18 殿下の断罪シーンその① 冒頭
「ちょっと失礼するッ!」
エルヴィン殿下の婚約者発表が終わり、会場のざわめきが最高潮となった時。
ホール中にその声を轟き響かせたのはクロノス様である。
流れでその場にいた全員がクロノス様に視線を向けた。
「……なんだ、お前は?」
殿下が自分の注目を奪われた事でやや威圧気味にクロノス様へとそう尋ねる。
「ぶしつけに失礼、エルヴィン殿下。私の名はクロノス・エヴァンズ。魔法学院に通うただの学生です」
「エヴァンズ、だと? そうか、貴様は宰相カイロスの息子だな? いったいなんだと言うのだ」
「はい、殿下。我が父、カイロスがいつもお世話になっております」
「つまらん挨拶はいい。何か言いたい事があるんだろう?」
「ええ、その通りです」
殿下とクロノス様のやりとりの中、二人は互いに鋭い視線で相手を睨み合うように言い合う。
これはただ事ではないと、周囲からも囁き声が聞こえてくる。
「殿下。単刀直入に申し上げます。失礼ながら、先日殿下が婚約破棄なされたアメリア嬢についてのお話です」
ついに始まる。
彼らの非道を白日の下に晒し出して必ず私の無実、冤罪を証明させる。
私はごくり、と喉を鳴らす。
「彼女の浮気は無実です。彼女は浮気などしていない」
「っは! 何を言っているのか。私の記憶具現化魔法が嘘偽りだとでも言いたいのか? まさかそのような幼稚な事を言い出すのではあるまいな? 噂には聞いているが貴様は魔法学院でも優秀な成績らしいじゃないか。それならば我が魔法の信憑性がいかなるものか、理解できんほど馬鹿ではあるまい?」
「ええ、十分存じ上げております」
「あれが浮気の何よりの証拠であろうが」
「では殿下。そのアメリアの浮気現場である映像をもう一度ここで再現してもらってもよろしいでしょうか?」
「ふん。いいだろう。だが、貴様、クロノスとか言ったな。もしそれでなんの証明もできなかったのなら、どうなるかわかっておろうな? 不敬罪でただちに貴様を処罰するぞ」
「ええ、構いませんとも」
「……っち。元はと言えば我がリスター家から追放された落ちこぼれの辺境伯子息の分際で」
エルヴィン殿下は憎々しげに舌打ちすると、チラと周囲を少しだけ見て何かを確認すると、
「では希望通りやってやろう。……ふむ、その辺りが良いか。私の記憶具現化魔法、とくと見よッ」
適当な場所に手のひらを向け、記憶具現化魔法を発動させる。
映し出されたのは何回見ても同じ、私と見知らぬ青い髪の男がカフェテリアで談笑しているその場面。
「満足か?」
「殿下、失礼ながらこの部分を少しだけ大きく移すように調整できますか?」
クロノス様はそう言って、カフェテリアの窓ガラス左上あたりを指差す。
「ちょっと待て」
殿下は少しだけ背後を気にするような素振りを見せ、
「おい貴様。何故そんな事をする必要がある?」
と、尋ねる。
「そこをアップにすれば確実に皆に伝わると思ったのです」
「何がだ?」
「アメリアの浮気が冤罪である事が、です」
「な、なんだと?」
「できますよね殿下。私も精神系の魔法学についてはそれなりに学んでおりますゆえ、記憶具現化魔法の拡大はさほど雑作もない事だと理解しておりますが……まさか殿下はできないと?」
エルヴィン殿下は少しだけ渋い顔をするが、
「……馬鹿にするな。可能だ」
プライドに負けたのか、クロノス様の言う通りに窓ガラス左上部分を拡大する。
「これで良いだろう? それでなんだと言うのだ」
「お気づきになられませんか?」
「貴様、何が言いたい?」
「この窓ガラスの角に映し出されてるソレですよ」
「なんだと……?」
ここまで言ってもエルヴィン殿下には何がおかしいのか理解できていない。
それもそのはず。
これがおかしいと思える理由は、ビアンカがその鍵を握っているのだから。
「殿下。その状態のままでひとつ確認させてください。この映像はいつの記憶のものですか?」
「これは……い、いつかなど忘れた!」
「忘れる……? そんな馬鹿な」
クロノス様が嘲笑う。
「殿下。この日を忘れたというなら、あなたはとんでもない愚か者ですよ。あなたの人生にとって一番の記念日であるはずなのですから」
「な、なんだと……?」
「わかりませんか? その映像に映し出されているソレが、その日がなんの日であるかを証明しているのです」
「な、何?」
エルヴィン殿下はいまだにクロノス様の言いたい事を理解できていない様子で訝しげに、自身が発現させている記憶具現化魔法を凝視する。
会場に集まっている者たちもその映像に視線が集中している。
と、その時。
「ねえ、アレって立太子式の日じゃない……?」
どこからともなくそんな声が聞こえる。
「そうだわ、だってアレが……」
「うん、そうよね。うちもアレ飾りましたもの」
そんな同調する声が続いていく。
「な、り、立太子式の日、だと!?」
慌てふためきながらエルヴィン殿下は映像を見直すが、どうやらエルヴィン殿下にはまだ理解が及んでいないらしい。
「だってアレ、式典専用のグランローズのスタンド花、よね?」
ついに誰かが答えを告げる。
「グランローズ!? なんだそれは!?」
まるでひとりのけものにされているかのように感じたのか、エルヴィン殿下が怒鳴り気味にそう言うと、
「殿下、いくらあなたが男性で草花の知識が疎いのだとしても、仮にも王家の人間たるものがグランローズを知らないのでは話になりませんよ」
それをクロノス様が煽る様に返す。
「ふう。知らないようなので説明致しますよ殿下。グランローズとは記念日に飾る薔薇の花を束ねた物です。赤と黄と青の薔薇を交互に重ねていき、大きな薔薇の輪を作ってオープンセレモニーの時に街全体で祝福するのです」
「こ、この映像のどこに薔薇が……」
と、そこまで言った瞬間にエルヴィン殿下もようやく気づく。
カフェテリアの窓ガラスごしに私らしき人物と謎の男は映し出されている。その窓ガラスはカラフルな色合いの光をカフェテリアの中へと差し込んでいたので、パッと見ではステンドガラスのように思えた。
だが違う。
実際は、カフェテリアの合い向かいの店が展示しているグランローズの花束の色が反射しているのである。
映像を拡大すると、それらが薔薇の花の色が反射されている事であると気付きやすいので、クロノス様は殿下に映像を拡大させたのだ。
「ば、薔薇など小さな祝い事でも飾るであろうが!」
「違うんですよ殿下。この青い薔薇だけは希少価値が高いので王家が執り行う立太子式や戴冠式などにしか使われないのです。赤と黄と青、この三色の薔薇を組み合わせた花束の飾り、それをグランローズ、と呼ぶのです」
「な……く、くそ。私はそんな事知らないぞ……」
「お噂は本当のようですね。殿下は女と遊び呆けてばかりでロクにしきたりや礼節について勉強などしていない、と」
「き、貴様ぁ……!」
顔を真っ赤にして悔しそうにエルヴィン殿下はクロノス様を睨め付ける。
「ぇえ……殿下、本当にグランローズも知らないの……?」
「それより立太子式の日の自分の行動を覚えてないって、おかしくありません……?」
「遊び呆けてるの本当なんですのね……」
そんなヒソヒソ声があちこちから湧き起こる。
「そ、そうだそうだ、思い出したぞ! 私は立太子式の日にもアメリアが浮気しているのを見たのだ! うんうん、そうだそうだ。すっかり忘れていた。色々あったからな。私は多忙なのでな! 貴様たちとは違うのだ!」
「ほう? そうですか」
「だ、だからそれがなんだと言うのだ!?」
「殿下は今、確実に自分が嘘をついた、と仰ったのですよ」
「な、なな、なんだと!?」
クロノス様は笑みを浮かべて、
「ここからは本人たちにその証拠を提示してもらうとしよう。なあ、アメリア?」
ついに私へとバトンを手渡したのであった。
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