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3 どうせ結婚するのならイケメンに限る

「えーと……アメリアお嬢様?」


 困惑した表情で私の名を呼ぶのはリセット家に仕える侍女の一人、ビアンカ・テイラー。

 彼女が怪訝な顔をするのも当たり前だ。私はいち早く宮殿の舞踏会場から抜け出し、我がリセットのお屋敷に戻ってきては、大きなバッグに私物を詰め込んでいるのだから。


「ふう、こんなものね。ビアンカ、今までお世話になったわ」

「お嬢様、どうなされたのですか?」


 なるほど。この様子から察するに彼女は、私についての事情は知らされていなさそうだ。


「私はこの家を出ます」

「な、ど、どうされたのですか!?」

「どうせお父様とお母様に勘当されるからよ」

「マルクス様とナタリー様がアメリア様を!? 一体どういう事なのですか!?」

「さあ。私がいては困るから、ではなくて?」

「アメリア様はエルヴィン殿下とご結婚を控えておいでです。アメリア様がいなくなられる方がお困りになると思いますが……」

「お生憎様、私は婚約破棄されたわ。代わりにイリーシャが殿下と婚約なさるそうよ。だからリセット家は今後も安泰だからビアンカは安心しなさいな」

「え!? 婚約は……ぇえ!?」


 ここまで話してもオロオロと慌てふためいているだけなので、どうやら彼女は本当に何も知らないらしい。


「そんなわけで私は出て行きますから」

「ちょ、ちょっと待ってくださいアメリアお嬢様! とりあえずこの紅茶でも飲んで落ち着いてください!」


 と、私が帰宅した際に彼女が注いでくれた紅茶のティーカップを差し出された。

 私が普通ではないと感じた彼女なりの気遣いだろう。

 けれど、悠長に茶をすすっている場合ではないのだ。もはや父と母の母も見たくないので、鉢合わせる前に出て行きたいのだから。


「ありがとうビアンカ」


 なので、私はその紅茶をぐいっとひと飲みで飲み干す。


「ア、アメリア様。紅茶はですね、もっとお行儀良く、ティーカップは丁寧に扱い、模様がある方を……」


 こんな時まで礼儀作法を唱えだすのはさすがであったが、今は本当に時間がない。

 さっさと支度をして――。


 そう思った瞬間。


「……え」


 私の視界がぐらり、と揺らぐ。


「あえ……なにこえ……」


 呂律も回らなくなり始めた。

 立っていることもままならなくなり、私はその場に倒れ込む。


「アメリアお嬢様!? どうなさいました!? アメリアお嬢様ッ!? 誰か……誰かァァーーッ!!」


 慌てふためくビアンカの声。けれど声を返す事ができない。

 いけない、これは普通じゃない。

 私がそう思った瞬間。

 目の前にまた、あの赤いボタンが現れたのである。


(これは……まずい……ですわ)


 私は痺れる手をかろうじて伸ばし、意識が途絶える寸前で巻き戻しのボタンに触れた――。







「ちょ、ちょっと待ってくださいアメリアお嬢様! とりあえずこの紅茶でも飲んで落ち着いてください!」


 ハっと気がつくと、目の前には慌てふためくビアンカが私に紅茶を差し出している。


(も、戻った……)


 私は安堵したが、同時に理解する。

 あの紅茶が危険である事を。

 しかしおそらくビアンカが犯人ではないだろう。私が倒れた瞬間、彼女の狼狽っぷりをよく覚えているからだ。


「……ビアンカ。その紅茶の茶葉はまさかとは思うけどいつもと違う物、かしら?」

「え? ええ、その通りです。昨晩、イリーシャ様から特別な産地で取れた希少な茶葉で少量しかないのでぜひアメリア様に、と申し渡されました」


 確定的だった。

 毒を盛ったのはイリーシャだ。

 恐ろしい事に彼女は私を毒殺するつもりでもあったらしい。


「ビアンカ、あなた薬学知識もありますわよね?」

「え? まあ……当然最低限の事くらいは」

「その茶葉の成分を調べて。それは毒よ。だから私は飲まないし、あなたも飲んじゃ駄目よ」

「え、ええ!? ど、毒!?」


 そう言って私は紅茶をティーカップごと投げ捨てた。


「そ、そんな……それじゃまるでイリーシャ様がアメリア様を毒殺しようとしたみたいでは……」

「そのまさか、です。だからこそ、私は出ていくんですわ」


 ビアンカも突然の出来事に頭の整理が追いついていなさそうだが、この様子だと彼女は本当にイリーシャとの繋がりはなさそうだ。

 という事なら彼女になら色々と協力してもらえるかも?

 私は妙案が浮かぶ。


「……ねえビアンカ。あなたは私がどんな男とも交際するような売女に見えるかしら?」


「は!? と、とんでもございません! アメリア様ほど純情な淑女はそうそういないかと。そもそもアメリア様にはそんな時間なんて無かったと思うのですが……」


 そう、彼女がそれを一番よく知っている。

 彼女はメイド兼、私専属の家庭教師(ガヴァネス)。まだ三十路手前だというのにその秀才っぷりを買われ、我が家に雇われた。読み書き算盤、将来の王妃としての教養、それら全てを私は彼女から付きっきりで教えてもらっていた。


 私は父や母に厳しく言われ、国王妃として相応しい人間になるべく日々勉強三昧であった。

 無論、この国の義務教育でもある魔法学院での魔法学科にもきちんと欠かさず出席している。

 礼儀作法を学び、勉学に励み、魔法学にも励む。(かたわら)でエルヴィン殿下に恥をかかさぬようにと社交パーティでの最重要作法とも言えるダンスも頑張った。

 運動は好きだが要領やリズム感が悪いので単調なロンドですらロクに相手と合わせられない私は、いつまで経っても中々ダンスが上達しなかった。


 ……そんなわけでどこをどう考えても私が浮気をしている暇など無いのである。

 それをこのビアンカが一番よく知っている。


「でも私は売女らしいわ。それで殿下から婚約破棄されたの」

「は!? どどど、どういう事ですか!?」

「そんなの知らないわ。私が聞きたいくらい」


 ビアンカはますますその表情を困惑させていく。


「それでね、ビアンカ。ちょっとあなたに頼みたい事があるんだけれど……」




        ●○●○●




 私はリセットのお屋敷を出た。幸い父と母には鉢合わせずに屋敷から出る事は叶った。

 ついでにひとつ種も蒔いておけたし、上々だ。


「……それにしても」


 まさかイリーシャが私を殺すつもりまであっただなんて、と今頃恐怖心が沸き起こる。

 本来であれば私は勘当され、家には戻れなかったはずなので、毒を飲む事はなかった。それが今回初めて先に家に戻った事で起きた新たな死へのルート。

 でもこれでわかった。

 あの不可思議なボタンは私が死にたいと思うのではなく、死の可能性が起こりうる直前に必ず現れてくれるのだ、と。


 そしてそれだけじゃない。腹違いの妹のイリーシャにとって、本当に私は邪魔者であるという事。

 その危機から脱し緊張の糸が切れた今、少しだけ身体を震わせている。

 でも。


「なんとしてもまずは今晩を乗り切らないと……」


 まだ心折れてはいけない。

 次はいつも訪れる最悪の今夜を回避しなければならない。その前にやるべき事をやるのだ。

 その為に行くべき場所も決めている。


「クロノス様の学生寮はあっちね」


 私の次に向かう目的地。それは私が通う魔法学院のエリートにして辺境伯の令息でもあるクロノス・エヴァンズ様が住み込んでいる学生寮だ。

 学院でも人気の高い彼を私の次の婚約者とする為に。

 それは何故かって? そんなの決まってる。彼は家柄も資産も才能も優れていて、更には超イケメン。私は昔から彼に恋心を抱いていたが、臆病だった私にはそれを表に出せずにいた。

 しかし今の私は色々とふっきれている。

 だから、結婚するならイケメンの方が良いに決まってると行動に移したのである。


 私は彼の住む学生寮の近くで彼を待ち伏せる。

 時刻は22時頃。


 10回もの巻き戻しでよく理解している。私は必ず24時を越える少し前に暴漢どもに襲われ、そこで死んだ方がマシだ、と願うと時を巻き戻すボタンが出現する。

 そしてそれは私がどこに隠れていようと、()()()()()と必ず起きてしまうイベントなのだ。

 これを回避する方法として私はクロノス様を利用する。


「ッ! 来ましたわ」


 案の定クロノス様が舞踏会場から帰宅する姿が見えた。魔法学院の学生寮は、舞踏会やパーティがある時などは23時が門限である為、優等生である彼なら必ずそれまでに戻ってくると思っていた。

 ひとつだけ懸念していた暴漢どもに襲われる時間。それだけは今日という日の24時前までの、いつどのように起こるのかだけはわからなかったので、先に彼を見つけられた事は幸いであった。


「クロノス様、ご機嫌よう」

「え!? キ、キミはアメリア!?」

「はい、そうですわ。売女と名高い悪女です」


 皮肉を込めて強気に言った。彼は私の言葉に何も返しては来ない。


「クロノス様、あなたさまも本当に私があのような不埒な行為に及んでいたとお思いですか?」

「いや、私は……」


 言い淀むクロノス様だったが、その態度が答えのようなものである。


「信じては……もらえませんわよね」


 私はそう言って大粒の涙を流す。


「でもこれだけは信じてほしいのです。私はずっと……クロノス様の事を一番にお慕い申し上げておりました。王太子殿下に見初められてしまい、父と母の期待を裏切るわけにいかず仕方なく彼との婚約を受けていましたが、あんな事になってしまって……おまけに私はリセット家からも勘当されてしまいました。私の寄る辺はもうクロノス様しかいないのです」

「え、え!?」


 突然の告白に困惑しているクロノス様へ更なる追い討ち。私は彼の胸元に飛び込む。


「……す、好きですクロノスさま」

「う……ア、アメリア……」


 そしてわざとらしく胸を押し付ける。

 ふふふ、効果は抜群ね。だって、わかりやすいくらいにクロノス様ったらお顔を赤くして狼狽されていますもの。でもさすがに正面切って彼へ、どストレートに告白したのは実際のところ結構恥ずかしい。


 しかし私のこの行動は何も無計画で実施しているわけではない。

 10回もの巻き戻しの中で、エルヴィン殿下に婚約破棄された後、その後の行動パターンによって様々な出来事に変化が起きる事を学んでいる。

 その中でクロノス様が実は私の事を気に掛けていた、という情報を舞踏会場にいた他の魔法学院の生徒から聞き及んでいるのだ。


 つまり、落とせると踏んでいる!


「アメリア、気持ちは嬉しいよ。でも私は……」


 予想通り。

 生真面目な彼の事だ。殿下の記憶具現化魔法(リアライゼーション)を見せられた後に、売女呼ばわりされたこの私がこんな風に迫れば気後れする事など百も承知。


 だからこそ、ここで引く。

 あえて引くッ!


「……はい、わかっておりますわ。私のような、男なら誰にでもホイホイついていくような女など、クロノス様にはご迷惑ですものね。でも、本当にあの映像は私ではないのです」

「アメリア……確かにあの映像が本当にアメリアなのかは信じたくはない。だが殿下の魔法は、魔法学を学んでいる者なら皆あの信憑性についてよく理解している。ゆえに、私には何を信じれば良いのか……」

「良いのです、信じてくださらなくても。ただ私の口からあなたさまにだけは真実をお伝えしたかった、ただそれだけなのですからッ! ゔうッ!」


 語尾を涙声にし、私はバッと彼から離れ背を向けて走り出す。


「アメリアッ!?」



 ふふ、さあ、おいでなさい仔猫ちゃん――。




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