学園主催のお茶会
「……学園の意図ってこういうことじゃないと思う」
「まあ、俺たちに関しては、諦めろ」
「余計な人が一緒に座ってなくていいんじゃないかな」
他の人間と同席したくないマティスは上機嫌だ。彼はなるべく影響しないようにと他のテーブルに背を向けているので他のテーブルの状況が見えていないのだ。
今日は年に数回ある、学園主催の全学生参加のお茶会の日だ。
出会いの場の提供も兼ねているので定期的にこういう学年混合の授業や催しがあるのだ。
が、アナスタシアとロンバルトとマティスは庭園の隅にぽつんと離れて置かれたテーブルで三人でお茶をしている。
普段していることと一緒だ。
マティスを他の誰かと同席させることはできないし、一人で座らせておくのは論外だ。
ということで毎回こうなる。
でもさすがに三人ともが他の者と全く同席しないのも問題なので、終了五分前になると、男子一名、女子二名の三名がこのテーブルに来ることになっている。
その三名はくじ引きで公平に決める。
そもそもこのお茶会の席順は厳正なる抽選で決まっているのだが。
この会場に来た順に男女別でくじを引き、引いた番号の席に座ることになっているのだ。
もちろんアナスタシアたち三人は素通りし、なんなら一番早く会場入りして、この席に隠れるように座っている。
「でもこれじゃあ出会いがないわ」
アナスタシアが言うとマティスが平坦な声で言う。
「ふーん? アナは出会いがほしいの?」
「私だってお年頃よ? 婚約者を探さないと。マティスだってロンだってそうでしょう?」
マティスとロンバルトは顔を見合わせた。
「ああー、まあね」
「まあ、そうだな」
二人とも歯切れが悪い。
マティスにしろロンバルトにしろ一人っ子なのだから何が何でも結婚相手を見つけなければならないはずだ。
「家族に言われてないの?」
「逆に訊くけど、アナは言われているの?」
アナスタシアはきょとんとする。
「私? 私は言われていないわ」
それが何か関係があるのか?
「僕も同じってこと。ほら、僕の場合は事情が少し特殊、だし?」
「それは卑怯じゃないか?」
何故かロンバルトが噛みつく。
「事実だよ」
「そうだが、その逃げはずるい」
「どうしたの、ロン?」
ロンバルトはアナスタシアをちらりと見て溜め息をついた。
「いや、何でもない。俺もまだ学園一年目だから焦る必要はないと言われている」
それなら別にマティスに噛みつく必要はない気がするのだが。
長い付き合いでアナスタシアが疑問に思ったことはわかったのだろう。
しかし、答えるつもりがないことも、長い付き合いのアナスタシアにはわかった。
「だからアナも焦る必要はないんじゃないか?」
「そうだよ、アナ。僕たちはまだ一年生だからね。学園生活はまだこれからだよ」
にこにこ微笑ってマティスまで言う。
「それはそうだけど」
アナスタシアは結婚相手をもちろん探しているが、それだけではないのだ。
でもそれを言ったら絶対に笑われる。
馬鹿にされるわけではないが、何を言っているんだ、という顔はされるだろう。
アナスタシアには切実だが、きっと二人にはわからない。
「そもそもアナ、」
ロンバルトがアナスタシアの頭のてっぺんから見える範囲で視線を下ろす。
「出会いを求めているというわりにはいつもと変わらないな?」
「うっ……そんなことないわ。いつもより少し大人っぽいわ」
ロンバルトが少し目を細める。
「ほ、本当よ?」
いつも、いつだって侍女たちはアナスタシアの要望通り少しでも大人っぽく見えるように、似合うぎりぎりまで大人っぽくしてくれる。
それは今日も同じだ。
それはつまり、いつもと同じということだが、今日はそれでも少しは大人っぽいし、お洒落だ。
そのはずだ。
いつもより繊細なレースのリボンで髪を結んであるのだ。
一目惚れしたお気に入りの一品だ。
お洒落じゃないはずはない。
「ね、マティス、そうよね?」
マティスはにっこり微笑って頷いた。
「うん、いつも通り、アナは可愛いよ」
その一言でロンバルトは勝ち誇り、アナスタシアは撃沈した。
そんなふうにわいわいやっていると顔を強張らせた三人がアナスタシアたちのほうにやってくるのが見えた。
残り五分になったということだろう。
この三人もやはり三人のテーブルだったのか、それとも別々のテーブルから一人ずつ抜けてきたのか、ふとアナスタシアは気になった。
アナスタシアたちのテーブルに来たのはルーラー伯爵令嬢とバーム子爵令嬢、それにクルト伯爵令息だった。
お互いに名乗り合ってから椅子に座る。
椅子に座った時点でルーラー伯爵令嬢の様子がおかしい。
「あの、ルーラー様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ですわ。五分くらい、耐えてみせます!」
どう見ても大丈夫ではさそうなのだが。
「無理しないほうが……」
「いえ、大丈夫、です……」
顔を真っ赤にして、それでも大丈夫だと言い張るルーラー伯爵令嬢の意志を認め、アナスタシアは退いた。
バーム子爵令嬢とクルト伯爵令息も心配そうにルーラー伯爵令嬢を見ている。
……というか、三人の世界に入っているような気がする。
恐らくマティス対策だと思われる。
マティスだけではなくアナスタシアとロンバルトも合わせて弾かれている。
五分だけ耐えればいいという同志の気分なのかもしれない。
三人はティーカップに手を伸ばすことなく、じっと座っている。見ているのはお互いだ。
そこにアナスタシアに割って入る隙はなかった。
何とか五分を耐え抜いたルーラー伯爵令嬢をバーム子爵令嬢とクルト伯爵令息が支え、足早に立ち去っていった。
目的を達成できなかったアナスタシアは悔しくてテーブルに突っ伏した。
マティスはどことなく満足そうに微笑っている。
ロンバルトはそんなマティスを呆れたように見ていた。
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