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21 疑心暗鬼の果て

「では希望通りやってやろう。……ふむ、その辺りが良いか。私の記憶具現化魔法(リアライゼーション)、とくと見よッ」


 ッは!?


 意識が戻る。

 どうやら無事巻き戻しに成功したようだ、と私はホッと胸を撫で下ろす。


「満足か?」


 エルヴィン殿下がちょうど記憶具現化魔法(リアライゼーション)を発動させた場面だ。


「殿下、失礼ながらこの部分を少しだけ大きく移すように調整できますか?」


 さきほどと同じくクロノス様がカフェテリアの窓ガラス部の拡大を依頼しているところだ。

 ここまでは別に問題はない。

 私のあの巻き戻しボタンはおそらくだが、私にとって何か意味のある運命の分岐点付近に戻るような感じだ。

 つまりはこの先の展開に何か問題があるのだ。

 今はまだ私は正体を明かしていない。クロノス様からバトンを渡されるその時までに、何か対応策を考えなければ。


 私はそこまで考えた時、ドクン、と心臓の鼓動がひと段階跳ね上がった。

 クロノス・エヴァンズ様。

 今は両想い、と思われる私の信頼するパートナー。

 そうだ。

 私がこの巻き戻しをした原因は……。


 思い返して身体が震える。

 王宮の最上階、バルコニーでの出来事。

 彼に突き落とされ、殺されかけたという事実。

 あの時、クロノス様は私を突き落としながら嘲笑うように私を見下ろしていた。


 まさか、全ての真犯人はクロノス様、なの?


「――殿下。この日を忘れたというなら、あなたはとんでもない愚か者ですよ。あなたの人生にとって一番の記念日であるはずなのですから」


 疑心暗鬼に囚われた私を他所に、エルヴィン殿下とクロノス様のやりとりは寸分違わず同じように進行していく。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう!


 私はいったい何を、誰を、何を信じれば良いの?

 ここに来て、想像以上の展開に冷静さを失っていく。

 けれどこのままでは私はあそこで確実にまた巻き戻すハメに……。

 いったい何が原因だったのだろう。今はまだクロノス様が殿下の嘘を暴いている最中。

 今のうちに考え抜くのよ!


 前回の何がおかしかったのか。

 ……やはり気になるのは殿下の急な逃げ方。それは何かを知っているけれど答えられない、答えたく無いから? それとも私は何かを失敗した? 重要な見落としがある?

 探せ、探せ、探せ!

 私は周囲を見渡す。


 幸いまだ私は仮面を外していない。

 今ならある程度この会場内を歩き回れる。クロノス様がエルヴィン殿下とやりとりをしている今なら。

 でも私はいったい何を探せば良いの? 私を突き落としたのはクロノス様だ。クロノス様を疑う為の何かを探す?

 そんな馬鹿な。ここに来て今更クロノス様を疑う何かを探すなんて、間に合うはずもない。私の巻き戻しボタンは今、この場面までしか戻されていない。つまりは()()()()()()()()()と私の()()が言っている。

 私は薄々勘づいている。巻き戻しボタン、アレこそがきっと私が習得した魔法なのだ、と。

 前例も聞いた事はないし、名前もわからないから私は勝手に『巻き戻しボタン』などと呼んでいるけれども。


 なんて、そんな事はどうでもいいわ。時間がない。

 いえ、ある意味時間はある。何度でもここに戻ればいいのだけれど……。


 私の巻き戻しボタンにどういう制限やルールがあるかはわからない。けれど、10回もの殿下からの婚約破棄のシーンをやり直した結果、最近気づいたのだ。この巻き戻しボタンは私に何かを教えてくれているという事が。

 初めての巻き戻しの時。私は何度でも殿下からの婚約破棄を取り消す為に挑戦し続けた。だが、それはことごとく失敗し、そして必ずあの場面に戻されていた。つまり、決定的な何かを実行し成功させるまではそのターニングポイントまで必ず私は戻されるのである。


「――殿下は今、確実に自分が嘘をついた、と仰ったのですよ」

「な、なな、なんだと!?」


 気づけばエルヴィン殿下とクロノス様の問答は最終局面にまで進行している。

 結局は私はここで何かの異常に気付くことはできなかった……。




        ●○●○●




 ――そして殿下への断罪が進み、前回と同じようにまた彼は自室へと逃げ帰り、引き籠る。

 そこまでに私は些細な行動の変化を試みたが大きな変化は得られなかった。


「少しは落ち着いたか、アメリア」


 王宮の最上階のバルコニーにて。

 私は結局なんの成果もなくこの場面にまで再びやってきてしまっていた。


「……ええ」


 内心では真逆だ。落ち着いてなどいられない。何故ならもうすぐ私はここで殺されかけるのだから。


「……」


 私が考え込んで押し黙っていると、


「なるほど。逆、か」


 クロノス様がそう呟いた。


「逆、ですか?」

「うむ。何故だかキミは今、どんどんと緊張を高めているな。脈拍の数値が通常の1.5倍にまで跳ね上がっている」


 その通りだ。私は今、ギリギリまで次の殺される瞬間をどうすれば良いのか考えあぐねているのだから。

 って、なんでクロノス様はそれを見抜いたの? まさかやっぱりクロノス様が私を殺す準備をしているから……!?


分析(アナライズ)、という魔法でキミを見てみたんだ。キミの様子がおかしかったからね。私のこの魔法は対象の生物が今現在どんな状態であるかを簡易的に教えてくれる魔法なんだ。もっともこんな魔法、私のやりたい仕事には不向きなんだがね」


 と、彼ははにかみながら小さく笑う。


「理由はどうあれ今日は色々な事があった。気持ちが落ち着かないのはよくわかる。そうだ、何か心の落ち着く飲み物でも持ってくるよ」


 そう言って彼は王宮内へと小走りで戻って行った。


 私の様子がおかしいからと、こんなにも気に掛けてくれるクロノス様が私を殺すなんて考えたくないし、考えられない。でもこの後、彼は戻ってくると私をここから突き落とすのだ。

 今できる事はバルコニーの縁から少しでも離れ、背後に警戒しとにかく気を許さない事だ。


 今はまだこの局面を回避する事はできなくても、少しでもここで得れる情報を増やしてから巻き戻るんだ。

 私はそう覚悟する。


 このバルコニーから王宮への出入り口は一か所しかない。そこを凝視していれば誰がこちらに向かってこようと気づかないはずはない。それが例えクロノス様であったとしても。

 不用意に背中さえ見せなければ。

 警戒を高める。


 大丈夫だ。私はやれる。誰かがここに来て、何かがあれば少しでも会話をして何かを得る。

 ドクン、ドクンと心臓の鼓動が高鳴る。

 さあ、来なさい。そしてその理由を問いただしてやる。


 ……。

 ……。

 ……。


 遅い。

 前回はジュースを取りに行ったクロノス様が、妙に早く戻ったと思いきやすかさず私をバルコニーから突き落としていた。けれど、今回は何も起きない。誰もここに来ない。

 王宮内への扉はガラス張りだが、中は薄暗い明りしかないので、こちらから中の様子は見えにくい。しかし誰かが出てくれば、それはすぐに気付ける。


 警戒は怠らない。

 と、しばらく身構えていたが、やはり誰も来ない。

 というかクロノス様の帰りが遅すぎる。ジュースを取りに行くだけでこんなに時間がかかるわけがない。もしかして私が警戒しているからクロノス様はここに来ないの? 内側から、私の様子を伺っている、とか。

 それならいっそ、こちらから出向いて……。

 私がそう思った時。


「ッ! 来た」


 ガラス張りの扉が開かれ、何者かがこちらに向かってくる。まだ少し遠くて姿はハッキリ確認できない。

 誰? クロノス様なの!?


「誰です! 私になんの用ですか!?」


 思い切って私は声を荒げた。


「え? い、嫌だな、私だよアメリア」


 さも何事もなさそうに言葉を返したのはやはりクロノス様。


「ほら、ジュースを持ってきたよ。これを飲んで少し落ち着こう」


 彼は両手にオレンジ色のジュースが入ったグラスを二つ持ってこちらに近づいてきている。怪しい素振りはない。


「クロノス様。いったいどうしてこんなに遅かったのですか?」


 私は少しあとずさりながら、警戒心を最大限に高める。


「いやあ、恥ずかしながら、一度ジュースを途中まで運んでいる最中に派手にずっこけて全部ぶちまけてしまってね。グラスも割ってしまったから片付けていたんだ、はっはっは」


 相変わらずのおっちょこちょいですわね。と、いつもなら軽く流す。

 だが、今は安易にそう思えない。逆に何かあるとしか考えられない。


「……ッ!」


 私は少しずつ後ずさっていたのだが、気づけばすでに背後はバルコニーの縁にまで追いやられていた。


「どうしたアメリア? なんで私から逃げるのだ?」


 彼はいまだに変化を見せない。どうする? どうする!?

 そう、私が焦燥感に包まれた時。


「……え?」


 私の目の前に赤いボタンが現れた。

 巻き戻しのボタンが。

 やはり私はクロノス様に殺されるのだ。でも何故!? 彼はそんな殺意など微塵も見せていない!


 そう思った直後。

 私の目の前に何か鋭利なものが飛び出してきた。


「「え?」」


 私とクロノス様が同時にその異常に気付くと、


「ぐ……は……ッ」


 顔を苦痛に歪めながらクロノス様が私の方へと倒れ込む。


「ク、クロノス様!? クロノス様ぁ!?」


 クロノス様の胸部から、騎士の剣の先端が飛び出ていた。真っ赤な血飛沫を私に浴びせながら。

 崩れ落ちるクロノス様の背後にいたのは――。



 私はそれを見た瞬間、すぐに巻き戻しのボタンを押した。





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