男同士のちょっとした会話
アナスタシアが立ち去るのを二人で見送る。
「セスランはいいの?」
「私はきちんと挨拶してきたからな」
「ふうん?」
「何だ?」
「いや、別に」
セスランが訝しげに見てきたがそれ以上何も言うつもりはなかった。
セスランが先程までアナスタシアが座っていた対面ではなく、角を挟んだ隣に座る。
対面は嫌なようだ。
付き合いの長いセスランはマティスの扱いにも色気の対策にも慣れている。
セスランの前にもそっとお茶を入れたティーカップが置かれる。
侍女は素早く下がっていった。
「それで僕に何か用があった?」
「用事はないがアナが戻ってくるまでは付き合おう」
「具合が悪くなったりしたら僕のことは放っておいて休んでくれて構わないから」
「ああ、そうさせてもらう」
セスランはマティスの色気に耐性はあっても、アナスタシアやロンバルトのように何も感じないということはないのだが、彼に緊張感はない。
今も優雅にティーカップに口をつけている。
その所作はさすが伯爵家の嫡男といったところだ。
セスランはお茶を一口飲んでティーカップを静かに置いた。
「それで衣装決めは問題なかったか? 私は立ち会えなかったからな」
「問題がなかったから仕立て屋は帰っていったんじゃないの?」
「まあ、それはそうだが。どうだった? どういうものにしたんだ?」
興味と、心配もあるようだ。
「出来上がってからのお楽しみ、かな」
「何だ、教えてくれないのか」
「僕だってセスランとヴィクトリア嬢のを知らないんだよ?」
「もともと興味はないだろうが」
「まあね」
セスランはそれくらいでへこむような性格をしていないからこれくらい言っても問題はない。
じっとセスランがマティスを見る。
マティスは軽く首を傾げる。
控えている侍女が少し後退った、気がした。
しかしセスランは動じずに言う。
「機嫌がいいな」
「それはもちろん」
「そんなに気に入ったのか?」
デザインが、だろう。
もちろんそれもある。
だがそれだけではない。
まあ、セスランになら教えてもいいか。
とっておきの秘密を打ち明ける表情でマティスは告げる。
「アナが僕の衣装のデザインを選んでくれたんだ」
「アナが? 大丈夫なのか?」
セスランは信じられないといった顔をした後、不安そうな顔になった。
「セスランはアナのセンスを疑うの?」
「そういうわけではないが、想像がつかない」
それはつまりセスランはアナスタシアに衣装を選んでもらったことがないということだ。
「待て。何故そんな同情した顔をしているんだ?」
どうやら表情に出ていたようだ。
「うん? 別に?」
すっとぼけておく。
「言っておくがな、私はアナに衣装を選んでもらいたいだなんて思ってないからな」
「セスランが選んでほしい人は別にいるもんね?」
アナスタシアは全然気づいていないようだが。
セスランはわかりやすい。
相手の令嬢のほうもわかりやすいが。
まあ、相手の令嬢はこれからまだ出会いがあるから憧れで終わるかもしれないが。
今もセスランは動揺したような表情をしている。
こういうところはさすが兄妹、よく似ていると思う。
「なっ……まさか、知って……?」
「だって隠してないでしょ。わかるよ」
セスランは自身を落ち着けるように一口お茶を飲む。
ティーカップを置くとマティスを真っ直ぐに見てくる。少し落ち着いたようだ。
「そんなにわかりやすかったか?」
「うん。セスランがご令嬢をあんなに気にかけているのを初めて見た」
「そうは言ってもお前は社交の場に出ないから知らないだろうが」
「まあね」
あっさりと言えばセスランは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「まあ、アナにはバレてないから大丈夫だよ」
「アナにバレていたらもう全員が知っていることになるだろうが」
「そうだね」
それだけアナスタシアは鈍い。
ロンバルトや両親がマティスの色気を感じない理由はわからないが、アナスタシアに関してはもう鈍いからではないかと思っている。
そんなアナスタシアにバレたとなれば、もう喧伝して歩いている状態だろう。
「まあ、相手のほうも気づいてないみたいだけど」
そう言ってやればあからさまにほっとしている。
今は距離を詰めている状況なのだろう。
まあまだ知り合ってさほど経っていない時期だから妥当だろう。
「まあ、うまくいくことを祈っておいてあげるよ」
マティスにしたらアナスタシアが嫌な思いをしなければそれでいい。
「一応、礼は言っておく」
セスランもマティスの本音はわかっているのだろう。
それなりに長い付き合いだ。
お互いにそれくらいのことは気にしない。
そこへ軽い足音が聞こえてきた。
「マティス、お兄様、何の話をしているの?」
アナスタシアが戻ってきた。
「うーん、男同士の秘密の話」
「そう」
ちょっとがっかりした様子だったがアナスタシアはそれ以上は訊いてはこなかった。
「それよりアナ、ちゃんとお見送りしてきたのか?」
「もちろんよ」
当然とばかりに言ったアナスタシアがセスランに視線を向けると目を丸くした。
「お兄様、顔が真っ赤よ? マティスの色気に当てられた?」
恐らくは先程の話が理由だろう。
「……そうかもしれないな」
「まあ。誰かお兄様を中に連れていってあげて」
寄ってこようとした侍女をセスランが片手を上げて制す。
「一人で戻れる。アナ、あまり遅くまでマティスを引き留めるなよ?」
「えっ、夕食を一緒にどうかしら、と思ったのだけど」
「まあそれくらいなら。マティスはどうだ?」
「うん? もちろん招待を受けるよ」
「よかった。もう厨房には話が通してあったの」
ふわりとアナスタシアが微笑う。
小言を言おうとしたセスランが諦めた。
何だかんだでセスランはアナスタシアに甘い。
「はぁ。私は部屋に戻る」
「お兄様、ゆっくり休んでね」
「ああ、ありがとう。アナたちも適当なところで中に入るんだぞ」
「わかっているわ」
「うん」
セスランはしっかりとした足取りで立ち去っていった。
侍女がセスランのティーカップを下げ、アナスタシアとマティスに新しくお茶を淹れてくれる。
二人でのお茶会の再開だ。
セスランから注意は受けていたが、侍女に促されるまで四阿で楽しくお喋りをしていたのだった。
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