシアを優しく抱きしめてくれる。
その視線が一緒にいたマティスに向く。
「変態ってまさか……?」
マティスが不機嫌にしっかりと頷く。
ぎゅっとヴィクトリアに抱きつくアナスタシアは頭上のやりとりにまで気を払えない。
「どうしてアナをそんな奴のところに行かせたの!?」
ヴィクトリアが厳しい口調でマティスに問う。
色気に当てられるより怒りが上回ったようだ。
「僕が見つけた時にはもう一緒にいたんだよ」
憤懣やるかたない顔でマティスが言う。
ヴィクトリアの矛先がアナスタシアに向く。
「アナ、何しているの、危ないでしょう!」
アナスタシアとしても不可抗力だ。
「うぅ、出会い頭の事故よ。いきなり、自己紹介を始めて告白されたの」
「当然断ったんでしょうね?」
「もちろん。気持ち悪かった」
思い出してまた鳥肌が立つ。
身体の震えが伝わったのか、ヴィクトリアがしっかりと抱きしめてくれる。
「何かされたりはしてないわよね?」
「うん。マティスが来てくれたし」
今思うと、紳士的ではあったが、マティスがあのタイミングで来てくれなければ、強引に手を握られたかもしれない。そうしたら、もしかしたらその手を撫で回されたり、手に口づけされたりしていたかもしれない。
考えただけで怖気が走る。
ヴィクトリアがさらにぎゅっと抱きしめてくれる。
「よかった。しばらく本当に一人になっちゃ駄目よ?」
「うん、気をつける」
今度こそ。
もうないかもしれないが、こんなこと二度とごめんだ。
恋愛には憧れるが、ああいう趣味の人とは生理的に無理だ。
ぎゅうとヴィクトリアに抱きつく。
落ち着かせるようにその背を優しくぽんぽんと叩きながらヴィクトリアの視線がマティスに向く。
マティスは顔をしかめたまま告げる。
「あれは、幼女趣味の変態だ。アナを視界にも入れさせたくない」
「具体的にはマティス様に後で聞くとして、アナを何だと思っているのかしら! アナは立派な淑女よ!」
そんなふうに怒ってくれるヴィクトリアが大好きだ。
「ヴィー、ありがとう。しばらくツインテールも止める」
「あいつが褒めていたからね」
「せっかくだからいろいろ変えてみたらどうかしら? もっと似合う髪型があるかもしれないわ」
「うん」
帰ったら侍女たちに相談しよう。
ようやく鳥肌も収まった。
「さてじゃあ帰ろう。セスランは今日何時くらいに帰るかわかるかい?」
「何も聞いてないわ」
「そっか。まあ、待っていればいいか」
アナスタシアは目をぱちくりさせた。
「マティスも来てくれるの?」
「もちろん」
「私も行くわ、アナ」
「ヴィーも? 二人ともありがとう」
ふわりとアナスタシアは微笑った。
一人で帰って兄を待つのは不安だったが、二人が一緒にいてくれるなら心強い。
「さあ、行こう」
「ええ」
三人は連れ立って馬車留めに向かった。
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