衣装の話と兄の声かけ
一応見える位置に侍女は控えているが、少し遠い。
「思ったよりも喉が渇いていたみたいだ」
「やっぱり初めて会う人ばかりだから緊張した?」
「それもあるけど、アナに似合うドレスをと思って気合いを入れていたからだと思う」
アナスタシアは目を丸くする。
「まあ、そんなに気合いを入れて考えてくれていたのね」
「当然だよ。アナに初めて贈るドレスだし、アナの初めての王宮主催の舞踏会のドレスだよ? アナに恥を掻かせるわけにはいかないからね」
「ありがとう、マティス」
微笑んでお礼を言えば、マティスの顔も綻ぶ。
「マティスが選んでくれたドレスは素敵だったわ。自分では絶対に選ばないようなものだったから出来上がってくるのが楽しみよ」
「よかった。僕もアナが選んでくれた衣装が出来上がるのが楽しみだよ」
「マティスがあの衣装を着るのも楽しみだわ。きっと素敵でしょうね」
「僕もアナがあのドレスを着た姿を見るのが楽しみだよ。そのうち宝飾品を見繕うのも付き合ってくれる?」
「ええ、もちろんいいわ」
その場合、お店に行くのだろうか? それとも今回のように来てもらうことになるのだろうか?
まあ、それは誘われた時に訊けばいいだろう。
「楽しみだね」
「ええ」
にこにこと微笑い合う。
しばらくそのままお茶を楽しんでいると足音が聞こえてきた。
二人でそちらに視線をやる。
「アナ」
兄が現れた。
「お兄様、ヴィーは?」
「だいぶ回復したからそろそろ帰ると言っているから呼びに来たんだ」
「そう。マティス、ごめんなさい、少し待っててくれる?」
「うん、僕のほうはいいから。ヴィクトリア嬢によろしく伝えておいて。助言もありがとうって」
「わかったわ」
「ああ、それからオームルスさんたちは帰ったぞ」
アナスタシアは目を丸くする。
いつの間に?
「私、挨拶してないわ」
「挨拶できずに申し訳ないと言っていた」
「僕がいるからだろうね」
何でもないことのようにマティスが言う。
「そうだな。まだ少しふらついていたくらいだからな。もう少し休んでいくように言ったんだが、イメージの強い今のうちに布を選ばねばと言って帰っていった。後日選んだ布の確認のために訪問すると言っていた。アナ、忘れるなよ?」
兄もあっさり言う。
「大丈夫よ」
「僕は遠慮するよ。選んだ布で進めてほしいと言っておいて」
「マティス、それでいいの?」
「いつもそうだから。心配ならアナが確認しておいてくれる?」
「わかったわ」
他人に近寄られるのが嫌なのだろう。
布の確認となると身体に当ててみて色を見たりするのだ。
たぶん、プロ根性を発揮している時の彼女たちならマティスの色気に惑わされないように思えるが、絶対とは言い切れない。
言い切れない以上は警戒するしかない。
何かあってからでは遅いのだ。
「あまりヴィクトリア嬢を待たせたら悪いよ?」
「あ、そうね。マティス、ちょっと行ってくるわね」
「うん」
「お兄様、マティスをよろしくね」
「ああ」
ひらりとマティスに手を振られたのに振り返し、侍女の後についていった。
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