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27 ありし日の恋

「ははは、いつ聞いてもキミの話は面白いな」


 そんな風に朗らかに笑う男の人の声がする。


「ごめんなさい。私ったら、ヴァル様の前だと、なんだかついついお喋りが過ぎてしまいますわ」


 そんな風に恥ずかしそうに頬を赤く染める淑女の姿が見える。

 今、私の眼前に広がっているのは私が住む王都の街並み。

 ただし、その造りは今の流行りではなく、デザインや家の造形、ファッションについても随分古臭いものであると雰囲気から伝わる。

 そしてすぐ近くには先程の男女が仲良く語らいあっている。


 そうか、私は巻き戻したのね。と、直感ですぐにわかった。

 でもこれは……。

 私が自分の手足を確認すると、実に色褪せていた。正確には避けている、というのが正しいか。


「これじゃ私、お化けみたいね」

「……? 何か仰いましたか、ヴァル様?」

「いや……でも確かに何か聞こえたね?」


 二人はキョロキョロと辺りを見渡す。思わず私は両手で口をつぐんだ。

 なるほど、私の姿形は見えていないけれど、声だけは届くのね。そう理解する。


『アメリア、聞こえるな』


 私の頭にボタンの力をくれた例の男の声が響く。


『ここは約80年ほど昔の王都だ。今回、お前はその精神だけを巻き戻させてもらった。そもそもお前の肉体はこの時代には存在しておらぬからな』

「そうなのね。ところで私の声だけが周りには届いてしまうのだけれど」


 小声で私は呟く。


『ここはお前が存在する事はできない遥か昔。本来ならばそんな事はあり得ない、のだが……アメリアという精神体は今ここに確かに存在している。魔力や波長の近しい存在にはその思いが伝わる可能性も皆無ではないのかもな』


 と、声は言った。

 声の主はそれを理解したうえで私をこの時代まで巻き戻し、そして真実を見せようとしているのだ。だからこそ私の「イリーシャを救えるのか?」という問いに対し、否定はしなかったのだろう。


「ねぇ、ヴァル様。その……今日私に伝えたかった、という重要なお話ってなんですの?」


 私の目の前にいるひとりの令嬢が、男へと尋ねる。

 ひと目見た時から私はなんとなく理解していた。その令嬢が私の曾祖母であるナターシャである事を。

 何故なら私が今日、殿下の断罪式にて着用していた真紅のフレアスカートのドレスを着用し、私に瓜二つの姿形をしているからであった。


「うむ。ナターシャ、私はやはりキミと婚約しようと思う」


 ヴァルと呼ばれていた男は神妙な面持ちでナターシャに向けてそう言った。


「……本当にそれでよろしいのですか?」

「ああ。私がキミの事を愛しているのは事実だ」

「私はとても嬉しいですわ。でも……」

「キミの言いたい事はわかっている。だが、やはり自分の心には嘘はつけない」

「そう、ですわね。私も同じです。だから――」


 ナターシャと呼ばれた子女はそこまで言うと白昼堂々、突然、男へと口付けを交わした。


「だからこれで、もう私はあなたのものです」


 ナターシャはまるで勝ち誇るかのように言った。

 会話の端から聞き取った内容から察するに、この男がヴァレンシュタインであり、彼は今ナターシャとの婚約を進めようとしているようだ。


「イリーシャとの婚約は正式に破棄する。それが彼女の為だ」

「……イリーシャは大丈夫、でしょうか」

「いつかわかってもらえれば良い。わからずとも、それはそれで仕方がない事だ」


 そんな会話のやりとりが聞こえてくる。

 やはりこれはヴァルという男とナターシャの密会現場であり、その内容からしてもこれからイリーシャとの婚約を破棄する為の段取りなのだろう。

 そう考えると私はこのヴァルという男に対し、怒りの念を覚えた。この男の身勝手な行動のせいでイリーシャは悲しみに暮れてしまったのだから。


 その時だった。

 私は微かな怖気を感じ、背後を振り向く。

 その気配の先には物陰の隙間からこちらをジッと見据える瞳が窺えた。

 私はすぐにそれがイリーシャだと理解した。

 そう、私の浮気現場として記憶具現化魔法(リアライゼーション)で映像化した場面はまさにこれだったのである。

 私はイリーシャの方へと近づき、彼女の様子を窺った。

 その風貌は私の妹であろうとしたイリーシャとほぼ変わらない。違いは服装くらいなものだった。


「ヴァル様……まさか、本当に私以外の女と……ッ」


 イリーシャは涙を浮かべながら、悔しそうな表情で彼らの様子を凝視している。

 こんな現場を見てしまったのなら、彼女が怒り狂うのもよくわかる。そしてこの先で彼に婚約破棄されてしまえば、ナターシャを恨むその気持ちも……。

 イリーシャはしばらく二人の様子を見た後、涙を拭いながらどこかへと走り去って行ってしまった。

 私は精神体の身で途中までイリーシャの事を走って追いかけたのだが、彼女を見失ってしまったので、再びヴァルとナターシャのもとへと戻った。


「――という事でよろしく頼む、愛するナターシャ」

「ええ。ヴァル様がそれでよろしいのなら、私はどこまでも付いてゆきます」


 だが、イリーシャに気を取られているうちに、二人の会話は終わってしまっていたようだ。


『アメリア。この後の顛末はイリーシャから聞き及んだ通りとなる。この男はイリーシャとの婚約を破棄し、その後ナターシャとの婚約を発表。そして二人は結ばれ、イリーシャは狂気の末に投獄、釈放後も国から追放される』


 それはわかっている。

 でもいったい何をどうすればいいの……!?


『少し、巻き戻そうか』


 私が悩み困惑していると、頭の声が私にそう囁く。


「そんな事ができるの?」

『精神体だけのキミなら、すでに過ぎ去った過去の中の時間を多少巻き戻すくらいは難しくはない。とは言っても戻せるポイントは限られてしまうだろうがな』

「そうなのね」

『アメリア、キミが先程聞き逃した彼らの会話から耳を離すな』


 声がそう言うと、私の目の前に赤いボタンが現れた。

 私は頷きながら、そのボタンを押した。




        ●○●○●




「イリーシャとの婚約は正式に破棄する。それが彼女の為だ」

「……イリーシャは大丈夫、でしょうか」

「いつかわかってもらえれば良い。わからずとも、それはそれで仕方がない事だ」


 気づけば一瞬で先程のヴァルとナターシャの会話のシーンになっている。どうやら巻き戻しは精神体の場合、実にスムーズに戻されるようだ。

 声の言う通り、この後の会話に私は注視する事にした。


「ヴァル様……」

「ゴホッ、ゴホッ!」

「ヴァル様ッ!?」

「……っぐ、んん。あ、案ずるな。す、少しだけ息が詰まっただけだ」

「でも血が……」

「なに、大した量ではない。私の命の灯火が尽きるまでまだ幾分かの猶予はある。そう、キミとの愛を育む程度の時間なら、ね」


 ヴァルは優しく微笑み、反してナターシャは酷く辛そうな表情をしている。


「そう辛そうな顔をするなナターシャ。だがある意味キミには辛い思いをさせてしまうのは事実ではあるが」

「いえ、いいのです。これが彼女の……イリーシャの為になるのなら」

「……彼女にはきっと、耐えられぬ」

「ヴァル様は本当に心の底からイリーシャの事を愛しておられるのですね」

「恥ずかしながらナターシャ、キミの言う通りだ。だからこそ彼女には長く生きて欲しい。しかしその為にキミを犠牲にしてしまう事……本当に良いのか?」

「いいのです。私はヴァル様もイリーシャも、そのどちらもが私にとって、私の命よりも大切なのですから」

「イリーシャがまさかキミの()()()()()()()()だったとはな……」

「ええ。アレはまだ私が5歳頃の事です。私()()が北の山道にて両親とはぐれ、道に迷ってしまった時。私とまだ3歳になったばかりでようやく歩き方を覚え始めたイリーシャは、不運にも凶暴な大型魔獣と出くわしてしまいました。私は妹を庇いながら必死に逃げ回った結果、渓谷へと滑落……。その崖下の川に流された私とイリーシャは離ればなれになり、私が次に目覚めた時は、見知らぬお屋敷のベッドの上でした」

「あの渓谷の川は本当に流れが早い。命が助かっただけでも本当に奇跡だ。だが、しかし」

「ええ。イリーシャとは離ればなれになり、更には私のお父様とお母様も……」

「キミたちを探そうとして魔獣に襲われ命を落としてしまった、と。なんともやりきれない悲劇だ」

「私は目覚めてからイリーシャを探しまわった。けれど、彼女の生死はわからぬまま何年も過ぎ去りました。私にはずっと後悔の念が付き纏いました。何故イリーシャを守れなかったのか、見つけ出せなかったのか、と」

「キミが私のもとに尋ねてきた理由がそれだったな」

「はい。誇り高き王家の血を引き、高名な魔術師と名高いヴァル様……ヴァレンシュタイン・グラン・()()()()様ならば、きっと良い知恵を授けてくださると信じておりました」



 そうしてヴァルとナターシャの会話からは、次々と信じ難い事実が語られていったのである。




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