メイナー伯爵令嬢VSウード伯爵令息
ジョゼフィーヌ・メイナー伯爵令嬢視点です。
「ウード伯爵令息、貴方の嗜好はあちらですの?」
ジョゼフィーヌは切り込む。
「あんな奴らと一緒にしないでもらいたいですね」
不愉快そうにウード伯爵令息は吐き捨てる。
ジョゼフィーヌはウード伯爵令息の様子をじっと観察していたが、本心のようだった。
「本気、なのですか?」
軽い気持ちでのちょっかいならジョゼフィーヌは全力で邪魔する。
「本気ですよ」
「それならわたくしは何も言いませんわ」
「もとより貴女に何か言う権利はありませんよね」
友人でもないのにーー。
との声が聞こえた気がした。
人の良さを見せるのはアナスタシアの前だけか。
「まあ。わたくしはクーパー様が心配なだけです。お腹の真っ黒な人にぱっくりいかれてしまいかねないのですもの」
「なるほど。メイナー嬢はアナスタシア嬢の保護者にでもなったつもりなのですね」
お互いに相手に向けるのは冷笑だ。
二人ともアナスタシア相手には絶対に見せない表情だ。
前言撤回だ。
こんな腹黒にアナスタシアはもったいない。
「そもそも何故名前で呼んでますの?」
ジョゼフィーヌは鋭くウード伯爵令息を見据える。
「……別に構わないでしょう?」
「まあ、許可なく名前呼びなど紳士の風上にもおけませんわね」
ウード伯爵令息はにっこりと笑う。
「本人からやめてくれとは言われておりませんから」
アナスタシアのことだ。流されているか丸め込まれているのだろう。
お人好しで世間知らずのところにつけこんでいるのだ、この男は。
だから一人にはしておけないのだ。
「まあ、では当然クーパー様がやめてほしいと言われればやめるのですね?」
後で常識として親しくない異性には名前を呼ばせないほうがいいとそれとなく伝えておこう。
誤解されかねないと伝えればやめるだろう。
「……アナスタシア嬢はそのようなことは言わないでしょう」
言質を取らせるつもりはないということだ。
腹黒いうえに頭が回る。
アナスタシアには近寄らせたくない類いの人間だ。
ダンスの授業で出会うなど不可抗力でしかない。
授業でなければ接点など生まれなかっただろうに。
授業の一環ともなれば周囲がいくら阻もうとしても難しい。
ましてや籤で決まるダンスパートナーはどうにもならない。
ジョゼフィーヌはお腹の中で膨らむ忸怩たる思いを何とか飲み込む。
起きてしまったことは仕方ない。
必要なのはこれからのことだ。
「さあ、どうでしょうね?」
ふふ、と笑う。
後でアナスタシアにはよくよく言い含めておこう。
ふと今思い出したという顔でウード伯爵令息が言う。
「ああ、先程私の邪魔はしないとおっしゃってくれましたね」
本当に腹黒い。
迂闊なことを言ってしまった。
「まあ、わたくしは常識を少々説くだけですわ。知らなくて恥を掻くのはクーパー様ですもの」
ふふと微笑ってやる。
ウード伯爵令息も微笑みを浮かべるが目が笑っていない。
そうやってお互いに微笑っていると、不意に。
足音が近づいてきた。二人分だ。
「あの、メイナー様、そろそろ行かないと授業に間に合わなくなってしまいますわ」
恐る恐るヴィクトリアが声をかけてくる。
「まあ、もうそんな時間ですの。お待たせしてしまいまして申し訳ございません。それではウード様、失礼しますね」
ジョゼフィーヌは明るくウード伯爵令息に告げる。
ヴィクトリアとアナスタシアも軽く会釈する。
「ええ、また」
ウード伯爵令息の視線は真っ直ぐにアナスタシアに向けられている。
アナスタシアは気づいていないのか、戸惑っているのか曖昧な微笑みを浮かべている。
さっとその視線を遮る位置に立つ。
「お待たせして申し訳ありません。行きましょう、クーパー様、モワ様」
「ええ、失礼しますね、ウード様」
ヴィクトリアが言い、次いでアナスタシアも挨拶する。
「失礼します」
にこやかに手を振るウード伯爵令息をアナスタシアの視界に入れないようにしてジョゼフィーヌたちはその場を後にした。
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