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2 11回目の婚約破棄

(これはなんなの……?)


 周囲をキョロキョロと見渡す。

 何度見返してみても、ここは数時間前に居た宮殿の舞踏会場。


「何を呆けている! 聞いているのかこの売女(ばいた)がッ!」


 先程とは少し違う言葉ではあったが、エルヴィン王太子殿下はやはりこの私のことを売女、と呼んだ。


「き、聞いております。えっと、その、な、何故私は婚約破棄されてしまうのですか?」

「ふん! 惚けるか悪女め。これを見よ!」


 そう言うと、エルヴィン殿下は先ほどと同じく、得意の記憶具現化魔法(リアライゼーション)によって私と知らない青い髪の男とのデート現場を映し出す。


「貴様がこのような女だとは思いもよらなかったが、正式に結婚してしまう前にこの事実がわかってひと安心したぞ! 貴様の様な尻軽女など婚約破棄されて当然であろうッ!」


 やはりだ。やはりこれは先ほど体験してきた内容だ。

 ようやく少しずつ頭の中が整理されてくる。

 どうやら私は……時を遡った、らしい。


 私も魔法学院には在籍しているし、ある程度常識範囲で魔法学については学んでいる。しかし、この世には様々な魔法が数あれど、時間を遡る魔法など聞いた事がない。


「おいッ! 返事をしろ、この痴れ者が!」

「いたッ!?」


 私が自分に起きた事を考え込んでいるうちに、自分の事を無視されたと勘違いしたエルヴィン殿下が乱暴に私の髪を掴み上げた。

 多少横暴で傲慢な方ではあったけれど、女性に手をあげるような事なんてしなかった殿下が、まさかこんな暴力を振るうなんていまだに信じられない。


「認めるかアメリア!? お前のしでかした大罪を!?」


 どうしよう。

 理由はよくわからないが私は今、たったの数時間だが刻を遡った。そして今また自分をどん底を陥れる出来事の渦中にいる。


「み、認めません! 私はこんな不埒な行為はしておりません!」

「なんだと、この悪女め……私の魔法が嘘偽りだとでも言いたいのか!?」


 けれど、この展開はダメだ……。

 殿下の魔法は誰もが認める彼の体験した事実のみを映し出す魔法。彼が実際に体験して見てきた記憶をそのまま映像化してしまう魔法なのだから。

 あの証拠がある限り、どうあっても私の言葉は通らない。だがしかし、かと言って私にはどうする事もできないし妙案も思い浮かばない。


「アメリアお姉様、ご安心を。お姉様が婚約破棄されても我がリセット家には特別な恩赦をかけてくださると殿下はお約束してくださいましたから」


 エルヴィン殿下の背後から、私の異母姉妹であるイリーシャが冷酷な眼差しで私を見下し、そう言い放つ。

 何もかもが同じだった。

 そしてこの後、私はやはりどうあっても追い詰められ、結局また同じ様に舞踏会場から追放されてしまった――。




        ●○●○●




 ――その後、やはり同じ様に両親から勘当された。


 唯一、今度は意識を失わなかったからか、水を掛けられるような事はなかった。代わりに今回はお母様からボロのケースすらも貰えなかった。だが、深夜の城下町ではまた酔っ払い三人組には絡まれてしまう。歩くルートを変えたというのに。

 今度こそ乱暴されてしまう、と恐怖に震え、前回同様死んだ方がマシだと思うや否や、私の眼前にはまた赤いボタンが浮かび上がる。

 そしてそれを押すと案の定、エルヴィン殿下の婚約破棄シーンに戻されるのである。

 私は何回も同じ事を繰り返されながらも必死に自分の無実を謳った。が、それは徒労に終わり続けた。


 当初私はこれを神の奇跡だと信じた。

 理不尽で哀れな目にあわされてしまった私への、神からの救済措置なんだ、と。伯爵家の癖に私だけ魔力に恵まれず、ロクな魔法も使えない私への神からのプレゼントなのだ、と。


 けれど、実際はそうではないとわかった。

 たった数時間、時が巻き戻ったところで私には殿下からの婚約破棄を回避する方法はないのだ。むしろ、どうあっても私は必ず婚約破棄をされ、リセット家からは勘当され、そして場所を変えても暴漢らに必ず襲われる。ただただその地獄を繰り返すだけであった。


(だったら……)


 10を超えた巻き戻しの際に、ノロマで要領の悪い私はようやく、ようやく、自身の意識改革を始めたのである。




        ●○●○●




「な、なに? アメリア、今のは私の聞き違いか?」

「いいえエルヴィン殿下。聞き違いなどではありません」


 エルヴィン殿下は目を丸くして私を見ている。それも当然だ。

 何故なら私は殿下が()()()()()婚約破棄を言い渡してきた瞬間に「ええ、喜んで」と笑顔で頷いたからである。


「く、くく。やはり自分でも理解しているのだな? この売女め! 己の愚行がすでに私に知られていると観念したかッ! これを見よ!」


 そう言ってエルヴィン殿下はいつも通り記憶具現化魔法(リアライゼーション)で浮気現場の映像を見せつける。


「観念? そうですわね。観念しましたわ。殿下、あなたの誤解を解く事は」

「何ぃ!? 何が誤解なのだ!?」

「凝り固まったその固定観念ですわよ」

「何をッ!? 開き直るつもりか!?」

「一応、言っておきます。私は浮気などしていないし、先程あなたが見せた映像の男にも見覚えはありません」

「そんな言い訳が通じると……」

「はい、通じませんものね。だから婚約破棄、喜んで承りますわ」

「っく、この……ッ! 少しは反省の色とか見せたらどうなんだ!?」


 私の強気な態度にエルヴィン殿下が狼狽していると、


「そうですわよアメリアお姉様! いくらなんでもその態度は酷すぎます!」


 案の定、妹のイリーシャも混ざってきた。

 いつもの流れに私は呆れ気味に溜め息を吐きながら、


「申し訳ございませんでした殿下。でも今は私を婚約破棄した事で心置きなく妹のイリーシャとの関係を公けにできるので、逆に良かったのではありませんか?」


 と、冷たく言い捨てる。


「え!? な、何故それを……あ、いや」


 私の言葉が予想外だったのだろう、エルヴィン殿下が激しく言い淀む。


「お、お姉様は何か勘違いをしていらっしゃいますわ! お姉様がエルヴィン殿下のお気持ちを裏切るような行為をしていたから、私は殿下を慰めていただけで……」

「そ、そうだアメリア。イリーシャの言う通りお前の勘違いだ、それは!」

「はいはいそうですね。だからお二人はご婚約なさるんでしょう?」

「そ、そんな事まで何故知って……」

「ちょっと殿下!」


 余計な事を言うなと言わんばかりにイリーシャが殿下の口を塞ぐ。

 私は呆れつつ小さく溜め息を吐きながら、


「じゃあ私はもう用なしですよね。失礼します」

「お、お姉様! そんな言い方!」

「イリーシャ。あなたが一体いつからエルヴィン殿下を狙っていたのかは知りませんけれど、私が婚約中の時から殿下と親密な関係であったなら、浮気者は私だけではありませんわよね?」

「ち、ちが、私と殿下は別に……」

「そもそも私は浮気などしておりませんし、あの青い髪の男の事など全く存じ上げません」

「で、でも殿下の魔法は嘘はつきませんわッ!」

「ええ、そうですわね。でも私は浮気はしていない。していたのはあなたたち。私から言える真実はただそれだけです」

「そんなデタラメを……!」

「あら、どちらがデタラメなんでしょうね?」

「……っ!」


 と、イリーシャが悔しそうな顔をするが、二の句を詰まらせる。想像以上に私が強気な態度を見せたものだから萎縮しているのだろう。

 それを見てやはりか、とも私は思った。

 これはどう考えても偽造。冤罪なのだ。

 どうやったかは知らないが冷静に考えれば当たり前の話で、私本人が身に覚えがない浮気などありえるはずがないのである。それにあの青い髪の男が本当にこの世に存在しているかどうかすらも怪しい。

 だがしかし、その真相を暴く手段は結局のところ私にはない。

 だから――。


「……」

「ちょ、待てアメリア! 貴様、どこへ行く!?」


 エルヴィン殿下より11回目の婚約破棄を申し渡された時、私はもうエルヴィン殿下への想いを断ち切る事にした。あんな馬鹿殿下はイリーシャにくれてやれば良い、と。

 これまで四苦八苦して彼の誤解を解く事ばかりを考えていたから上手くいかなかったのだ。だったら私がすべき事、それは――。


「新しい婚約者でも探しに」

「な、何!? やはりか! お前という女は次期国王であるこの私をずっと騙していたんだな! 許さぬ、許さぬぞ……って、ぉおい!?」


 自分の事は棚に上げて一人騒ぎ立てるエルヴィン殿下を尻目に、私は宮殿の外へと歩む。


「待てアメリア。お前という娘には心底呆れ果て……ちょ、おい!?」


 父と母も私の前に来て何かを言いかけたが、それも無視して颯爽とその場を後にした。

 馬鹿どもには何を言っても無駄だ。

 だったら私のやる事はただひとつ。



「ふん。だったら私こそ、真実の恋を探しに行くわ」



 そう、決めたのである。




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