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8 アリア・テイラーの長い一日 〜前編〜

「ど、ど、どうしようマリアぁ……」

「そ、そんな事私に聞かないでよぉ」


 レイラとマリアが涙目で震えながら擦り寄っている。

 それもそのはず。彼女たちの……いえ、私たちの目の前には大型の熊のような魔獣が鋭い爪を剥き出しにし、鼻息荒く立ち塞がっているのだから。


「わ、私たち絶対絶命ってやつ……?」

「ううぅぅ……」


 はあ。

 溜め息しか出ない。

 なんだってこんな事に――。




        ●○●○●




 私ことアリア・テイラーは、アメリアの頃大親友だったレイラとマリアの二人と再び友人となり、トリニティノーブルズという謎のチームの一員となった。

 彼女たちの提案によって私は『アメリア探索隊』に巻き込まれ、北の山へと訪れていた。

 アメリアは私なので当然山になどいるわけはないのだが、彼女たちに付き合う約束をしてしまったのが運の尽きだった。

 最初は適当に山の中をハイキング気分で散策していたのだが、日も暮れ出したので帰ろうと下山しようとして、今に至る。


「どうしてこんなところに魔獣なんているの……。山賊だけじゃなかったの?」

「そんな事知らないわよぉ。レイラが変な事言い出すからぁ」

「し、仕方ないじゃない! まだこの山の中は誰も捜索してないって言ってたし、アメリアならいる可能性あったし!」


 確かに私はこの山にちょくちょく来ていた事がある。

 と言ってもそれは殿下と婚約関係になる前までの話だ。昔はそれなりにおてんばだった私は、リセット家に帰りたくない日なんかはよくここで時間を潰して遊んでいた。自分だけの秘密の隠れ家とかも作っていたっけ。


「と、とにかく今はなんとかしてここから逃げないと!」

「で、でもこのままじゃアリアさんが……」


 そう、彼女たちが逃げない原因は私のせいだ。

 私は不運な事に猟師が仕掛けた罠に掛かってしまい、動けずにいたのである。

 頑丈なロープが一気に締まるタイプの罠で、それが両脚に巻きついてしまい解けずにいたところ、魔獣に遭遇してしまったのである。


「私の事はいいからレイラ、マリア、二人だけでも逃げて!」


 と、何度も言っているが二人は逃げない。

 この魔獣はどう見ても危険すぎる。このまま逃げずにいたら間違いなく私たちはコイツの餌になってしまうだろう。

 でもどうすれば……と、悩んでるうちに。


「グルァァァオオオオッ!」


 ついに興奮極まった熊型の魔獣がレイラとマリアの二人に対して両腕を大きく広げ、今にも襲いかかろうとしている。

 せめてレイラたちだけでも逃げて欲しいのに、彼女らは罠に掛かってしまっている私の前に立って私を守ろうとしてくれているのだ。

 でもこのままじゃ真っ先に二人が殺されてしまう。どうしよう、どうすればいい!?

 場所は日も暮れだした山奥、救援など期待できるはずもない。もしかしたらクロノス様がこのピンチに駆けつけてくれるかも、なんて甘い妄想を抱くほど私の頭はお花畑ではない。

 この状況は私たちが、いえ、私がなんとかしなければならないのだ。 

 けれどレイラもマリアも戦いなんてできるわけがないし、魔法だって私と同じく不得手。魔獣と戦えるのなんて、王国の騎士様や戦士様、もしくは高位の魔術師様くらいなもの。

 私たちにはどうする事も……。

 と、そこまで思った瞬間。私は自分の思考を俯瞰して考えてみた。

 まさにその直後。


「「キャァァアアアアッ!!」」


 ついに魔獣が動き出しレイラたちを襲う。

 だったら私がやるしかないッ!


「レイラマリア! 目を閉じて地面に伏せてッ!」


 私が声を上げると彼女たちは言われた通り、かがみ込む。

 想定通り、魔獣と目が合うのはこの私。

 凶暴化した魔獣は普通の獣と同じで目が合った獲物を真っ先に狙う習性がある。

 だからそれを利用して――。


「最初から私が死ねば良い話だった。怖い思いさせてごめんね、レイラ、マリア」

「「アリアさん!?」」


 私は自身の喉元を魔獣に向ける。

 と、同時に魔獣はすでに右腕を振りかぶって私の喉を掻っ切ろうと鋭い爪を剥き出しにしていた。


「縛られていたのが()()()()()()()()わ。次は必ずあなたたちを怖い目になんて合わさせないから」


 何故ならボタンを押せるから。

 直後、私の目の前にいつものあのボタンが現れてくれた――。




        ●○●○●




「ねえ、レイラ。こんなに奥深くに進んじゃって大丈夫なの?」

「平気よマリア。前にアメリアと来た時はもっと、渓谷の方まで行った事があるもの」


 ……ッ!

 私の意識が戻ると、太陽が木々の隙間を縫うように差し込んでいる。その位置はほぼ真上。


 どうやら無事巻き戻せたみたいだと私はひと安心した。

 この段階でかなり山の奥まで進んでしまっている。早く引き返すように促そう。


「レイラ、マリア。帰りましょう」

「え? どうしたのアリアさん?」

「早く戻らないと私たち魔獣に襲われるわ」

「魔獣って……アリアさん、何言ってるの? この辺の山で魔獣が出るなんて聞いた事もないわ。山賊なら出るみたいだけど」


 どうして人食い山賊は平気で魔獣はダメなの?

 この子たちは馬鹿なの?

 そりゃ確かに昔は私もここに遊びに来てたりしてたけど、あくまで日が明るいうちだけだ。日没までには必ず家に帰っていた。


「どっちにしても、もう戻らないと下山する頃には日が暮れてしまうわ。本当に山賊とかに襲われたら大変でしょう?」

「アリアさん、怖いのよね。わかるわ。でも安心して。私たちがアリアさんを守るからっ!」


 確かに守ってくれてたけど、あれじゃ駄目なのよぉ!

 もう……どうすればわかってくれるの?

 

「……違うの、レイラ、マリア。私には昔から感知能力があってね。魔物の類いが近くにいるとその気配を感じられるの。だからお願い、私の言う事を信じて欲しいの」

「アリアさん……」


 これで駄目なら強引に引っ張ってでも下山させるしかない。


「うん、わかった。アリアさんがそこまで言うんじゃ戻りましょう、マリア」

「ええ、そうねレイラ。アリアさんの目、真剣だものね」


 よかった、わかってくれた!

 私は安堵して彼女たちの手を引き、来た道を戻ろうと足早に歩き出す。

 まだ完全な獣道に入る前の時刻だ。この道ならさすがにあの魔獣と遭遇する事もないだろう。

 早く戻って、騎士様たちに北の山に魔獣が出た事をお伝えしないと。

 そんな風に考えていた時。


「……う、嘘?」


 私は急停止して、目を見開く。


「「あ……あ……」」


 レイラとマリアも身体を震わせている。

 何故なら私たちが下山した方向には、例のあの魔獣が立ち塞がっていたからである。


「ま、魔獣……!」

「アリアさんの言ってた事、ほ、ほ、本当だった……」


 どうして!?

 今度はさっきより何時間も早く下山し始めたし、まだ日は明るい。それなのに何故ここで魔獣に遭遇するの!?


「グルァァァオオオオッ!」


 今度は私たちに考える余裕など与えてもくれず、熊型の魔獣は勢いよく私たちに向かって突進してきた。


「走りましょう!」


 私がそう言うと彼女たちもこくこくと頷き、魔獣から背を向けて走り出す。


「追いつかれちゃうよお!」

「も、もう無理ぃ!」


 けれど、魔獣の脚に所詮ただの人間、ましてや貴族令嬢たちが敵うわけがない。


「キャッ!」

「マリア!?」


 マリアが足をもつれさせて転倒し、その上に覆い被さるように魔獣が両腕の爪を振りかざしていた。

 マリア、レイラ、あなたたちだけは絶対に死なせないッ!


「「アリアさん!?」」




 私は咄嗟にマリアの上に被さり、身を挺して守った。

 その瞬間、一瞬だけ背中に熱を感じるのと同時に巻き戻しのボタンが現れてくれたのだった。 




この作品をご一読いただき、ありがとうございます。


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