【裏庭係の続編】王女殿下の婚約破棄事件〜幼馴染のために少女は頑張る〜
「裏庭係〜」の主人公エイダの娘ミルッカちゃんの話です。ミルッカちゃん超器用。
とある王国に、エリヴィラ王女という、もうすぐ二十二歳になる美しい姫がいました。
祖母である前の王太后リュドミラや兄王ラドヴァンに大層可愛がられ、この国一番の貴族カーブルト公爵家の嫡男メトジェイと婚約していたのですが——満月の夜、舞踏会の席でエリヴィラはメトジェイをぶん殴ってしまいました。
小さいながらも格式高いきらびやかなホールの隅、バルコニーの前には自分の頬を押さえるメトジェイが尻餅をついていました。
その真ん前で、エリヴィラは腕を組み、胸を張り、王女としてははしたないほど怒りの表情をあらわにして、メトジェイへと啖呵を切ります。
「見損なったわ、メトジェイ! あなたにこの国の一部でも任せることは言語道断、ましてや民や兵の命を預けることなど絶っっっ対に許されるべきことではありません!」
前髪に祖父譲りの黒髪を一房混じらせた金髪の王女は、その威圧感たるや周囲の大人たちも震え上がっているほどです。床に尻餅をついたままのメトジェイは、誰かに反抗されることが今まで一度もなかったのでしょう、泣きそうな顔をして訴えます。
「そ、そんなに怒ることはないだろう! エリヴィラ、君は何も分かっていないだけだ」
「何を分かっていないと? 私はあなたよりもずっと国内政治に詳しいし、外交使節の接待役を担うことさえあるわ! この王宮の差配に関しても口出しを許されています! だからこそ、あなたが……何人ものメイドに手をつけた挙句に妊娠していると分かれば家から放り出してしまうような甲斐性なしだと聞いた瞬間、ダメ男だと確信したのよ! ダメ男との婚約なんて破棄よ、破棄! 私があなたと結婚なんてして仕舞えば、将来の王女たちがダメ男と結婚してもいい前例になってしまうもの! 浮気、不倫、養育放棄、心当たりがあるのに認知拒否、そんなものは神の教え以前に人としてあってはならないことです! そのくらいのこと常識的にお分かりでしょうに、カーブルト公爵はどうしてお叱りにならないのかしら! ねえ皆さん!?」
ホールのそこかしこから「ああ……」「まったくだわ」「ねえあなた、ご自分のことですわよ」「私も昔やられたわねぇ」などとしみじみ実感が伴う声が上がります。紳士たちは目を逸らして口をつぐみ、淑女たちは夫や婚約者へ冷ややかな目線を送って、ついでに主催者の国王ラドヴァンも人知れず目を泳がせていました
このエリヴィラ王女、正しいのです。品行方正、才気煥発、才徳兼備、秀外恵中——その上で王女というきわめて高い身分を持っています。加えて、祖母譲りの人徳があり、若いながらも人を見る目も備わっており、兄王ラドヴァンでさえエリヴィラ王女の助言を無視することはできないほど、彼女は優秀かつ真っ当な人間です。
とはいえ。
「こ、この……そんなだから、君は二十二にもなって結婚していないんだろうに!」
メトジェイのこの発言が、エリヴィラ王女の触れてはいけない逆鱗にやすりをかけたのは言うまでもないことでしょう。
この国の貴族の子女は大抵、幼少時に家同士が婚約を決めるものです。そして学校卒業や家督を継ぐタイミングを見計らって結婚に至る。つまり十五、六から二十歳くらいの間に大半の貴族は結婚しています。
この場にいる誰もが、それはエリヴィラ王女へ言ってはいけない言葉だと瞬時に察知し、どうにかしてくれと国王ラドヴァンに目で縋ったのですが、遅すぎました。
国王が最初の一音を発する前に、エリヴィラ王女が近くのテーブルにあった十枚以上積まれた皿を両手で持ち上げ、メトジェイの頭の上から思いっきり振り下ろしました。
皿が次々とメトジェイの頭にぶつかって粉々になっていきます。不思議と悲鳴はどこからも上がらず、床へ倒れこんだメトジェイが気絶している間に、エリヴィラ王女はさっさとホールから出ていってしまいました。
この日の出来事は『満月の舞踏会事件』と呼ばれ、次の日の新聞の一面を飾る大事件となったのです。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『満月の舞踏会事件』から数日後の朝、王城近くの高級住宅街にある『トゥルトゥラ医院』の看板を掲げた蔦をまとう屋敷へ、一人の少年がやってきました。
「ミルッカ! 大変だ!」
慌てた様子の少年は、お下がりの古びたハンチング帽に古びた郵便鞄、スエード靴だけは真新しく、濃紺の短い髪に白い肌の似合う可愛らしい顔立ちをしています。手には一枚の紙をくしゃくしゃにして握っていました。
屋敷の扉からぴょいと出てきたのは、恰幅のよいおばさんメイドです。
「おはようさん、どうしたんだい、アルマス坊や。ミルッカお嬢様なら今温室の水やりの最中だよ」
そう言いつつも、おばさんメイドは屋敷の門を開けてやります。アルマスと呼ばれた少年は勝手知ったる我が家のごとく屋敷へと入り、おばさんメイドを引き連れて廊下を進みます。
「大変なんだ、おばさん! この紙を見て!」
「私は字は読めないよ」
「じゃあ、ミルッカと一緒に説明を聞いて!」
アルマスはずんずん進み、中庭を抜け、現れた巨大な温室の二重ガラス戸を開けて中へと叫びます。
「ミルッカー! ちょっと来てくれ!」
高さが二階以上ある温室には、この付近では見かけない南方の植物がずらりと並び、まるで熱帯の密林を再現したかのように蒸し暑くなっています。外はやっと霜が降りなくなったくらいだというのに、常に暖房設備を焚いて真夏のジメジメした環境を作り出しているのです。
大きなシダの葉っぱをかき分けて、温室の奥から一人の少女がやってきました。
小柄な少女は赤茶色の髪を三つ編みにして、作業用の綿の長袖シャツとズボンを着用していました。手には革手袋をはめ、首からはタオルを下げています。
赤茶色の髪の少女——ミルッカはのんびりと笑みを浮かべて、アルマスへちくり。
「おはようアルマス。温度が下がるから朝は温室の扉を不用意に開けないでって言ったよね?」
「ご、ごめん。いや、それどころじゃなくて」
「話なら外で聞くわ。おばさま、アルマスはまたご飯を食べていないだろうから、何か用意してあげてちょうだい」
「承知しました、さてサンドイッチでも作りましょうかね」
アルマスはくーと腹の虫を鳴らしながら、とぼとぼと温室から出ます。ミルッカは温室の二重ガラス戸をしっかり閉めて、おばさんメイドがキッチンへ向かってから、アルマスの手にある一枚の紙へと目を落としました。
「それは何?」
待ってました、とばかりにアルマスは興奮気味に紙をミルッカの手に押し付け、喋りはじめます。
「これだよ、これ! こないだエリヴィラ王女様がカーブルト公爵家の婚約者との婚約を破棄しただろ?」
「ええ、聞いたわ。お母様が、殿下は本当におかわいそうねっておっしゃっていたから」
口がすぎたとはいえ、十枚以上の皿を頭の上から落とされたメトジェイも大概かわいそうだが、とはアルマスは言いません。きっと彼は何かもっとやらかしていたに違いないからです。
誰もがエリヴィラ王女に同情し、メトジェイを蔑む中、エリヴィラ王女は兄王の許可を得て一枚の御触れ書きこと広告を打ったのです。
『エリヴィラ王女殿下より、次の婚約者はお茶会をきちんと催すことのできる常識人がいいとのことであり、またこれには身分の上下を問わないとのおおせです。ゆえに王女殿下との婚約を望む紳士は、たったひとつの条件を満たせば王城に招き、王女殿下自らお茶会に出席してその人柄を見極めるとのこと。これは王侯貴族の代表たるカーブルト公爵家にさえ満たせぬ条件であり、もし満たせるのであれば出自を問わず相応に取り立て、もしくは婚約相当の褒賞を約束します。——エリヴィラ王女殿下のご意思を、宮廷仲裁長官F・ドラフィーおよび宮廷書記官長L・アズリージェの名のもとに保証する』
難しい言葉が並んでいますが、アルマスは興奮気味にこの内容をミルッカへと伝えます。
「それで、エリヴィラ王女様の婚約者を新しく探すことになって、王侯貴族だけじゃなく平民でもいいって! で、その条件がこの下にあって」
ミルッカは文章の下に目を向けます。そこには十分に余白を空けて、一文だけ記載されていました。
「条件は……ただ一つ。『エリヴィラ王女殿下にふさわしいお茶会の品を持ってくること』。アルマス、これって」
アルマスは大きく頷きます。
「俺がそれを持っていけば、エリヴィラ王女様に気に入られるかも、ってことだよ!」
なるほど、立身出世にはもってこいの話です。
アルマスは平民ながら王立高等学校に入学する秀才です。しかし、この国においては王侯貴族と平民の間に大きく深い溝があり、どう足掻いてもその溝は埋められません。それがひょっとすると埋められるかもしれないチャンス、そう考えると逃すべきではないかもしれません。
ですが、十歳のミルッカでもそれにはいくつも高い高いハードルがあると分かります。
「王侯貴族の用意する一級品を押し除けて?」
「うっ、それは」
「何を用意するつもりなの?」
「それは、お茶っ葉くらいしか」
「どこで? アルマスが買えるような安い値段の品は、殿下が気に入ることはないと思うわ」
ズバズバと切り込んでくるミルッカに、アルマスはそこまで無策だったわけではないらしく、我が意を得たりと答えます。
「それだよ! ミルッカ、協力してくれ!」
「協力?」
「お前の植物の知識で、王女様にぴったりの花で作ったハーブティーを出すんだ!」
ミルッカの植物の知識——宮廷医師の父と宮廷薬師の母を持つミルッカ・トゥルトゥラへ、アルマスは何とかしてくれるに違いない、という期待の視線を向けます。物心ついたときから植物に囲まれ、文字を覚えてすぐに医学書を開いてきたようなミルッカです。確かに植物の知識だけなら温室の管理を任されるくらいにはありますが——。
ミルッカは顎に手を当てて、うつむきます。
「それは」
ミルッカは分かっていました。アルマスは優秀で、きっと将来王城に就職し官僚になれるでしょう。しかし、そこまでです。平民のアルマスには何の後ろ盾もなく、家柄も財産もない。よくて各部署の長の代理くらいにはなれるでしょうが、何とか長官だとか大臣、宰相といった高位の官職には絶対に就けません。おまけに、もし運悪く陰謀に巻き込まれれば守ってくれるもののいないアルマスはあっという間に政争で負けてしまい、職を追われるかあるいは牢屋に入る羽目になることは容易に想像できます。
それに対し、ミルッカは違います。宮廷医師か宮廷薬師にならなれるでしょう、王族の信頼厚いその専門職は代々受け継がれてきたからです。何かあれば世話をしている王族が後ろ盾になってくれますし、実際ミルッカの母エイダはエリヴィラ王女に何度も助けてもらっていると聞きます。
将来をほぼ約束されているミルッカは——理不尽に憤慨し、幼いころからの友人に手を差し伸べたいと思いました。
言いたいことをグッと堪え、ミルッカは不敵な笑みを作ります。
「面白そうね」
「言うと思ったぜ、相棒」
ミルッカの気持ちも知らず、アルマスは嬉しそうです。もしアルマスがエリヴィラ王女と婚約できれば、苦労はしてもきっとバラ色の未来があるに違いない、そう思えばこそ——。
ミルッカはさりげなく、アルマスに尋ねます。
「でも、意外ね。アルマスが王女様と結婚したいなんて、年齢も十歳は離れているのに」
すると、アルマスはちょっとバツが悪そうに目を逸らし、頭を掻きました。
「と、とにかく、俺だってただの好奇心や権力欲なんかで結婚したいわけじゃない。理由は、あとで話すよ」
「分かった。アルマスが私を頼るなんて滅多にないもの、新鮮だわ」
「だろ?」
「じゃあ、さっそく作りましょう。その前に、一度専門書でちゃんと薬効を調べてレシピを作っておくから、また明日来てくれる?」
「おう! ありがとな、ミルッカ!」
「いいえ、どういたしまして」
このときすでにミルッカはどんなものを作るか、おおよそ構想はできていました。急いで作れば明日には間に合うはず、そう頭の中で算盤を弾き、今日の予定を組んでいきます。
無邪気に笑うアルマスを、ミルッカは玄関先の門まで送っていきます。その途中でおばさんメイドと合流し、手に紙の包みを持っているおばさんメイドはアルマスへそれを押しつけます。
「おや、もう帰るのかい? じゃあサンドイッチを持っていきな」
「うん、ありがとう!」
「お勉強を頑張るんだよ。あんたは下町の希望なんだからね」
「分かってるって! じゃあな!」
ミルッカとおばさんメイドは門の前で手を振り、サンドイッチを古ぼけた郵便鞄に放り込んで走っていくアルマスを見送りました。
あの古ぼけたハンチング帽も、古ぼけた郵便鞄も、アルマスの唯一の肉親である母方の祖父が使っていたものです。王立高等学校への入学が許されたとき、アルマスの祖父は家計をやりくりして真新しいスエード靴を買ってくれたのです。古ぼけたお下がりばかりでは孫がかわいそうだ、と長持ちする靴を選び、アルマスはそのちょっと大きすぎるスエード靴を何枚も穴の空いた靴下を履いた上で身につけています。
おばさんメイドが仕事に戻ったあと、ミルッカは自分の屋敷を見上げます。蔦の生い茂った立派な屋敷です。この国ができたころからトゥルトゥラ家は宮廷医師の家系として続いてきました。身分こそ平民ですが、そこいらの貴族よりずっと家系図は長く、財産もたっぷりあります。
でも、貴族ではないのです。ミルッカとアルマス、同じ平民なのに、頭のよさだってアルマスはミルッカに負けていないほどなのに、なぜ差があるのでしょう。
いえ、考えてもどうにもなりません。アルマスのために、できることをしてあげないと。
収穫した薬草をしまってある倉庫への鍵を取りに、ミルッカは父のカレヴィへ事情を話しに行きます。階段を上る途中、ミルッカは何となく胸がつかえて足を止め、はあ、と気持ちを吐き出します。
「……アルマスって、年上が好きなんだ」
——うーん、そればっかりはどうしようもない。
十三歳のアルマスを、十歳のミルッカが年齢で追い越すことはできません。
胸にもやもやを抱えて複雑なミルッカは、今できることに集中しようと首を振り、父のいる書斎の扉をノックしました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
翌日、客間にお呼ばれしたアルマスは、ローテーブルの上にある茶器一式といくつもある皿や袋を見て目を丸くしていました。
「何だこれ」
アルマスは、透明なガラスのふくよかなティーポットを指先でつつきます。ふたに水蒸気がびっしりと細かくついているので、ティーポットの中はお湯で満たされているはずですが、沈んでいる細かい茶葉から抽出されたと思しき、茶がかった黄緑色の液体の水面には、たくさんの小さな白い花がまるで花畑のように浮かんでいます。真ん中には、沈んでいる丸い茶葉の塊とそこから生えているかのような一輪の花。これも白系の色をしていて、六枚の花びらがふわふわと開いて浮いていました。
「底の茶葉は砕いて丸めた紅茶、ハーブだけだと味わいが薄いからお茶会には向かないと思って」
「へー。このボールは? ガラスのティーポットも初めて見るよ、俺」
まじまじとティーポットを覗くアルマスへ、ミルッカは得意げに説明します。
「これはお湯を注ぐと花が開く、工芸茶っていうものなの。昔、本で見たことがあったから、作り方を調べて昨日あり合わせの材料で作ってみたわ」
「え、お前が? 作った? す、すげー!」
「うん。それでね、これは見た目重視にし放題だから、殿下のお好きなカミツレを入れてみたらどうかと思って。それとオレンジピールとハチミツ、生姜も。今日はこっちのお皿にすりおろした搾り汁を用意しているから、それぞれ入れて飲んでみてほしいの」
ティーポットの周りに用意された皿の中には、細かく刻んだオレンジピール、生姜の搾り汁、ハチミツが少しずつ入っています。ミルッカは薬の調合をするように、テキパキとガラスのティーカップへそれらをスプーン一杯ずつ入れて、お茶を注ぎます。
ガラスのティーカップからはふんわりと濃い紅茶の香りが立ち上りますが、その中には爽やかな柑橘の香りもあり、カミツレの甘い香りも混ざっています。
「出来上がり。飲んでみて」
ミルッカの差し出したガラスのティーカップを、アルマスはそろりと受け取り、息を吹きかけて冷ましてから、一口ずつ飲みます。
じっと見つめるミルッカへ、味わいを何度も確かめ、アルマスは素直に答えました。
「俺、紅茶なんてお前の家に来たときしか飲まないから良し悪しが分かんないけど、王女様はこういうの好きなの?」
「多分ね。見た目重視のお茶に、紅茶や隠し味を混ぜたものだから、厳密にはハーブティーとは言わないかもしれないけれど」
それでもこの国の通商網には流通しておらず、完全にミルッカオリジナルのお茶です。健康にもいいし、何より野草を混ぜただけのハーブティーや濃く煮出しただけの紅茶よりはずっと上品でしょう。
「よし、じゃあミルッカ、お茶会の分を用意してくれるか?」
「うん、作っておくね」
「助かるよ! おっと、俺はお茶会の申し込みをしとかないとな」
アルマスは満面の笑みで、ミルッカに感謝してくれています。その顔を見ると、やってよかった、役に立ってよかった、とミルッカは思うのですが——ほんの少しのわだかまりが、チクチクとミルッカの胸を刺します。
——もし成功したら、アルマスはエリヴィラ王女殿下と婚約するのかな。好きなのかな、それとも出世のためかな。ううん、アルマスに限っては、そんな理由で誰かと結婚したりしない、はず。
ミルッカはそんな悩みを振り払うように、別の話題へ切り替えました。
「ねえ、アルマス。学校、どう?」
一瞬、アルマスはきょとんとして、それから明らかに、不器用な愛想笑いを浮かべました。
「大丈夫だよ。いじめられるのはいつものことだし」
やっぱり、そうなのです。アルマスはいつも、王立高等学校でいじめられていました。
いじめられる理由など些細なことです。アルマスが貧乏な家の出で、平民だから。たったそれだけです。他の生徒は平民でも裕福な家の出か、貴族の家柄の子女だけなのです。その上、アルマスは飛び級の中途入学という完全なイレギュラーで王立高等学校に入ったものですから、何かと目立ってしまいます。
そんな居心地の悪いところでも将来のためには我慢しなくてはならず、アルマスはたびたびミルッカの屋敷にやってきては参考書や辞書を借りていきます。ずっと昔、ミルッカの母エイダの弟、つまり叔父のマークがアルマスの祖父と知己で、同年代の友達がいないミルッカのためにアルマスを紹介してくれたことが縁で知り合いましたが、アルマスは学校に行く資金がなくて、代わりにミルッカの屋敷にやってきてあらゆる本を貪るように読んでいたのです。そのうち平民学校の教師が偶然アルマスを見出し、王立高等学校への推薦状を得て——傍から見ればトントン拍子で出世街道に乗ったように見えるでしょうが、ミルッカにはそうは思えませんでした。
ミルッカはつぶやきます。
「平民だからって、勉強して悪いわけがないのに」
「仕方ないよ。貴族の坊ちゃんからすれば、平民の俺が視界に入ることが気に食わないんだろ。だって俺、一番成績いいから一番前の席だしな!」
アルマスは強気です。ミルッカを心配させまいと、明るく振る舞っていることが一目で分かります。
——どうにかしてあげられたら。
——でも、たった十歳の私に何ができるというの。
——お父様やお母様に頼んでみる? いいえ、お金持ちの同情で、なんてアルマスは嫌がるに決まっている。
ミルッカのもやもやは晴れません。工芸茶を作れるということ自体とんでもないことで、十分にアルマスのためになったと分かってはいるのですが、ミルッカは全然満足していません。
そこへ、客間の前の廊下を通りすがった一人の赤毛の男性が、ミルッカとアルマスを見つけて声をかけてきました。
「おや、小さなお客さんがいたのか。久しぶりだね、アルマス」
「マークおじさん!」
アルマスが跳ねるように男性のもとへ飛んでいきます。ぴょこぴょこと飼い主を見つけた子犬のようです。
ミルッカの母方の叔父、マークは一流の縫製職人です。少し頬が痩けて猫っ毛の赤毛が撥ねていますが、優しそうな顔の三十路の男性です。普段は山奥に住んでいるのですが、アルマスの祖父が作る上質な服飾生地をよく注文して取りに来ていて、王都の滞在にはいつもミルッカの屋敷を使っていました。
「マークおじさま、いらしていたのですね」
「ああ、仕事の他にもカレヴィ先生と約束があってね。それは?」
それ、とマークが指差したのは、ガラスのティーポットです。
ミルッカとアルマスは、マークに事情を話しました。王女様のお茶会にふさわしいものを選んでいる、そのことについてはマークも知っているようで、なるほど、と子どもの言うことだからと馬鹿にせず、真剣に聞き入っていました。
「ふむ、王女様に似合うもの、か」
ガラスのティーポットから開いたカミツレの花を一つ取り出し、手のひらに指先で広げながら、マークは自分の構想を語ります。
「エリヴィラ王女様なら、白いオーガンジー刺繍なんかお似合いだろうね。カミツレをモチーフに隙間なく刺繍して、お印のリボンフラワーの紋章も薄く金糸や銀糸で入れておくと美しいかな。大体密集した刺繍柄だと派手すぎて合わせづらいんだが、王女様ほどの目鼻立ちのはっきりした美人なら問題ないだろうし」
スラスラと語るマークに、ミルッカとアルマスは驚きました。そこまで真面目に考えてくれるとは、思ってもみなかったからです。
しかし、これはチャンスです。ミルッカは身を乗り出して、マークへ頼みます。
「おじさま、急ぎでお願いがあるんだけれど」
「うん?」
ミルッカの提案に——マークは「へえ、いいじゃないか。やってみよう」とあっさり応じて、楽しげに去っていきました。
これで準備は万端です。あとは、アルマスが王城へ書類を提出して無事王女様のお茶会に招待されるよう、祈るだけです。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
一週間後、アルマスは王城の門の前にやってきました。
門番の兵士たちが不可思議そうに見ています。やがて一人の兵士がやってきて、しょうがない子どもだとばかりにこう言いました。
「君、ここは王城だよ。親御さんはどこだい?」
アルマスはその兵士の鼻先に金縁の封筒を勢いよく出してみせ、はっきり答えます。
「アルマス・リュフタです。ちゃんと王女様のお茶会に招待されています」
これに面食らった門番の兵士たちは、慌てて中にいる取次の事務官へ伝えに行きます。
そう、無事王城へ送った書類は審査を通過し、アルマスは王女様のお茶会にお呼ばれしたのです。事前に王城の使いへ工芸茶を渡し、お茶会に供してもらうよう頼んでおきました。
アルマスはため息を吐きたくなりましたが、堪えます。今日ばかりは継ぎ接ぎのないジャケットと一番白いシャツ、古着屋で買ってきたズボンに、真新しいスエード靴を履いています。古ぼけた郵便鞄は家に置いてきました、ジャケットのポケットだけが荷物をしまう場所です。
アルマスはポケットに入れた紙の包みがあることを何度も確認しながら、金縁の封筒を握り締め、門が開くのを待ちました。
アルマスが取次の事務官に案内され、初めての王城の廊下を歩いていると、物珍しげにちらりと見てくる紳士淑女、それにメイドや使用人、中には口さがなくお喋りする人々もいました。
「あんな子どもまで来るのか。見境がないというか、額面どおりに受け取りすぎているというか」
「書類審査が通ったとはいえ、殿下は何を考えておられるのか」
「俺たちには分かりそうにないな。世間知らずの子どもを泣かせる趣味でもおありなのかどうか」
彼らの存在は、先に王城勤めのミルッカの母から聞いていたとおりです。相手が子どもだから、平民だからと平然と見下してくる人々。そんな人々にはいくら怒ってもしょうがないのです。ふんと鼻息荒く吹き飛ばし、胸を張っていくしかないのです。
しかし緊張は隠せません。いつの間にかやってきた王城の奥、王族の住まう居住区である王宮の庭園に出る廊下が近づくと、アルマスはここまでの道順をすっかり忘れてしまっていました。自分でも分からないほど緊張している、アルマスはごくりと唾を呑み込み、何とか緊張を抑えようとします。
そんなとき、聞き慣れた声が聞こえてきました。
「アルマス、こっちよ」
声のしたほうへ振り返ると、宮廷薬師をしているミルッカの母、エイダが小走りでやってきていました。地獄に仏、窮地に知人と安心したアルマスは、エイダの名を呼びます。
「エイダおばさん」
「お茶は預かっているわ。ちゃんと出すから、しっかりやりなさいね」
「うん! ありがとう、おばさん」
手短に励まされ、アルマスはやる気が湧いてきました。
——しっかりしないと。この機会を逃すわけにはいかないんだから。
アルマスは覚悟を決めて、エリヴィラ王女の待つお茶会会場の庭園へと向かいます。
刈られた芝生を進むと、石畳のテラスが現れました。
そこにいたのは、まごうことなき、『お姫様』です。優雅に広いソファに腰掛け、水色のローブに白のドレスを身にまとった一人の美しいお姫様。青いリボンが編み込まれた金髪は鮮やかで、くりっとした目は宝石のように青く、薄化粧で十分に顔立ちは整えられています。
エリヴィラ王女。王妹であり、美しく聡明で、才気溢れる淑女。
アルマスは息を呑んで、それからソファの横に歩を進め、挨拶を口にします。
「初めまして、エリヴィラ王女殿下!」
緊張した自分を吹き飛ばすように大声を出したアルマスを、エリヴィラ王女はにこやかに出迎えました。
「アルマス・リュフタね。若干十三歳ながら王立高等学校に入学を許された神童、そう聞いているわ。どうぞ、おかけになって」
その声は王女らしく威厳があるのに、偉そうになんてまったく聞こえません。
アルマスは対面のソファに腰掛け、それから用意していた社交辞令の挨拶を続けつつ、ポケットに手を突っ込みます。
「恐縮です。今日はお目通り叶いまして光栄でございます。さっそくですが、こちらをどうぞ」
「あら、何かしら」
ジャケットのポケットから紙の包みを取り出し、アルマスはテーブルに載せます。十分にエリヴィラ王女の注目を引きつけてから、紙の包みを開きました。
中から出てきたのは——オーガンジー刺繍のものに包まれた、何か。ふわりと布を取ると、それはハンカチで、透けて見える極薄のオーガンジー生地にびっしりと浮き出すように白のカミツレの花びらが刺繍され、さりげなく中央に銀糸でエリヴィラ王女の紋章であるリボンフラワーが配されていました。
アルマスはエリヴィラ王女の手にそのハンカチを、もう片方の手に出てきた丸いものを置きます。
それはミルッカの作った工芸茶の一つです。まんまるく茶葉を整え、凧糸と水に溶ける薄手の繊維でまとめたお茶の玉でした。
そうしてちょうどよく、宮廷メイドがガラスのティーポットとティーカップを運んできました。もちろん、先に渡しておいた工芸茶がガラスのティーポットの中で花開き、ティーカップにはオレンジピールやハチミツ、生姜が少しずつ入れられていました。
まあ、と楽しそうに驚くエリヴィラ王女へ、アルマスは自らティーカップにお茶を注ぎ、緊張しながらもあらかじめ用意した言葉を口にします。
「こちらのお茶をお飲みくだされば、きっと気に入っていただけると思います。カミツレの花は、殿下がお好きだと伺いました」
差し出されたティーカップを受け取って、エリヴィラ王女は優雅な手つきで香りを楽しみ、そして口にしました。
ほっこりと、温かいお茶にエリヴィラ王女は顔が緩み、自然と微笑みます。
「懐かしいわ。おばあさまによくカミツレの花をお渡ししたの、ふふっ」
そう言って、アルマスから渡された工芸茶の玉とハンカチを品定めするように何度も転がしたり、ひらひらと翻したりと、エリヴィラ王女は興味津々です。
「それにこのハンカチ、よく見たら私の紋章が入っているのね」
「知人の職人に、殿下にふさわしい刺繍を入れてほしいと頼んだのです。きっと、殿下は絹のハンカチなどはたくさんお持ちでしょうから、こうして薄手の花の香りを楽しめるものがいいだろう、と」
「へえ、そこまで考えてくれたのね。嬉しいわ、アルマス」
「王女殿下にふさわしいものを。私は平民で、しかも奨学金をもらってやっと王立高等学校へ通えるような人間です。でも、友人たちの力を借りて、ここまでのことはできました。これが、私にできる精一杯です。そして」
——そして。
アルマスは、顔の綻んでいたエリヴィラ王女へ——いや、エリヴィラ王女を自分の企みに巻き込むように、と慎重に言葉を選びます。
「殿下にはお伝えしておかなければならないことがあります。これらは、私一人の力で用意したものではありません。友人のミルッカ・トゥルトゥラとその叔父上の手を借り、作り上げたものです。私は彼らに頼んで、受け取っただけです」
正直すぎる告白に、エリヴィラ王女はきっと思わず耳を傾け、興味をそそられたことでしょう。
アルマスは一生懸命、自分を奮い立たせ、最後まで言い切ります。
「でも、殿下にどうしてもお会いしたかったし、婚約相当の褒賞と聞いてこの機会を逃すわけにはいかなかったのです。殿下、私の願いをどうか叶えていただけませんか」
真っ直ぐにアルマスはエリヴィラ王女を見つめ、それから頭を下げました。
じっと待つこと、どのくらいでしょうか。数秒、もしかすると数分——? アルマスは時間がやけに長く感じられました。
そのアルマスの頭上から、お皿ではなくウキウキとした声が降り注ぎます。
「アルマス・リュフタ、あなたはどのような褒賞が望みかしら? 私との婚約? それとも栄達の道?」
好奇心旺盛な王女殿下は、すっかりアルマスの企みに加担することを決めたようでした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
夕方、日が暮れる直前のことです。
ミルッカとその母エイダが王宮の廊下を歩いていました。エイダは宮廷薬師らしいジャケットとスカート姿ですが、ミルッカは植物の世話をするときのままの長袖シャツとズボン姿で、ぶつくさと不満を漏らします。
「いきなり王城に来るように、だなんて……もう、着替える暇もなかったわ」
「まあまあ、皆さま急いでいるのよ。ミルッカのために、って」
「私のため? 何のこと?」
ふふふ、とエイダは含み笑いをしています。ミルッカは何となく、この母が隠し事に向いていないことは知っていましたが、ここまで嬉しそうにしているのですから、何かサプライズがあるのだと察します。
ミルッカにしてみれば、王宮はたまに来る——宮廷薬師の娘としてではなく、王女殿下の客人として——ところです。エリヴィラ王女はエイダの親しい友人であり、ミルッカを妹のように可愛がってくれていました。そのことは他言しないように、ときつく言われており、アルマスにも教えていません。
王宮の庭園、いつものテラスにやってきたミルッカとエイダを、エリヴィラ王女自ら出迎えます。
「久しぶりね、ミルッカ」
「お久しぶりです、殿下。お元気そうで何よりです」
「あら、言うようになったわね! 前はこーんなに小さかったのに」
「そこまでおチビじゃありません、もう」
こーんなに、と言いながらわざとらしく膝くらいまでを指し示すエリヴィラ王女。それに軽く怒りつつも笑うミルッカ。
それを、ソファにちょこんと座っていたアルマスが見ていることに、ミルッカはやっと気付きました。それに、アルマスの隣には焦茶色の髪と白衣を着た男性、ミルッカの父カレヴィが並んで座っています。
「あ、アルマス。それにお父様も」
「よ、よう」
アルマスはどことなくよそよそしく、ミルッカと目を合わせません。
結局、アルマスの挑戦した王女殿下のお茶会は成功したのか。それをミルッカは聞きたいところでしたが、エリヴィラ王女が場を仕切り始めたため、そちらに耳を傾けます。
「さて、皆に集まってもらったのは他でもありません。この私の要求に見事応えたアルマスに褒賞を渡すため、あなたがたの承諾が欲しかったのです」
——アルマス、成功したんだ!
ミルッカは密かに喜びます。本当は今すぐにアルマスにおめでとうと言いたい気持ちと——寂しい気持ちで、胸が一杯でした。
しかし、褒賞を渡すために承諾が必要、というエリヴィラ王女の言葉に、ミルッカは首を傾げます。
「アルマス・リュフタ。あなたは褒賞に何を望む? もう一度、聞かせてくれるかしら」
「はい、もちろんです」
ミルッカの疑問をよそに、アルマスはかしこまって、エリヴィラ王女とカレヴィへと視線を移しながらはっきりと答えます。
「私は、宮廷医師カレヴィ・トゥルトゥラ博士に弟子入りをしたいのです。必ずカレヴィ医師のようになってみせます、ですからどうか私に門外不出の医学を教えてください」
アルマスは、頭を思いっきり下げました。
これには、ミルッカはただただ呆然とするばかりです。なぜそんなことをアルマスは言うのか、確か、アルマスは——。
「何で? 殿下と婚約は?」
ミルッカの疑問は、思わず口に出ていました。
頭を下げたまま、顔をミルッカのほうへ向けたアルマスが、ちょっと腹立たしそうに、そして顔を赤らめていました。
「こんなときばっかり察しが悪いな。俺は、お前と婚約したいんだよ」
少し乱暴に、アルマスの言葉はミルッカへと届きます。
アルマスの望む婚約相手は——エリヴィラ王女ではない?
やっとそこまで思考が辿り着いたミルッカは、素っ頓狂な短い叫び声を上げてしまっていました。
「へ!?」
ミルッカはその場にいる全員の顔を何度も見て、「どういうこと? ねえ、どういうこと?」とただおろおろするばかりです。まったく聞いていない話なのに、エリヴィラ王女もミルッカの父も母も、知っていたように落ち着いています。
「まあ、私も必ず婚約するとか、そういうことは書いてなかったものね。婚約相当の褒賞、って濁してたし」
「ミルッカのお婿さんがアルマスならいいと思うわ。あなたは?」
「王立高等学校に入学する秀才だ、後継の養子には悪くない。あとはミルッカ次第だ」
すでに父母は納得し、エリヴィラ王女の口添えでアルマスはミルッカの婿養子に入る算段が決まっている——そこまで把握して、やっとミルッカは状況を受け入れられるようになってきました。
アルマスは、最初からミルッカと婚約するために、エリヴィラ王女に挑戦していたのです。年上が好きなのかな、などと言っていた自分が呑気すぎて恥ずかしい、ミルッカは顔を真っ赤にして、母エイダにあらあらと頭を撫でられていました。
——つまりは、アルマスも私のことが好きなの……かしら?
ミルッカは慌てて確認します。
「こ、婚約でいいの? 結婚は?」
「それはほら、五年くらいしてお前の気が変わらなかったら。お前だって、好きな男ができるかもしれないし、さ」
「そ、そう。そうよね、うん」
それは建前だ、とミルッカは見抜いていましたが、気付かないふりをしようと心に決めました。
間違いなく、アルマスはミルッカと両思い、なのでしょう。
あまりの嬉しさと恥ずかしさにミルッカは固まり、アルマスは心配そうに様子を窺っています。
そんな中、エリヴィラ王女は歳の離れた友人であるエイダへ相談していました。
「ねえエイダ、私の結婚相手、どこかに落ちていないかしら」
「うーん、殿下ならこの国よりも外国で探したほうがよろしいかと。隣国の皇太子殿下などどうでしょう? 婚約の話を聞きませんし、もしダメでも前向きに考えて誰かよい方を紹介してくれそうです」
「なるほど。そうね、そうするわ」
うん、よし! と掛け声をつけて、エリヴィラ王女は出立します。
「おめでとう、ミルッカ! じゃ、私は隣国へ行く準備をしてくるわ! いいお婿さんを捕まえてくる!」
「お気をつけてー」
「あ、はい。お気をつけて」
二人は見送りの言葉をまだ言いかけているというのに、あっという間にエリヴィラ王女はいなくなりました。きっと次に会うときは隣国出身のお婿さんを捕まえているでしょう、ミルッカは心の中でエリヴィラ王女の幸運を祈ります。
さて、とカレヴィはアルマスとともにソファから立ち上がりました。
「俺はアルマスと家に行って、保護者に事情を説明してくる。お前たちは先に屋敷へ帰っておいてくれ」
「分かりました。行きましょうか、ミルッカ」
母エイダに促され、ミルッカはこくんと頷きます。
お茶会は終わり、婚約の話は進み、そしてアルマスは父カレヴィの弟子になり、何もかもが丸く収まった、そう思えたとき。
テラスから降りたアルマスが、振り返りました。
「ミルッカ!」
名前を呼ばれ、反射的にアルマスを見たミルッカは、晴れ晴れしいアルマスの表情を目にします。
「ありがとう! また明日な! ……じゃなくて、これからよろしくな!」
また明日、これからよろしく、その言葉はいつもと違う意味を持っています。
ミルッカは、嬉しくなってしまいました。
これからも、アルマスと一緒にいられるのですから。
「うん!」
元気よくミルッカは答え、手を振ります。
かくしてエリヴィラ王女殿下の『満月の舞踏会事件』は無事終息し、その後エリヴィラ王女は無事隣国の皇子の一人を婚約者として迎えて凱旋した——のだそうな。
ミルッカとアルマスは、どちらが宮廷医師になるかを争って勉強し、結局初の宮廷医師兼宮廷薬師が二人も誕生することになりますが——それはもっと先の話でしょう。
ともあれ、ミルッカの初恋は叶ったのでした。おしまいおしまい。
(了)
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なお工芸茶は1980年代に入ってから作られたものです。