25 真の断罪劇
「では希望通りやってやろう。……ふむ、その辺りが良いか。私の記憶具現化魔法、とくと見よッ」
通算、五度目の巻き戻し。
私は無事イリーシャに操られた騎士様に殺されかけて戻れたみたいね。
でもこれでようやく全てを理解、解明できた。
殿下のものと思われた記憶具現化魔法は、そもそもイリーシャの記憶であり、彼女の魔法だった事。
その映像は随分昔、リスター王家の戴冠式の記憶映像であった事。
そこに映し出されていたのは私の曾祖母であるナターシャひいお婆様とヴァル、という男でありその男がかつてのイリーシャの婚約者である事。
そしてその復讐の矛先を私に向けているのだという事を。
「イリーシャ……」
殿下の断罪劇はまだ序盤。
私はすでにイリーシャを視界に捉えている。
まだ今なら彼女はいなくならない。殿下が発現させていると思わせている記憶具現化魔法が発動しているこの間は。
この間になんとしても私がやるべき事。それは前回と変わらない。まずはイリーシャを捕まえる事。
私はイリーシャのもとへと歩み寄り、腕を掴む。
「な、なんですの、あなたは!?」
「また無事に会えたわねイリーシャ」
私は冷静に彼女の腕を掴んだまま、そう言った。
「ま、まさかその声……」
「ええ、私よ」
「お姉様……ッ」
私が仮面を投げ捨てると、ギリっと憎々しげに彼女は私を見た。
「みんな、聞いて! 私はアメリア! アメリア・フィル・リセット! エルヴィン殿下に不当な婚約破棄をされただけではなく、事実無根の不貞行為の汚名を着せられた者よ! そしてその全てはここにいるイリーシャ、そう、私の腹違いの妹の『フリ』をした魔女が企てた隠謀よッ! 今映し出されているその記憶具現化魔法は全て、このイリーシャの記憶なの!」
会場内が大きくざわつく。
それと同時にビアンカやクロノス様も私のもとへと駆け寄った。
「アメリア、これはいったい!?」
「アメリアお嬢様! イリーシャ様がその魔法を扱っていると言うのは本当ですか!?」
大勢の目が私とイリーシャに向けられた。
「……エルヴィン、それにイリーシャよ。どう言う事か詳しく聞かせてもらおう」
私たちの騒ぎを見たエルヴィン殿下のお父上である国王陛下が、厳かにそう言った。
こうなった時、相変わらずエルヴィン殿下は慌てふためきながらイリーシャに助けを求めるような視線を送っている。
肝心のイリーシャといえば。
「……わかりました陛下。私が全てをお話しします」
イリーシャはそう言いながらエルヴィン殿下に何も喋るな、とジェスチャーで伝えていた。
「ただその前に……」
イリーシャが何かを言いかけた時。
「イリーシャ」
私が言葉を遮る。
「あなたはこう言うわ。私たちの罪を認めるけれど、その為にはエルヴィン殿下の部屋にある日記が必要だ、と」
「なッ……ん……!?」
初めて。
イリーシャと出会ってから数年間で初めて、彼女が私に対して心底驚きを隠せない表情を私に見せた。
「イリーシャ、もう終わりにしましょう。あなたの復讐を成し遂げたい気持ち、過去、ナターシャにヴァル様という方を取られてしまって悔しい気持ち、わからなくもないわ」
私の言葉に、ついにイリーシャはぶるぶると身体を震わせて、その場でへなへなと尻もちをつくように床へと倒れ込む。
「おね……え、さ……な、な、なんで、そん、な……事まで……ッ!?」
彼女は長年生きた魔女とも言える存在だ。多彩で豊富な知恵や知識、そして類い稀なる魔法の数々がある。
断罪が進めば他者を魅了し私の殺害を目論み、それが上手く行かなそうであれば日記のでまかせなどで言葉巧みにこの場を凌ごうとする。イリーシャは冷静であればあるほど頭の回転が早く、次の手を打ってくるのだ。
彼女をねじ伏せ、ぐうの音も言わせないようにする方法。それは彼女よりも私の方が絶対的に優位であると思わせる事。
それしかないと私は考えた。
「皆様、見ていたと思いますけれど、先程殿下が使っていたように見せていた記憶具現化魔法はこのイリーシャの魔法であり、あれはイリーシャの記憶だったのです。イリーシャが見た、私にそっくりな人の記憶だったのです」
会場は更にざわめきを増す。
クロノス様やビアンカ、陛下やカイロス様も同様に私の言葉を理解できないと言った顔をしている。
でも、彼らへの説明は後回しだ。
「イリーシャ。あなたもたくさん辛い思いをしてきたのは十分に、とは言わないけれど私でも多少は理解しているつもりよ。でも、だからと言ってあなたの歪んだ想い、犯した罪をこのまま野放しにはできない。だから更なる罪を重ねる前に……人殺しなんて誤ちを犯す前に自首して欲しいの」
私はイリーシャの目を見て、そう言った。
イリーシャは私の事を、まるで得体の知れない化け物のように畏怖し怯えている。
「お、お、お姉様は……な、何を……。わ、わた、私、は……ち、ちがくて……復讐とか……」
あまりに図星を突かれすぎた上に、全てを見透かすかのような私の言葉に、矜持の塊のようなイリーシャの満ち溢れていた自信が崩されていくのがわかる。
「イ、イリーシャ。いったいどうしたんだ!? 早くいつものように上手い事説明をしてくれ! わ、私たちは何も悪くないと! やましい事など何ひとつないと! 早く!」
エルヴィン殿下が声を荒げる。
しかしそんな殿下の言葉に聞く耳など持っている暇もないのか、イリーシャは殿下ではなく陛下の方を見て、
「へ、陛下。私、そ、その、お、お手洗いに行かせてくださいませ。お腹が急にい、痛くて……き、気持ちが悪い……うぅ……」
冷静な判断ができなくなったのか、とにかくここから出ようと必死に陛下へと懇願し始めた。
「……では騎士二名を見張りに付けさせる。早々に済ませよ」
優しい陛下はやはり彼女の言う事を鵜呑みにしようとした。
しかし。
「陛下、いけません。彼女を人気のない場所に連れて行くのはなりません。何故なら彼女は人が少ない場所に行けば、得意の魅了魔法にて騎士様を洗脳してしまうからです」
「な、なんだと!?」
「陛下、申し訳ございませんが、全ての断罪が終わるまではイリーシャをこの会場から出してはいけません」
私は冷酷な瞳でイリーシャを見下ろし、そう言い放つ。
イリーシャには一片の隙も猶予も与えてはいけない。
彼女の顔が歪んでいくのがわかる。
「お、お姉様ぁーッ! そんなのはあんまりですわ! 私にはそんなお慈悲すら与えてもらえないんですの!?」
泣き叫ぶイリーシャに対して、私は凛とした表情を崩す事なく陛下の方を見据えた。
「陛下。それならひとつだけ提案が。彼女の両腕に禁呪の手錠をお掛けください。それなら彼女が人々を惑わす魅了魔法を使われる事もないでしょうから。それを掛けられていても良いのならイリーシャ、お手洗いにみんなで行きましょう?」
私の言葉にしばらく口をぱくぱくとさせていたイリーシャだったが、
「……もう、いいですわ」
ついには力なくうなだれて、小さな声でそう言った。
「イリーシャ、ごめんなさい。私はあなたの目的も、あなたの正体も、あなたが成し遂げたかった事も、そしてあなたが使う魔法の事も全て知っているの」
「そのよう……ですわね……」
「だから、もう無駄な抵抗はやめて。全てを白日のもとに晒し、そしてあなたは罪を認め罰を受けるの。それが報いというものよ、イリーシャ」
「……っぐうぅぅぅぅぅ」
イリーシャは涙を流したまま、悔しそうに歯軋りをしている。
「アメリア、いったいどういう事なんだ? 私たちには何が何だかさっぱり……」
「アメリアお嬢様、イリーシャ様との間にいったい何が……」
困惑した表情で近づいてくるクロノス様やビアンカに対し、私は、
「安心して。私がこれから全てをお話し致します」
そう言い、ここまで巻き戻して知り得たその全ての情報を、私はゆっくりと語り始め、真の断罪劇が始まっていったのだった――。
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