親友とドレスの発注
クーパー家馴染みの仕立て屋が今日、屋敷に来てくれることになっている。
ヴィクトリアが珍しくそわそわしていて落ち着かない。
「ヴィー、大丈夫?」
「え、ええ」
「ヴィクトリア嬢はもしかして知らない人は苦手なのか?」
「いえ、そんなことはありませんけど……」
「どういうデザインが得意かわからないのは不安よね。ヴィーの好みのデザインで仕立ててもらえるといいのだけど」
「ああ、そうか。申し訳ない。失念していた」
兄が申し訳なさそうに言えばヴィクトリアが慌てる。
「ああ、いいえっ! クーパー家が信用しているところですもの。むしろ楽しみにしてます!」
「それならばよかった」
ほっとしたように兄は微笑う。
「腕は私が保証するわ」
「アナが保証してくれるなら安心ね」
「ええ。色々アドバイスもしてくれるからヴィーはどんどん希望を言えばいいと思うわ」
「そうだな。私には残念がらヴィクトリア嬢の好みがわからないからな。遠慮せずに言ってほしい」
「え、ええ。ありがとうございます」
ヴィクトリアがはにかんだように微笑う。
「ですが、セスラン様の意見も言っていただけると有り難いですわ」
「わかった。ヴィクトリア嬢に似合うものを提案できるように頑張るよ」
「ありがとうございます。お願いします」
侍女たちは壁際に立ってひっそりと微笑ましそうにそのやりとりを見ている。
そのことに三人は気づいていない。
今この部屋にいるのは侍女たちを除けば、アナスタシアと兄とヴィクトリアだけだ。
マティスはいない。
マティスは時間をずらして後から来ることになっている。
まずはヴィクトリアと兄のものを先に打ち合わせするのだ。
時間通りに仕立て屋は来訪した。
「本日は当店をご利用いただきましてありがとうございます」
仕立て屋の店主兼デザイナーと助手たちが頭を下げた。
「忙しいだろうに無理を言ってすまない」
「いえ、こちらとしましても噂のバレリ様にお越しいただくのは些か不安で……。お屋敷にお伺いする許可をいただきありがとうございます」
やはりマティスが来店するのは不安だったのだろう。
「マティスはまだ来ていない。だから先に私とこちらのヴィクトリア嬢の衣装から打ち合わせをさせてもらいたい」
店主と助手たちはほっとした様子を見せ、笑顔で頷く。
「承知しました」
店主の視線がヴィクトリアに向く。
「挨拶が遅れまして申し訳ございません。クロエ・オームルスと申します。以後お見知り置きくださいませ」
「ヴィクトリア・モワです。本日はよろしくお願いします」
「ご丁寧にありがとうございます、モワ伯爵令嬢様。まずはお身体のサイズを測らせていただけますか? それからデザイン等を相談させていただきたいと思います」
「はい。よろしくお願いします」
兄が侍女に合図をして用意していた別室に案内させる。
「セスラン様も」
「ああ」
「アナスタシア様はどうぞカタログのほうを見てお待ちくださいましね」
「ええ、ありがとう」
クロエがヴィクトリアたちを追って出ていった。次いで兄も「行ってくるな」と一言言い置いて助手たちと出ていき、アナスタシアだけが残される。
アナスタシアはカタログを開いた。
すすすっと侍女たちが寄ってくる。
「あ、みんなも一緒に見る?」
「よろしいのですか!?」
「ええ。みんなの意見も聞きたいわ」
「ありがとうございます!」
わぁと侍女たちがテーブルを囲む。
ここにいるのは若い侍女が多いからやはりドレスに憧れがあるのだろう。みんな目がキラキラしている。
「どれも素敵ですね」
「あ、これなどお嬢様に似合いそう」
「こちらはヴィクトリア様が似合いそうですね」
きゃあきゃあ言いながら侍女たちが話すのをアナスタシアはふむふむと頷きながら聞いていた。
しばらくして兄が先に戻り、それから少ししてヴィクトリアが戻ってきた。
侍女たちは兄が戻ってきた時点ですすっと壁に下がっていた。
アナスタシアはさりげなく侍女たちがヴィクトリアに似合いそうだと言っていたページを開いて置いておいた。
ヴィクトリアが戻ってくる前に兄には一応侍女たち一押しも伝えてはある。
ヴィクトリアが戻ってくるまでに兄も一通りカタログを眺めていた。
いつになく真剣な面持ちで、やはりヴィクトリアに恥を掻かせないようにしようとしているようだ。
アナスタシアと同い年のヴィクトリアも王宮主催の舞踏会には初めての参加になる。
初参加のヴィクトリアが恥を掻かないように気を配ってくれているのだろう。
兄とヴィクトリアが打ち合わせをしている間、アナスタシアは黙って話を聞いていた。
最初は控えめに希望を言っていたヴィクトリアも兄とクロエに促され次第にきちんと意見を言うようになっていった。
今やすっかりアナスタシアの存在は忘れられている。
ヴィクトリアと兄の衣装だ。別にそれは構わない。
満足のいくようにすればいい。
だからアナスタシアはただ大人しくそのやりとりを聞いていた。
兄とヴィクトリアの打ち合わせが終わる頃、執事がマティスの来訪を告げた。
読んでいただき、ありがとうございました。
あと一月ちょっとでこちらも連載一年を迎えます。
読んでくださっている方ありがとうございます。歩みが遅くて申し訳ありません。
一周年記念で何か短い話を上げたいと思うのですが、もしこんな話が読みたいというものがありましたら、次の投稿(7/8予定)まで感想欄を開きますので、そちらに一言書いていただければ有り難いです。
絶対に書くとは保証できませんが、参考にさせていただきます。
どうぞよろしくお願いします。




