へんたいさん現る
一般受けしない趣味嗜好の人物が出てきます。
苦手な方はご注意ください。
みんなに口酸っぱく言われていたからアナスタシアも気をつけてはいたのだ。
だが、ふっと一人になった時にその令息はアナスタシアの目の前に現れた。
「初めまして、アナスタシア・クーパー伯爵令嬢。私はアヒム・サンタールと申します」
サンタール家は確か伯爵家だったはずだ。
サンタール伯爵令息とは、彼が言う通り初対面だ。
何かの授業が一緒だったとかもたぶんないはずだ。
そんな彼がアナスタシアに一体何の用事があるのだろう?
「初めまして、サンタール様」
とりあえず無難に挨拶を返す。
「そんな他人行儀な。是非アヒムと名前でお呼びください」
「それでサンタール様、何かご用でしょうか?」
相手の要求をやんわりと断るなら流してしまうのがいいとはメイナー伯爵令嬢の助言だ。
彼は苦笑して、「まあおいおいでいいか」などと呟いている。
おいおいとは何だろう?
今回たまたま用事があっただけではないのだろうか?
「アナスタシア嬢、王宮主催の舞踏会のパートナーはもう決まりましたか? まだでしたら是非とも申し込みたいのですが」
許可していないのに名前呼びだ。
これはマナー違反だと授業でも言っていたし、メイナー伯爵令嬢も言っていた。
「ええ、決まりました。それと、名前で呼ぶのはおやめください」
勘違いさせるかもしれないから、きっぱりと言うこと、と言うのはメイナー伯爵令嬢の言だ。
「それは残念です」
それはどっちについてだろう?
パートナーが決まっている件か、名前を呼ばないように言ったことか。
あるいは両方かもしれない。
心なしか項垂れているようにも見える。
だが同情はしない。
これもメイナー伯爵令嬢の助言だ。
同情を引いてそれにつけこんでくる者もいるそうだ。
アナスタシアも流されないように心を強く持たなければ。
「王宮主催の舞踏会の件は出遅れてしまったので仕方ない」
彼は自分を納得させるかのようにそう一人ごちると改めて真っ直ぐにアナスタシアを見た。
「もう一つだけ、いいですか?」
駄目と言ったところで退きそうにない雰囲気なのだが。
きっと許可をもらうということが大事なのだろう。
アナスタシアは頷いて「どうぞ」と告げる。
サンタール伯爵令息は真面目な顔で片手を差し出してきた。
そして言う。
「アナスタシア嬢、是非私の婚約者になっていただきたい」
初めて告白めいたことをされたが、浮き足立つより先に疑問が来てしまう。
「えっと、何故私なのでしょう?」
そもそも今目の前にいる彼とは初対面だ。つい今さっき名前を知ったばかりだ。
「貴女の容姿が私の理想にぴったりなのです。気の強そうな瞳も、それに反して幼い容貌も、ツインテールも大変お似合いです。小柄で、フリルやリボンが多いドレスを着こなすところも、胸が小さいところも。幼い容貌に反して胸が大きいのがいいという阿呆もいますが、幼い容貌に大きな胸など不要。小さければ小さいほどよいのです!」
うわぁ、本物の変態さんだぁ。
アナスタシアは全力で引いていた。何なら鳥肌まで立っている。
「ですので、是非!」
全力でお断りである。
「断るね。大事なアナをお前になんか渡すか」
「マティス」
いつの間にかマティスがアナスタシアの隣にいた。
「あ、貴方には関係ないことでしょう。部外者が口を挟まないでもらいたい。さあ、アナスタシア嬢、この手を取ってください」
「ごめんなさい。お断りします」
「な、何故です!?」
「私はこれっぽっちもあなたが理想ではないのです」
はっきりきっぱり言っておかないとつけ回されそうである。
「そんな……」
サンタール伯爵令息はその場に崩れ落ちる。
同情はしない。
「アナ、危ないから、これからは僕の傍を離れちゃ駄目だよ?」
マティスは言い聞かせるようにそんなことを言いながらアナスタシアの手を引いて、その場から連れ出してくれた。
流し目一つでサンタール伯爵令息を撃沈させながら。
読んでいただき、ありがとうございました。




