4 クロノス様。それは反則です
「アメリアーッ!?」
さあ、ついておいでなさい私のクロノス様。生真面目なあなたなら、宮殿では難しくとも、人目の無いこの場でなら私を追いかけざるを得ないでしょう。
「待て、待つんだ! いったいどこへ行くんだ!?」
ほら、付いてきた。
あとはあの辺りを曲がって適当な裏路地に入っていけば……。
「お!? なんだぁ、わけぇ女がこんな所でよぉ?」
「ひゃっはー! ここは通さねえぜ!?」
「良いもん着てやがる。コイツァどっかの貴族令嬢だな?」
ほら!
ほらほらほら!
必ず出てくるのよ、私を襲う暴漢馬鹿三人組が!
手元の魔導具性の懐中時計を見ると時刻は23時を少し過ぎた頃。だいたい時間通りね。
「い、いや……」
私は何も知らない少女のように怯えて後ずさる。いや、事実私は少女なんですけれども。
「なあ、こっち来いよ!」
「キャアッ!」
暴漢の一人に腕を掴まれ強引に引っ張られそうになったその時。
「何をしている貴様ッ! その手をアメリアから離せッ!」
計算通りッ!
思わず私は口元が歪んでしまいそうになったが、それを堪えて、
「た、助けて……クロノスさまぁ!」
迫真の演技で彼に助けを求める。まあ実際に助けてもらわないとなんですけれども。
「なんだぁテメェ? 俺たちになんか文句でもあるってのかぁ!?」
拍手を送りたいほどに見事な雑魚キャラっぷりなセリフで、暴漢どもはクロノス様へと言い寄った。
「彼女を誰だと思っている!」
クロノス様は憤慨して暴漢らに凄む。
「知らねぇよ! ヒーロー気取りのいけ好かねぇ馬鹿には、おしおきだぜ。おりゃあ!」
いかにも頭の悪そうな暴漢の一人がそう言いながらクロノス様へと殴り掛かる。
馬鹿な男ですわね。そんなやられ役みたいなセリフを吐きながらへなちょこパンチでクロノス様に立ち向かったって、魔法学院エリートの彼に敵うわけがないというのに。
さあ、ゴミども。私の未来のスーパーダーリン(仮)にこてんぱんにのされてしまうがいいわ!
「ぶへぁッ!」
ほーらご覧なさい。
たったの一発で暴漢は……!
……え?
「なんだぁこのガキゃ? クソ弱ぇ」
情けない声を出し、口から血を流して地面に膝をついているのは、まさかのクロノス様であった。
いや、おかしいですわ。クロノス様はなんでもこなせる超エリートのはず……。
「か、彼女から手を離せ……」
「うるせー死ね!」
「ぐはぁッ!」
よえー。
クロノス様、弱過ぎます。
彼は無抵抗主義、というわけではない。その証拠に何度か暴漢にパンチをお見舞いしようとしているのだが、ヒョロヒョロなパンチはほとんど当たらない or 回避されてしまっているのである。
なんて事なの……なんという想定外の弱さなのッ!?
確かに運動神経が良くても喧嘩が強いわけではありませんものね……。
「うぐ……は、離せ……彼女から離……れろ……」
ああ……クロノス様……。
あんなにボッコボコにされながら、しかもまるでギャグみたいに目の上に大きなたんこぶを腫らしながらも私の身を案じてくださっているのはとても嬉しいですけれど、このままでは結局私は暴漢たちにアーレーされてしまいますわ。
「か、彼女を誰だと……思っている……。か、彼女は……彼女は、エ、エルヴィン殿下の婚約者、なのだぞッ!」
はあはあ、と息を切らし傷ついた身体でクロノス様が必死に声を荒げてそう言うと、
「「な、なんだってー!? 殿下の!?」」
暴漢たちは想像以上の慌てぶりを見せ、
「ふ、ふふ……そうだ。もし彼女に何かあれば貴様たちは国家権力全てを行使され、凄惨な報復をされるのだぞ……!」
「「こ、国家権力……だと……(ごくり)」」
「そ、そして……私は何を隠そう……宰相の子だ……何が言いたいか、わかるな?」
「「ま、まさかテメェはエヴァンズ家の……!?」」
そう、クロノス様はこの国の宰相を務めるカイロス・エヴァンズの令息なのだ。カイロス様は辺境伯の身でありながら、王宮にて宰相の仕事に就いているのである。
「ふ、ふふ、そうだ。我が父の……我が国の力を舐めるなよォッ!」
「「し、ししし、失礼しやしたーッ!」」
暴漢馬鹿三人組はそれを聞くや否や、慌ててこの場から走り去って行った。
「正義は……勝つ……ぐふ」
同時にクロノス様も意識を失った。
いや、なんですのこの展開。クロノス様……国の力を舐めるなよッて、強気に言うセリフじゃありませんわ。クソダサ過ぎますわ。想像以上にカッコ悪すぎますわ。
しかしそれでも――。
「……時刻は24時30分」
私は乗り越えた。
婚約破棄され続けて11回目。ようやく暴漢らの撃退に成功したのである。
「……ひとまずこのままってわけにもいきませんわね」
私はくたばっているクロノス様を肩に抱き上げ、学生寮へと向かうのだった――。
●○●○●
「ぜーッ、はーッ」
肩で息をしながらも、私はなんとかクロノス様の住む学生寮、クロノス様のお部屋へと彼を運び入れる事に成功した。道中で誰とも遭遇しなかったのは不幸中の幸いだ。
ちなみに鍵はクロノス様のポケットを探したらすぐに見つかった。
「そ、それにしても……はあはあッ。く、クロノス様が……こんなにお弱いなんて……想定外でしたわ……っく、重い」
いまだ目を覚さないクロノスさまをなんとか彼の部屋のベッドへと放り投げ、私は彼の部屋で腰を下ろす。
「はーはー……。と、殿方の部屋に入るのにこんなにロマンチックじゃなさすぎる展開だなんて……溜め息しかでませんわね」
実家のお屋敷から通学していた私は魔法学院の学生寮に入るのは初めてだ。
それにまさか憧れていたクロノス様のお部屋に入るだなんて。部屋の中は想像以上にこざっぱりとしていたけれど、やはり男性の部屋というものは緊張する。
そういえば、と私はひとつ思い出した事がある。
それは魔法学院の事だ。
両親に勘当されリセット家から追放された私は、おそらくこの魔法学院からも強制的に退学にさせられてしまうだろう。となると、今のうちに教室に置いてある私物を取りに行ってしまった方が無難か。
お気に入りのポーチとか、勝手に捨てられてしまっては嫌ですし。
しかし冷静になった今、何度考えても不思議だ。
エルヴィン殿下のあの記憶はいったいなんなのだろう。私は本当にあの青い髪の男の事など知らない。けれどあの映像に映し出されている女性はどう見ても私だ。
エルヴィン殿下はどこかであの場面を見ている、という事になる。
「……誰かが私を陥れようとしているとしか考えられませんわね」
と言っても妹のイリーシャでほぼ間違いないだろう。
彼女は私が婚約破棄された後、エルヴィン殿下との密会で自分たちの関係を漏らしている。元からエルヴィン殿下の事を狙っていてこの私が邪魔だった、と考えるのが妥当か。
そんな風に考えていた時。
「う……ん、ここ、は……?」
クロノス様が目を覚ました。
「まあ、お目覚めになられたのですね、クロノス様」
「ア、アメリア……っは! 大丈夫か!? 身体はなんともないのか!? 暴漢どもは……!?」
「落ち着いてください、私は何もされていませんわ。それに暴漢たちはクロノス様のお力(国の力)で見事に撃退されましたわ」
「少し待ってくれ」
「クロノス様?」
彼はそう言うと、少しの間自身の右手で右目を覆い、淡い蒼白色の光を眼光に宿させて、その瞳でジッと私を見据えた。
「良かった……多少脈拍は高いようだが、本当に外傷はないようだ……」
「クロノス様、今のは……?」
「あ、いや……気にしないでくれ。大事にならなくて本当に良かった」
「ええ、本当に……」
本当に良かった。
おかげでクロノス様もこれ以上酷い目に遭わずに済みましたし。あのままだったら下手をしたら暴漢どもにクロノス様が殺されていてもおかしくはなかったもの。
とは言え、エルヴィン殿下の名を借りてあの窮地を脱したのは些か複雑な気分ですけれど。
「本当によかった。キミに何事もなくて」
「え?」
「キミに何かあったら私はどう責任を取れば良いか……」
「ク、クロノス様……」
「アメリア……」
ジッと私の目を見つめてくるクロノス様。
私も彼の瞳を見つめ返す。
なんだかとても良い雰囲気に……。
「っぷ」
「……? どうしたんだいアメリア?」
ならず、私は思わず彼に背を向けて込み上げる笑いを堪えた。
「な、なんでもありませんわ」
実際はなんでもあった。
クロノス様は暴漢たちにそれなりに手酷くやられていたので、切り傷やら青たんやらが顔中にできてしまっていたのだが一番最悪だったのが、
「まさかアメリア、どこか痛むのかい……?」
不安そうなクロノスさまの声を聞き、少しだけチラっと彼を見る。
私の目を見ると彼がニコッと優しく笑った。
「ぶはぁッ!!」
「ア、アメリアッ!?」
アカンですわ。
クロノス様、前歯が……前歯が一本欠けてしまっているんですのーーーッ!
端正な顔立ちでせっかくのイケメンが、それによって台無しに……。
「だ、大丈夫か!? 本当はどこかに怪我でも……」
「……ッ……ッ」
私はかろうじて吹き出しそうになる笑いを堪え、顔を横に振った。
そして今は彼を見続けたら笑いが爆発してしまいそうなので、私は思わず顔をうつ伏せる。
「アメリア……そうか、やはりかなりショックだったんだね……」
はい。あなたのお顔にある意味衝撃を受けております。
「でもキミの身体に傷がないようで何よりだよ。奴ら、暴力的にキミを掴んでいたからね。その綺麗な顔に傷でもつけられなくて良かった」
むしろあなたのお顔が大変な事になってしまっております。
「それにしても……アメリア、聞かせてくれないか? 本当の事情を。そして、その……私の事を好きだと言ってくれたその真意も含めて」
彼は真面目な表情で私にそう問いかけた。
それに釣られてつい彼の顔を見てしまった。
「やっと見てくれたね」
ニコっとクロノス様は素敵で歯抜けな笑顔を私に向けた。
クロノス様。それは反則です。
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