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5 くだらなくても巻き戻せました

 早朝――。


 学生男子寮の部屋の中で、鳥のさえずりに目を覚ます。


「おはよう、アメリア。今ちょうど紅茶を淹れるところだった」


 素敵な男性が淹れる香ばしい紅茶の匂いに心を踊らす。

 なんて素晴らしい理想的な朝チュンなのかしら。

 少しだけ紅茶に恐怖心を覚えなくもないのだけれど。


「多少は眠れたかい?」


 ニコっと笑う彼の笑顔に対し、たったの一晩で笑い声ではなく慎ましい笑顔で返せるようになった私を誰か褒めて。


「はは、参ったよ。この顔じゃあ、外で会話がしづらいな」


 彼は欠けた前歯を手で隠しつつ、恥ずかしそうに苦笑いする。


「ごめんなさいクロノス様。私を助けようとしたばかりに……」

「いや気にしないでくれ。私が助けたくて勝手にやったのだからな」


 さすがは私が見込んだクロノス様。喧嘩は弱くても、心意気は男の中の漢ってヤツですわね。


「それにしてもアメリア。あの殿下の映像はいったいどういう事なんだろうか。キミが浮気などしていないのが事実であればアレは作り物だという事になるが……」


 私はクロノス様に昨晩の経緯を説明した。

 あの浮気現場について本当に身に覚えがない事と、妹のイリーシャが私の代わりに殿下の婚約者になる事。そしてリセット家からは勘当され行くあてもなくなってしまった事である。

 あの殿下の映像についての詳細は不明でも、この一連の騒動の主犯として最も怪しいのは妹のイリーシャなのは明白。その事をクロノス様に簡単に説明した。


 また自分に起きている時間の巻き戻しについて。

 これについては何も話していない。

 時を巻き戻してるんです、などと言っても尚更現実味がなさすぎてクロノス様から逆に怪しまれかねない。

 なので時の巻き戻しボタンについては誰にも言うべきではないと考えている。


 しかしこの力は魔法、なのだろうか。もし魔法だとするならなんとも不便な魔法だろう。

 巻き戻りたい、とかやり直させて、とか安易に願っても決してあのボタンは現れない。ただしあの暴漢らに襲われた時は必ずボタンは現れる。おそらく心の底から初めて死を決意したシーンだったからだろう。

 その後は暴漢に襲われる度に『どうせここでボタン出るはずだし』くらいの軽い気持ちであったとしても事実ボタンは必ず現れてくれた。

 その次にイリーシャが私に飲ませようとした毒入り紅茶。あの場面は本当に危なかったが、あれについては飲まないだけで簡単に回避する事が可能だった。

 とにかくそれらを私はようやく乗り越えたのである。


「とりあえず紅茶でも飲もう。今朝方、親戚の叔母さんから届けられた特製の茶葉だ。私も先程キッチンで少し味見したが良い香りだった」


 クロノス様は優しい笑みで私は紅茶を差し出してくれた。

 ああ……やはりクロノス様は優しいし、かっこいい。(歯さえ見せなければ)

 私は差し出された紅茶をすすり、ホッとひと息つく。


「はあー……良い紅茶ですわぁ……」


 これは本当に美味しいし、体が痺れるような事もない。と、ひと安心し、紅茶を楽しむ。

 なんて、のほほんとやってる場合ではなくて!

 とにかく今後の方針を彼に伝えなくてはならない。

 

「ところでその……アメリア、キミが私の事を好きだと言ってくれた件だが……」


 と、思っていたらクロノス様から話を振ってくれた。


「その……まだキミの事を全て信じられる状態ではないとはいえ、私もキミの事はその……」


 まずい。

 改めてこんな風に言われたらめちゃめちゃ恥ずかしくなってきたわ。

 でもダメダメ。こんなところで臆病になっていたら、前の私となんら変わらないわ。

 だからここは強気かつクールに……。


「こほん。私はクロノス様をお慕い申し上げております。エルヴィン殿下との婚約が破棄された今、私は独り身。昨晩も言いましたけれど寄る辺なんてどこにもありませんの」

「アメリア、気持ちは嬉しい。だけどこのままふわふわとした気持ちでキミと付き合うのは間違いだと考えている。だから、私が納得する形になったら正式に交際を申し込みたい」

「クロノス様が納得する形……?」

「ああ。この一連の騒動についての真相を完全に暴く事だ。キミの妹、イリーシャの企みが事実なら、まずはその悪巧みを暴くべきだ」


 さすがは生真面目で魔法学院の生徒会長も務めるクロノス様である。でも彼となら私の謂れのない浮気の真相を暴ける、かもしれない。

 それにおそらく彼と正式に交際をするのなら、どのみち私の悪評は解消しなければならないだろう。昨晩は真相なんて最悪暴けなくてもエヴァンズ家に取り入ってしまえばいいや、なんて軽い気持ちでしたけれど。

 ……11回も婚約破棄されて何度も巻き戻してるうちに、私ったら随分と神経が図太くなってしまったのかしらね。ちょっと複雑な気分。


「真相……それを暴ける良い方法でもあれば良いんですけれど」

「方法はある」


 クロノス様は目を光らせて言った。


「そ、それはどんな……?」

「簡単だ。エルヴィン王太子殿下を誘拐する。そして彼に直接問いただすのだ」


 愚直すぎますわ!

 そんなの上手くいきっこないですし、下手すれば本当に処刑されてしまいますわ!


「現状、アメリアはおそらく王宮内にて悪女のレッテルが貼られているし、さすがにこの状況で私の父を利用するのはまだ難しそうだからな。だったら直接殿下を攫うまでだッ!」

「そ、それはそうですけれども、攫うなんてそんな……」


「そうと決まれば王宮へ行こう! そしてエルヴィン殿下が一人の時を狙って彼を攫い、詳しく尋問しよう!」


 やべぇ、クロノス様が想像以上にぶっとんでいます。


「必要な物は……そうだな、ふむ。太めの麻のロープと猿ぐつわ。それと自白剤入りの合法麻薬も持っていこう。確かにこの辺にしまってあったはずだ」


 なんつーもん隠し持ってんのクロノス様は!?

 ダメダメダメ! この人に任せたら何もかも終わりですわ!


「クロノス様! 駄目ですわそんなの!」

「む? アメリア、何か問題があったか?」

「問題って……はあ……」


 彼の真剣な表情に私が呆れてものも言えずにいると、


「大丈夫だ! 私にどーんとまるごと任せておけッ!」

「え!? ちょ、クロノス様ッ!?」


 そう言って彼は私の静止を無視して、勢いのままに寮を飛び出して行ってしまった――。




 ――それからほどなくして、彼は王国の騎士団に捕縛された。

 罪状は言わずもがな、誘拐未遂罪である。

 しかしクロノス様は隙を見て、捕縛していた騎士たちを振り切り、逃走を図った。

 私も彼の身を案じて逃走中の彼を助けようとした時、私は勢い余った騎士の剣で斬られかけたのである。

 瞬間、例の赤いボタンが出現。

 私はすかさず巻き戻しのボタンを押した。


 すると――。







(こ、ここは……クロノス様の学生寮。無事、戻れたのね)


 見事、無事巻き戻しに成功する。


(危なかった……わけわかんないバッドエンドルートにいきなりぶち込まれて終わりかと焦ったわ。あんなくだらない死に方なんてまっぴらゴメンよ。けれど、これで少し把握できたわね……)


 巻き戻される場所はどうやら自動的に決定されてしまっている事に気づいたのである。つまり私は()()()()()()()と少しずつ進めているのだ。

 これがこの不思議なボタンの力によるものなのだろう。


「そうと決まれば王宮へ行こう! そしてエルヴィン殿下が一人の時を狙って彼を攫い、詳しく尋問しよう!」


 クロノス様がとんでもない愚策に張り切っている大問題シーンである。

 これはやはり駄目なのだ。

 ここで私は押し黙ってはいけない。どうあっても必死で彼を止めなければッ!


「そんなの絶対駄目ですわ!」

「な、何故だアメリア? 何か問題が……?」

「問題だらけですの! そんな事したら大変なことになりますわ! それこそ昨晩クロノス様が仰っていた国の力で私たちが大変な目にあってしまいますわ!? 誘拐なんて卑劣な方法で殿下を拉致するなんて決して正しい行為ではありません! そんな手段でなんとかするようなクロノス様は嫌いですッ!!」

「き、きら……そんなッ!?」

「だからッ! 冷静になられてくださいーッ!」


 私が必死な表情で彼の腕を逃さないように掴み、彼の顔を見据えて言うと、


「そ、その通りだ。私はいったい何を……。どうかしていたようだ、すまないアメリア。どうもキミからの想いを聞いてから心が浮ついてしまっていたようだ」


 彼は照れくさそうに言った。

 クロノス様……知れば知るほど想像よりも色々ポンコツですわね……。


「まるで魅了(チャーム)の魔法にでも掛けられてしまったかのように暴走しかけてしまった……いかんな、私の悪い癖だ。本当にすまないアメリア」


 魅了(チャーム)なんて高度な精神系魔法が扱えたら、私はとっくに成績優秀となって、魔法学院の学費免除されていますわ。

 でもひとまずやばい未来は回避できて良かった。

 あんなくだらない終わり方なんてまっぴらですもの。


「しかしそうなると、どうすれば良いのか……」

「そういう事でしたらクロノス様にお願いがありますの」

「お願い?」

「ええ。それは――」




        ●○●○●




 翌日。


 私はクロノス様の学生寮で隠れるようにその日は過ごさせてもらい、彼の帰りを待っていた。

 私が外を歩くと何かと目立ってしまうかもしれないと考えたらである。


「アメリア、戻ったよ」

「おかえりなさいクロノス様」


 私はクロノス様に「リセット家に仕えるビアンカ、という侍女に話を聞いてきて欲しい」と頼んだ。

 何故ならビアンカには家を出る前に、「イリーシャについて可能な範囲で秘密裏に調査して頂戴」と、こう伝えておいたからである。

 

「すまないアメリア。窮屈な思いをさせてしまって……この部屋、狭いだろう?」

「そんな事はありませんわ」


 クロノス様の生活感が溢れていて、見ているだけでも楽しい小部屋ですもの。


「それでなんだが、キミに言われた通り今日、ビアンカから色々聞いてきた。明日にでも彼女はここにやって来てくれるよ」

「まあ、本当ですの! それなら良かったですわ」

「それよりも殿下とイリーシャの悪巧み、その証拠について聞かされた時、私は正直、怒りにこの身が震えたよ……今からでも殿下のもとへ突撃してしまいたい気分だ」

「抑えてくださいませ、マジで」


 クロノス様が鬼の形相をしている。

 私の事を想って怒りを露わにしてくれているのは嬉しいが、彼にはしっかり首に縄を付けておかないとすぐバッドエンドに連れて行かれるので気をつけねばならない。


 ビアンカの話では、私が出て行った後、父マルクスと母ナタリーは好都合だと言わんばかりに私との縁を切ると言い、お役所へ書面上の私の名をリセット家から除籍するよう申請したとか。

 そして予想通り、学費の高い魔法学院へ自主退学届を出していたらしい。魔法学院としても殿下を裏切る極悪女を在籍させていたくないとの事で私の退学は私の親、魔法学院長の同意のもと早急に進められたそうだ。


 とにもかくにも今回の件に関する事でビアンカに調べておいてもらった情報は実に重要なものばかりだった。殿下やイリーシャたちを断罪するにはもう少し情報を精査しなければならないけれど。

 そしてそれだけではない。

 私はこのままでは普通の生活を送る事ができない。

 だから私がビアンカに頼んだ事。



 それは――。



 

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