19 殿下の断罪シーンその② ビアンカの記録
「ア、アメリア、だと!?」
エルヴィン殿下が狼狽すると同時に会場中もまたざわめきだす。
殿下は動揺のあまりか、記憶具現化魔法を消してしまっていたが、もはやここにいる全員が証人だ。
私は意を決して、一歩前へと踏み出す。
「……お久しぶりですわ、エルヴィン殿下」
私はそう言って仮面を取り外し、落ち着いた素振りのカーテシーで余裕を見せる。
「アメリア……き、貴様、髪色も変えそんな変装をしてまでここに潜り込むとは良い度胸だな!? 貴様は不法侵入の罪で即刻……ッ!」
「殿下、その罪を罰する前にさきほどのお話の続きをよろしいかな?」
強引にクロノス様が割り込む。
「駄目だ駄目だッ! ここは神聖なる王宮であるぞ!? 貴族以外を紛れ込ませるなど言語道断! この女はリセット伯爵家より分籍され、すでに貴族ではない! 衛兵、聞こえているだろう!? すぐにこの悪女を摘み出せッ!!」
エルヴィン殿下が大声で叫びだし、帯剣している騎士たちが私たちの周囲に集まり出す。
その直後。
「待て。この者らの話、最後まで聞こう」
厳粛な声を張り、その場に響かせたのはエルヴィン殿下のお父上、まさかの国王陛下であった。
「なっ、何故です父上!? アメリアは貴族ではない! 彼女はリセット家から分籍されています! 貴族でない者が私のパーティに勝手に参加しているなど王家として許される行為ではないでしょう!?」
「そうだな。本来であれば私もエルヴィンの言葉に従うであろう。だが、これに関しては此奴の言葉が少々気になるのでな」
そう言って国王陛下は隣の仮面の男を指差す。
するとその仮面の男も仮面を外し、
「どうも、さきほど殿下と我が愚息とのやりとりに出てきました、辺境伯のカイロスにございます」
こうべを垂れつつ、そう挨拶を交わしたのはクロノス様のお父様でありこの国の宰相も努めてらっしゃるカイロス様であった。
「カ、カイロス……! 貴様……ッ!」
「申し訳ございません殿下。クロノスはまだまだ若く無礼も多い愚息です。しかしコイツめは正しきを正しきとして貫く強い意志を持ち合わせているのもまた事実。なのでコイツめの話を最後まで聞いて欲しいのです。その後で彼らの処分を決めても遅くはないかと。親馬鹿とでもなんとでも罵りくださいませ」
そう、クロノス様はあらかじめ事前にお父上であるカイロス・エヴァンズ様に今回の話について手を打っておいたのである。殿下の嘘を暴きたいから協力してほしい、と。
宰相カイロス様は宮廷に務める官職たちの中でも陛下からの信頼が最も厚いと言われるだけあり、カイロス様の言葉は国王陛下も真摯に受け止めてくれるらしい。
それが例え自分の子の誤ちであったとしても。
昔、リスター王家と何があったのかわからないが今は陛下とカイロス様の仲は非常に深い親交があるとか。
「陛下、カイロス様、この度は私の我が儘をお聞きくださり、ありがとうございます」
私は彼らに多大なる感謝を込めて頭を下げた。
「……アメリアっ」
エルヴィン殿下が口惜しげに私を睨め付ける。
「殿下。さきほどのお話の続きを致しましょう。殿下は仰いましたね。私が立太子式の日にこのカフェテリアで浮気をしていたのだ、と」
私はエルヴィン殿下の目を見据えて、言葉を紡ぐ。
「そ、そうだ。だからそれがなんだと……」
「嘘、ですよね?」
「う、う、嘘などではない! 現に私の魔法がしっかりとお前を映し出しているではないか!」
「嘘です殿下。だって私は殿下の立太子式の日に、そんな場所へなど出向いておられませんもの」
「な、なに?」
「だって私はその日、ずっとお屋敷に篭っていたのですから」
「そんな証拠がどこにある!?」
予想通りの殿下の返しに私は思わず笑いそうになる。
「私が証拠でございますよ、殿下」
そう言ってここぞのタイミングで声をあげてくれたのは、私の専属家庭教師のビアンカである。
「私はビアンカ、と申します。リセット家に仕えるしがない家庭教師です」
「き、貴様が証拠、だと?」
「はい殿下。何故ならその日、殿下の立太子式の日、アメリアお嬢様は私と共にお屋敷でずっと勉強をしておりましたから、でございます」
「っは! 何をそんなデタラメを……」
「デタラメなどではございません」
「そんなもの、いくらでも言いようが……!」
「……」
ビアンカはおもむろに口を閉じ、そして瞳も閉じ、魔法の詠唱を始める。
そして――。
『……本……日は……ザ、ザザ……』
瞳を閉じたままのビアンカの口から、ビアンカではない者の声が発せられた。
『本日は記念すべきエルヴィン殿下の立太子式の日だというのに、私は今日も家でお勉強なの?』
『はい、お嬢様。エルヴィン殿下が立派に立太子され無事王太子となられるからにはアメリア様もばっちりお妃教育に身を入れていかなければなりませんからね』
『ふう……たまには外の空気も吸いたいわ……』
会話のやりとりは私ことアメリアとビアンカ本人の声である。
「ほう? 録音魔法使いか」
宰相、カイロス様が関心を示す。
『お母様のナタリー様からも厳しく申しつけられておりますゆえ、今日も朝から晩までお勉強です』
『はあ……でも仕方ないわよね。エルヴィン殿下は若くして大層な魔法も扱えるし、私も少しぐらい良いところを認められなくてはならないものね』
『本日は殿下の立太子式の日ですし、今日の頑張りを後で殿下に見てもらえるように、私が朝から晩までアメリアお嬢様の努力を記録しておきますね』
『ありがとうビアンカ。これを聞いてくださればきっと殿下も私の事、少しは認めてくださるわよね』
この会話のやりとりを聞いて、私は思わず胸が締め付けられた。この時はまだ、殿下を愛そうとしていたのだから。
殿下も付き合い初めの頃は毎日私の事を好きだと言ってくれていたが、いつの日からか、私に愛を囁かなくなった。それどころか私の事を蔑むような言葉や態度が増え始めていた時期がこの頃であった。
だからこそ、私はこの日の頑張りを少しでも殿下に知ってもらいたくてビアンカに記録してもらっていたのだ。
録音された音声はそのままひたすらに続く。
そして、ある程度音声が進んだところでビアンカが魔法の再生を止めた。
「……これが当日の記録です。この会話は丸一日分、保存してあります。その気になればその日の残り十時間近く再生できますし、さきほどの私とアメリアお嬢様のやりとりを聞いて貰えばわかる通り、この日の事はナタリー様もよくご存知のはずです」
ビアンカは会場の隅の方にいた私のお父様とお母様に視線をやりながらそう言った。
マルクスとナタリーは気まずそうに目を背けている。
私も二人の存在には気付いていたが、私が正体を明かしても向こうが何も言ってこないので見ないフリをしていた。
「う……く……」
そして、わかりやすいぐらいにエルヴィン殿下は顔を青ざめさせて二の句を失わせている。
「……最後にこの音声だけは再生させてください」
ビアンカは再び録音魔法を唱えた。
『ザザ……ザ……ビアンカ、今日もありがとう』
私は思わずハッとする。
「ビアンカ、そこは再生しなくても……」
しかし私のその静止は流されビアンカはそのまま録音魔法を続けた。
『エルヴィン殿下はさすがですわ。私も殿下の為に、もっと頑張らなくてはいけないわよね』
『アメリアお嬢様は十分に頑張っておられます。毎日朝から晩までほぼ休みなしではありませんか』
『でも今のままではそのうち殿下に呆れられてしまうわ。現に最近は殿下もあまり私に構ってくださらなくなったし』
『きっと殿下もお忙しいのでしょう』
『……そう、よね。うん、よし。私もめげずにお妃教育に魔法のお勉強、頑張るわ。だからどうか殿下もお身体にご無理のない様に王太子としてのお務めに励まられてくださいませ』
そこでビアンカの録音魔法は解除された。
会場の空気がしん、と静まり返る。
「……以上が私とアメリアお嬢様の当日の記録です」
ビアンカが頭を下げる。
「と、そういう事です殿下。アメリアはエルヴィン殿下の立太子式当日はこのビアンカと共に自宅の屋敷にて篭りっぱなしだったのです。だから、この浮気現場の映像はその全てが矛盾しているのですよ」
そうクロノス様がまとめた。
会場にいる全員が黙してエルヴィン殿下に視線を集中させる。
エルヴィン殿下はひと目でわかるくらいに冷や汗を流して、オロオロとしたまましばらく困り果てていたのであった。
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