侯爵夫人のお茶会
お茶会の主催者は侯爵家の夫人だ。
今日のお茶会は庭が会場で、すでにけっこうな人数が来ていた。
さすが有力者のお茶会だ。参加人数が多い。
しかもまだこれから人が増えるという。
アナスタシアは侯爵夫人に伯母たちと挨拶した後、始まるまで少し庭を見させてもらうことにした。
「迷子にならないようにね」
「大丈夫よ」
そんな子供ではない。
アナスタシアは伯母たちから離れて一人で庭の花々を見て回る。
庭は色彩豊かなたくさんの花に彩られていた。
誰に声をかけられることなくアナスタシアは心ゆくまで花を愛でていた。
こういう時は知り合いの少なさは有利になると悲しくも実感する。
お茶会が始まるまでアナスタシアは誰に憚ることなく花を愛でていた。
それに何人もの視線が向けられていたことには少しも気づかずに。
*
アナスタシアは伯母とイザベルと同じ席だった。
同じテーブルについているのは伯母と同年代の女性が多い。
こういうのは年齢が近い者が同席のことが多いのではないのだろうか?
とはいえ、それを問うことはない。
それは主催者である侯爵夫人の差配に文句をつけるということだ。
一介の伯爵令嬢にできることではない。
まだ伯母やイザベルがいるだけいいのだろう。
同世代なら友人になれるかもとわくわくするが、伯母世代となると粗相をしてしまわないかと緊張する。
イザベルがこそっとアナスタシアに耳打ちする。
「後で少しずつ席の入れ替わりがあるわ」
そうなのね、とアナスタシアは小さく頷いた。
そうであるならば場慣れしていないアナスタシアに配慮してくれたのかもしれない。
だからこそ伯母とイザベルも同じ席なのだろう。
いきなり知らない人ばかりの席では緊張するだろうから、と。
納得すると同時に感謝する。
お茶会が始まり、穏やかな談笑が繰り広げられている。
アナスタシアは下手なことは言わずに話に耳を傾ける。
話題は当たり障りのないものから始まり、社交界の噂へと移っていく。
もちろん最初はアナスタシアもきちんと話を聞いていた。
だが段々と話はアナスタシアの知らない誰かのことへと移っていった。
話題についていけず、アナスタシアはそろりとクッキーを口に含んだ。
話の邪魔にならないようになるべく音を立てないように食べる。
美味しくてあっという間に食べ終わる。
さすが侯爵家のお茶会だ。
アナスタシアはさっと同席者の顔を見る。
誰もアナスタシアに注意を払っていない。
それを確認してアナスタシアは二枚目のクッキーを手に取った。
さくりと食べて頬が緩む。
こういう美味しいものを食べるとマティスにも食べさせてあげたいと思う。
だがさすがにここからこっそりクッキーを持ち出すのはマナーに反する。
昔はそれでもこっそりとハンカチに包んだお菓子をポケットに入れて持ち出していた。
幼かったから見逃されていたのだろう。
マティスに食べさせてあげたかったのだがバレリ領まではもたないと言われて何度落ち込みながら兄と食べただろう?
そのたびに兄にはこういうことはしてはいけないと注意された。
でもどうしてもマティスにも食べさせてあげたくて繰り返した。
ある程度大きくなって分別がつくようになってやめたのだ。
今ならマティスに食べさせてあげられるが、クッキーをこっそり持って帰るわけにはいかないのだ。
アナスタシアは心の中でこっそりと溜め息をついた。
そんなアナスタシアを見てこそここと夫人たちが話しているのには、残念ながらアナスタシアは気づいていなかった。
読んでいただき、ありがとうございました。




