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学園のカリキュラム 2.ダンス1

男女に分かれて札を引いていく。

先に令息が札を引き、全員が引き終わると次は令嬢が引いていく。


それをアナスタシアはマティスとともに壁際から見ていた。

彼らは今ダンスのパートナーを決めているのだ。

札に書かれている数字が同じ者同士がパートナーになる。

これを一曲ごとにやる。


この授業の間、最後の一曲以外はアナスタシアはずっとマティスとパートナーだ。

だから二人とも最後の一回以外は札を引く必要はなく、壁際でパートナー決めが終わるのを待っているのだ。


同じ時間にダンスの授業は三ヶ所でやっており、二ヶ月程度でメンバーが変わっていく。

それでもアナスタシアはマティスとロンバルトとずっと一緒だと決まっている。


一通り札を引き終わったようだ。

それぞれパートナーを連れて移動し、向かい合って立つ。


まずは令息が令嬢を誘うところから始まる。

ある程度の定型はあるのだが、それをいかに優雅にやれるかが問われる。

令嬢が気に入らなければ誘う手を取ることはない。

令息は手を取ってもらえるまで文句を変え、何度でも誘う。


これを毎回きちんとやるのだ。

ちなみにあまりにも断られ続けると教師が助言に入る。


「可愛いお嬢さん、一曲踊っていただけませんか?」

「喜んで」


差し出された手に手を重ねる。

マティスは毎回律儀に誘い文句を変えてくる。

よく思いつくものだなぁといつも感心しつつも、アナスタシアを不快にさせる文句が一度もないというのはそれだけ付き合いが長いからだ。

アナスタシアの気に障ることが何かしっかりと把握している。

時々気障(きざ)たらしくなるのはご愛敬だ。

これがロンバルト相手だとお互いに微妙な気持ちになるのだが、マティス相手だと何故か平気だ。


マティスの手が腰に回され、最初の姿勢が整う。

何人か誘うのに手間取っているのか曲は始まらない。


アナスタシアたちは周囲から少し離れて立っているのだが、ざわざわとしたざわめきが聞こえてきた。

アナスタシアはマティスと顔を見合わせて耳を澄ませた。

そして、聞こえてきたやりとりに目を丸くする。


「ええと、何か喜劇みたいなやりとりが聞こえるのだけど、気のせいかしら?」

「僕にも聞こえるよ。喜劇でも参考にしているのかな?」


軽妙なやりとりは段々と喜劇の舞台を聞いているような気分にさせてくる。


「ご令嬢のほうの受け答えもそんな感じね」


さほど舞台を観に行くことはないが、このようなやりとりの舞台があっただろうか?

記憶にはないが、あるかもしれないし、いくつかが混ざっているのかもしれない。

自分で考えてならある意味才能だ。

喜劇の脚本を書けば売れっ子になれるかもしれない。


どうやら残りはその一組だけらしく教員がそちらに向かっていった。

今や教室中の視線と耳がその一組に集まっている。

中には(こら)えきれずに笑ってしまっている者もちらほらといる。

アナスタシアも笑いを堪えるのが大変だ。


「聞いているだけでも面白いよね。もうこのまま彼らのやりとりを聞いているだけでもいいよ」

「まあ、確かに面白いけど。……マティスは踊るの嫌なの?」


マティスは少しだけ顔を傾ける。

視界の端で誰かがふらっとしたが流す。

慌てて離れていっていたから大丈夫だろう。


「アナと踊るのは楽しいよ」


憂鬱(ゆううつ)なのは環境ということか。

確かにここは人に(あふ)れている。


しかもダンスの時間は人口密度が高い。

本番で人が多くてもぶつからないようになるために、とわざと人数を多くしているとか。

とはいえ、アナスタシアたちのクラスはマティスがいるため他よりは人数が少なく、密度も低いらしいのだが。


これは何かの話のついでにメイナー伯爵令嬢が教えてくれた。

本当に彼女はつんとしているけど親切だ。


「ふふ、私もマティスと踊るのは楽しいわ。私をうまく踊らせてくれるのはマティスくらいだもの」


一般の令嬢よりも小柄なアナスタシアはダンスパートナーからしたら踊りにくい相手だ。

ロンバルトは付き合いが長いからそれなりに合わせてくれるのだが、初めて踊る相手だとそうはいかない。

それでも精一杯アナスタシアに気を遣ってくれるのだが、どうしても動きはぎこちなくなる。


「だったらアナはずっと僕と踊っていればいいよ」

「そうできたら、いいけど……」


それは無理だ。

この授業だけでも最後の一曲は別の人と踊ることが決まっている。

実際に舞踏会とかに行けば、さらにいろいろな人と踊らなければならないだろう。

マティスとだけ踊っているわけにはいかない。

どんなに気分が重くなろうとも。


「僕もアナとだけ踊っていたい」


ぽつりと呟いた言葉は本心だろう。

他のご令嬢と踊るマティスは本当に大変そうで、アナスタシアはそんなマティスを見るといつも胸が苦しくなる。

いつもこっそりと、マティス頑張れ、と心の中で応援している。




いつの間にか笑い声は収まっていた。

教員の助言を受けてなんとかうまくいったのだろう。


しかしあれはあれで息のぴったり合った二人だと思うのだけど。

そもそもさっきのが誰だったのかすらアナスタシアは知らない。


みんなが音楽が流れ出すのを静かに待っている。

やがてゆったりと音楽が流れ始める。

入るところを間違えることなくステップを踏む。


全員で踊っている中を軽やかに教員は歩いて回り、各自のステップや表情を確認していく。

くるくるとマティスに回されているところを少し離れたところから確認し、教師は一つ頷いて別の生徒のほうに向かっていった。




*


読んでいただき、ありがとうございました。

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