"会"の話
それはあるお昼休みのこと。
ふと思い出してアナスタシアは訊く。
「そういえば、ヴィー、会のほうはどうなったの?」
その問いに一瞬動きを止めたヴィクトリアは眉尻を下げた。
「ごめんなさい、アナ。"会"のほうはなかなかいいところが見つからなくて……」
「そうなの。あ、お菓子好き令嬢の会はあった?」
「あったのはあったわ。でもあそこは、その、入会要件が厳しくて。邪念が少しでもあると駄目みたいなの。まるで求道者みたいだったわ」
お友達が欲しいというのは、お菓子を追求している会員たちにとっては邪念と呼ばれるものだろう。
残念ながらアナスタシアは入会要件を満たしていないようだ。
「そうなのね。ヴィー、ありがとう」
「力になれなくてごめんなさい。もう少し探してみるわね」
しゅんとヴィクトリアは落ち込んでいるようだ。
「気にしないで。私のほうこそヴィーに任せっぱなしにしてごめんなさい」
「それも気にしなくていいわ。私のほうが伝手があるもの」
学園に進学するために領地から出てきたアナスタシアにはあまり知り合いがいないのが悲しい現実だ。
親戚の手は借りたくない。
特にアナスタシアを着せ替え人形にするような伯(叔)母や従姉妹たちの手を借りるのは絶対に嫌だ。
そうなると親しい人間は途端に少なくなる。
ヴィクトリア以外だとマティスとロンバルトくらいだ。
あまりの友人の少なさに落ち込みそうになる。
「クーパー様はどこかの"会"に入りたいのですか?」
そう訊いてきたのは今日も何故か一緒に昼食を食べているメイナー伯爵令嬢だ。
「ええ、そうなんです。メイナー様、どこかいい"会"を知りませんか?」
顔の広そうな彼女ならどこかいい"会"を紹介してくれるかもしれない。
メイナー伯爵令嬢は少し考える素振りを見せた。
もしかしたら本当にどこか紹介してくれるかもしれない。
期待とは裏腹に、彼女の口から出たのはまったく予想外の言葉だった。
「もう少ししてからのほうがよろしいのではありませんか?」
「何故でしょうか?」
「今は少々時期が悪いかと」
アナスタシアは首を傾げる。
「どういうことでしょう?」
「今は王宮主催の舞踏会の準備で皆様浮き足立っておりますからね。もう少し落ち着いてからのほうが"会"のほうでも余裕を持って新規会員を迎え入れることができますから」
なるほど。一理あるかもしれない。
だけど。
「ある程度目星をつけておいたほうがよくありませんか?」
「まあ、それも手ではありますが、具体的にどういうところがいいか決まってますの?」
「お菓子好きの令嬢の会は駄目だったみたいですし、他には特にはないんです」
「でしたらもう少し待ってみたほうがいいですわよ。その間にどのような"会"に入りたいのか、じっくり考えたらよろしいかと思いますわ」
「なるほど」
しかし、どんな"会"があるのかわからないし、どんな"会"を選べばいいかもわからない。
「ですが、どんな"会"があるのか見当もつきません」
情けないがヴィクトリア任せになっていた。
そもそもどこかに一覧があるわけではなく、伝手を頼って辿り着くしかない。
会員になりそうな者には勧誘もあるらしいが、アナスタシアに声をかけてきたところはない。
つまり今のところ、と言いたいが、どこの会にとってもアナスタシアは魅力的ではないということだ。
それはそれで落ち込む。
なるほど、というようにメイナー伯爵令嬢が頷く。
「それなら尚更どんな会がいいか考えたほうがいいと思いますわ。必要でしたらわたくしが希望を聞いて会を探して差し上げますわ」
「本当ですか? ありがとうございます」
ヴィクトリアとメイナー伯爵令嬢が探してくれるのならきっとアナスタシアに合う"会"も見つかるだろう。
「モワ様はいかがされます? クーパー様と同じ"会"に所属されますの?」
「いいえ、私は。興味を引かれれば入ろうかとは思いますけど」
いつまでもヴィクトリアに頼りっぱなしというわけにはいかない。
周りに知り合いがいないからこそ結ばれる友情もあるだろう。
一人で新しい友達を作るのだ。
アナスタシアはきゅっと拳を握った。
メイナー伯爵令嬢は小さく頷いた。
「では、王宮主催の舞踏会の後で希望をお聞きして探してみますわ」
「ありがとうございます」
「モワ様ももしわたくしの力が必要でしたらいつでもおっしゃってくださいね」
「ありがとうございます」
アナスタシアは気になったことを訊く。
「やはり王宮主催の舞踏会の後のほうがいいのでしょうか?」
もう少し待って皆が落ち着いたら王宮主催の舞踏会の前でもいいなではないだろうか?
「何かお急ぎの理由がおありですか?」
「いえ、そういうわけではありません」
「なら後のほうがよろしいですわ」
ここまでメイナー伯爵令嬢が言うのならそうなのだろう。
「わかりました。では、王宮主催の舞踏会の後にお願いします」
きちんと頭を下げる。
「お任せくださいまし。それにちゃんと理由もあるのですわ。王宮主催の舞踏会の後のほうが興味深い"会"が見つかるかもしれませんわよ?」
「どういうことでしょうか?」
ヴィクトリアも軽く首を傾げて興味深そうにメイナー伯爵令嬢を見ている。
ヴィクトリアもわからないようだ。
メイナー伯爵令嬢は特に誇示するでもなく教えてくれる。
「王宮主催の舞踏会の後で新たな"会"が立ち上がるかもしれません。大きな催しの後というのはそこで意気投合した者たちで新たなことを始めることも多いそうですし」
「まあ、メイナー様は物知りですね」
アナスタシアは感心して言う。
本当に彼女は博識で情報通だ。
「こ、これくらい常識ですわ」
メイナー伯爵令嬢はつん、とそっぽを向く。
「いいえ。そんなことはありません。メイナー様が物知りなのです」
「ええ、本当に。私も知りませんでした」
ヴィクトリアもアナスタシアに同意する。
「あ、貴女方はもうっ! いつもそうなんですから!」
アナスタシアとヴィクトリアはきょとんとする。
アナスタシアにはメイナー伯爵令嬢が取り乱している理由がわからない。
恐らくヴィクトリアもだろう。
「本当にそういうところですわよ?」
「何がでしょう?」
こてんとアナスタシアは首を傾げた。
「もうっ! もうっ!」
本当にわからない。
アナスタシアは反対側に首を傾げた。
とうとうメイナー伯爵令嬢はテーブルに突っ伏した。
「メイナー様!?」
「アナ、しばらくそっとしておいてあげましょう」
ヴィクトリアが優しく諭すように言う。
「え、ええ、そうね」
思い返せばメイナー伯爵令嬢は時々そうしていた。
きっと何かあるのだろう。
アナスタシアが踏み入ることのできない領域だ。
アナスタシアはヴィクトリアの言う通りそっとしておくことにした。
テーブルに突っ伏したメイナー伯爵令嬢はしばらくの間、顔を上げることはなかった。
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