7 トリニティノーブルズ
私がアリア・テイラーとなってから一週間ほどが過ぎた。
女子寮での生活は思ったより不自由していない。学生寮に入っている魔法学院の生徒は寮母が夕食も準備してくれるので、食事に困る事はないし、湯浴みも寮の女湯はリセットのお屋敷より広かったし、何よりお父様やお母様がいない生活が想像以上に気楽だった。
男子寮と女子寮は互いに行き来する事を基本的には禁じられているので、私がクロノス様と会う時はこっそりと人目を憚んで会う事に決めている。
とは言っても、クロノス様と会うのはビアンカが私のメイクを直す日という事にしているので、会う時は三人だ。なので、私とクロノス様の仲は特別進展したりとかはないし、イリーシャに関する情報の進展も今のところ特にない。
それよりも私が戸惑っているのは。
「ねぇアリアさん、次のお休みは北の山に行きましょう」
「アメリアは運動神経が鈍い割には山遊びが好きだったから、もしかしたら山に潜んでるかもしれないものね」
私の寮部屋の中、レイラとマリアが真剣な表情でこくこくと互いに頷き合っている。
私はすっかり『アメリア捜索隊』の隊員にされてしまったのである。
というのも、彼女たちは実はアメリアが失踪してからずっと密かに彼女を探していたらしい。
何故そんな事をしているのか尋ねると、どうも彼女たちはもの凄い罪悪感に日々苛まれていたのだという。
本当はアメリアと距離を置きたくなどなかったのに、エルヴィン殿下との婚約が決まってすぐに、彼女たちの親たちからアメリアと関わるなと強く命令されたらしい。
その理由は彼女たちにもわからないそうで、しかしその命令はEクラス全員に徐々に広まっていったのだとか。
どうしてそんな事になったのか、私には微かにだが思い当たる節がある。
イリーシャだ。
イリーシャは私の二学年下の階級、中等部に所属していて、おまけに生徒会の副会長を担当している。彼女なら生徒の親たちとも接点があるだろうし、おそらくその彼女が私とは関わるな、みたいな噂を広めたのだと考えている。
理由はわからないが、イリーシャのこれまでの行為を鑑みると彼女の嫌がらせだろう。それ以外に原因は思い当たらない。
「アメリア……本当は寂しかったはずなの。あんな風に腫れ物に触られるみたいな扱いをされて、学院に居場所を無くさせちゃって……」
「うん。ただ、私たちもあんな風に脅されちゃうとね……」
レイラとマリアが寂しそうな顔をする。
彼女たちの親からは「アメリア様に何かあったら、お前たちは極刑ものだ。大事があってはならないから絶対に近づくな。約束を守れないなら家から追い出す」とまで、厳しく言われていたそうだ。
きっとイリーシャがわざと大袈裟に誇張したのだろうと私は悟った。
「でもそんな理由があったんじゃ仕方ないわよ。アメリアだって理由を知れば、きっとまたあなたたちと仲良くしてくれるわ」
私は笑顔で彼女たちにそう言った。
私が避けられていた原因を知る事ができて、私の心は少しだけ晴れた。
レイラとマリアは私の事をよく知ってくれているからいいが、それ以外のクラスメイトや学院生徒はただでさえ距離を取っていたアメリアという女があんな浮気者だと広まり、学院内ではすっかりアメリア=悪女となってしまっていた。
レイラたちはそれでもアメリアの事を信じていたらしく、エルヴィン殿下のあの映像の真意を私に聞こうと思っていた矢先に私が消えてしまったので、相当に心配してくれていたらしい。
やっぱり大親友は大親友だった、と私は思わず涙をこぼしそうになった。
「そうだといいな……アメリア本当にごめんなさい……」
「無事でいてくれるといいんだけど……」
レイラとマリアは涙目になって本当に心配してくれている。
嬉しい。本当に嬉しい。
今は奇妙な事になってしまっているけれど、全てが解決したらあなたたちには全部話すわ。
大好きよ、レイラ、マリア。
「早く彼女と再会する為にも次の休みは山で決まりね」
「ええ、レイラ。間違いなくアメリアなら山にいるわ。きっとどんぐりとかキノコを食べて逞しく生きてるに違いないもの」
えええぇぇぇ……。いくらなんでも私、野生のキノコは食べないわよ。どんぐりは……まあ、ありえなくもないけれど。
「アメリアならそうね! よくその辺に落っこちてる飴玉とかもヒョイって食べちゃうし」
「それだけじゃないわ。アメリアなら学院の食堂の残飯だって勿体無いとか言って食べてたもの。だからもしかすると、山のゴミ捨て場を漁っている可能性もあるわよ!」
飴玉は自分で落としちゃったのをすぐに拾って食べただけだし、残飯はクラスメイトが食べ残したローストチキンが丸々手付かずでお皿に残ってたからちゃんと貰って良い? って聞いてから食べたわ!
「彼女の食い意地なら絶対山で生きていける。もしかしたら山賊になってるかもしれないもの!」
「そういえば北の山って山賊も住み着いているのよね。仲間になってるかもしれないわ!」
「でも山賊って人間も食べるって噂よ。って事は……」
「ええー!? じゃあアメリアももしかしたら、人を襲って食べてるかもしれないの!?」
「可能性は……あるわね」
ないわっ!
いやいやいやいや、人を襲って食べるとかもう魔物の類いよ!? 山賊だってそんな事しないわよ!?
「アメリアが人の肉の味を覚えてしまったら、もう人間には戻れなくなってしまうわ!」
「そうよレイラ。だから私たちはなんとしても次の休みに北の山に登って、アメリアを山賊から人間に戻すの!」
「ええ、そうね! 必ずアメリア、あなたを人間に戻してみせるっ!」
グッと握り拳で二人は何かを誓い合っている。
この二人はいったい何を言っているのかしら。
うーん、相変わらずだわ、レイラとマリア。そしてここに以前の私も同じ様に悪ノリしていたんだっけ。
と、少し懐かしい光景に思わずクスッと小さく笑ってしまった。
「アリアさん、やっと笑ったね!」
「え?」
レイラが満面の笑みで私の顔を覗き込む。
「だってさ、アリアさん、私たちと話す様になってからもずーっとしかめっつらばかりしていたから、楽しくないのかなって。まあそりゃあ楽しい事をしようって話じゃないけどさ」
「そうそう。私たち強引にアリアさんの部屋に来ちゃったし、本当は迷惑だったかなー、なんて思ったりね」
レイラとマリアは私の事を気遣ってくれていたんだ。
確かに私はアリアとして、学院で過ごす中でなるべく目立たないように、誰とも深くコミュニケーションを取らないようにしていた。正体がバレたくなかったしね。
そんな私を気にかけていたのね。
「……平気よ。私はレイラとマリアの事、好きだし」
二人はぱあっと顔を明るくして、
「よーし! アリアさんという心強い仲間も増えたし、私たちのチーム名をトリニティノーブルズと命名するーっ!」
「なあにそれ?」
「かっこいいでしょ! 高尚な三人ってコトでさ!」
「まーたレイラは変な名前付けて。アメリアが聞いたらまた馬鹿にされるわよー?」
そうそう。
よくレイラは変な名前付けたり、妄想するのが好きな子だったわ。その度に私が的確に突っ込んでいたりしたっけ。
こうしてなんだかんだ、私はレイラとマリアと再び友達になれたのだった。
けれど、このレイラが提案した『北の山でアメリア探索作戦』がまた大変な惨事を引き起こしてしまうだなんて、今の私たちには予想もしていなかったのだけれど。
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