16 違和感
殿下の誕生パーティまで残すところ僅か数日。私たちは可能な範囲で殿下の得意魔法である、記憶具現化魔法について調べていた。
そして先日、ビアンカ聞き及んだ新たな情報から奇妙な違和感を覚えたのである。
「言われてみればアレは妙だ」
クロノス様が言った。
「ええ、クロノス様の言う通りですわ」
私たちは調べていくうちにどうしても腑に落ちない点に気づく。
それは殿下のあの記憶映像。あの場面である。
「あの時、皆は動揺していたから気づかなかったが、確かにアメリアの言う通りだ。ビアンカの言葉が事実であるならば、あの殿下の魔法が映し出しているものはおかしい」
クロノス様にそれを話すと彼も私と同じ違和感に気づいてくれたのである。
それは――。
●○●○●
――この世に魔法という力が広まって早数百年。魔法という不可思議で便利な力はありとあらゆる所で活用されている。
魔法はその源である魔力を先天的に備えている者にしか扱えず、魔力は遺伝でしか受け継げない。また、魔力を備えている者の多くは貴族である事が多い。何故なら魔力の高い血筋の者らはその功績に応じて王家から叙爵されていったからである。
魔法の力は扱い方を誤れば諸刃の剣となる為、魔力を備えて生まれてきた者は基本的に、王立魔法学院に通わせられる事がこの国では義務付けられている。
魔法学院は義務制ではあるものの、その学費は私立制の高等学院並みに高額で、それを支払えないような家は下手をすると最悪爵位を剥奪される可能性すらあった。
ゆえに子がいる貴族は魔法学院の学費を第一優先で賄う為、金銭面に余裕のない生活を余儀なくされている者も少なくはない。
「アメリア。お前はいつになったら魔法を会得するのだ?」
まだリセット家にイリーシャがやってくる前の頃。私が毎日のようにお父様から言われていた言葉だ。
魔力を受け継いでいる家系でも、魔法が習得できるかどうかは別問題だ。
魔力という物を宿しているかどうかは鑑定士に見て貰えばその素養を見抜いては貰えるが、魔力を練り上げ魔法として顕現させられるかどうかはその人間のセンス次第と言われている。
私は幼い頃より魔力自体はあるものの素養は低いと言われていた。両親もそれを鑑定士から聞いていたからこそ、私に対して厳しく育ててきた。
魔法学院は小等学部、中等学部、高等学部とエスカレータ式だが、学費が飛び抜けて高くなるのは中等学部になる13歳以降だ。それまでに魔力コントロールが優秀なものには学費が免除される制度がある。
平民出のものはこの中等学部にあがる前に、自主退学する事を選ぶこともできる。高すぎる学費で生活が困窮してしまうからだ。
学費の免除については習得できる魔法の種類や魔力値によって幅がある。
要は少しでも良い成績を残せば残すほど、その家の金銭面的負担を軽減できるわけだ。
しかし私は成績がよろしくなかった。
いつまで経っても具体的な魔法は習得できず、身体中に魔力をおびる程度の事はできてもそれを扱う事が苦手すぎた。(筆記テストは並くらいだったけれど)
だがしかし実は、別にこれは異端な事ではない。
というより五割くらいの魔法学院の生徒は私と同じような感じだ。魔法など習得できずとも、魔力コントロールがある程度上手ければ触れた物に魔力を与えたり、魔力を利用した発熱等は可能なのでそれぐらいができれば十分と考える者も多い。
だがそれでは当然学費の免除など受けられるはずもなく、つまりは私の両親は私の学費の高さに辟易していたのである。
「全く、イリーシャなど転入してすぐに学費免除を受けられたというのに」
両親から毎日呪文のように聞かされ続けていた言葉だ。
私が12歳になる頃。エルヴィン殿下がまだ立太子する少し前。
私よりひとつ歳上のエルヴィン殿下は、わずか13歳という若年にして精神系魔法の最上級クラスである『記憶具現化魔法』というものを会得された。
私も精神系魔法について魔法学で学んでいるが、本人が実際に見聞きして体験した記憶を映像化し具現化するこの魔法は、この系統の魔法を何年、下手をすると何十年も鍛錬してそれでも出来るようになるかどうかわからない、という程の高難度な魔法である事くらいは知っていた。
このビッグニュースは瞬く間に王国中に広がり、エルヴィン殿下は誉れ高きリスター王家の神童と呼ばれた。
当時、まだ私はエルヴィン殿下に出会う前で、魔法学院に通いながら「さすがは王家の血を引く方だなあ」くらいの軽い気持ちで他人事のように思っていた。
そんな事よりも、エリートクラスの超イケメンなクロノス様に他の女子たち同様夢中であった。
それから約三年後。エルヴィン殿下が異例の視察という事で、魔法学院に見学に訪れたのが事件のはじまりだった。
この国の王家の者は魔法学院には通わない。どんな学科においてもその全てに専属教師がいて王宮に住み込みで働いているからだ。
そんなエルヴィン殿下がある日、庶民の勉強を見たいと言い出し、魔法学院に訪れた。
そして私と出会ったのである。
ひと目惚れされた後、あれよあれよという間に私は単なる伯爵令嬢から、エルヴィン次期王太子殿下の婚約者、次期王太子妃という分不相応な地位へと成り上がった。
私は両親からは褒め称えられ、そしてエルヴィン殿下からは毎日愛を囁かれた。反面、魔法学院での居場所を無くしていた。
しかしそれについて落ち込み悲しんでいる暇もないくらい日々がめまぐるしかった。様々な知識、ダンス、礼儀作法、お妃教育、合間に殿下とお茶会やデート……と多忙を極めたからだ。
「ほら、見てくれアメリア。昨日私が父上から与えられた聖騎士の剣だ」
当時。
そんな風に彼は私と会うたびに、記憶具現化魔法をひけらかす様に使ってみせた。
殿下の魔法は本当に凄かった。まるで小さな現実をそのまま作り出しているようであった。
小さな虫や鳥、はたまた器のスープに反射した空の景色などもそっくりそのまま映像化されているのだから。
「さすがです殿下。相変わらず素晴らしい魔法です」
「このくらいリスター家の血を引く者ならば当然だ」
「ところで殿下。この魔法って殿下の記憶ならなんでも具現化できるのですよね?」
「もちろんだ」
「えっと……少々無礼な質問を致します事をお許しください。例えばなのですけれども、殿下が聞いた他者のお話を殿下が頭の中で想像しそれを具現化する、と言った事もできるのでしょうか?」
「それはおそらく無理だな。試した事はないが、多分私が直接見た現場しか具現化できん」
「試されてみてはいかがです?」
「何故だ?」
「いえ、もしそれができるなら、例えばですけれど空想の物語などを殿下に具現化してもらい、それを皆に見せたりして、ある種の娯楽を提供する事もできるのでは、と。殿下が強大な魔物を討伐し英雄になる物語、とか」
私が言うと殿下は「ほう」と言って、興味を示す。
「ならばやってみよう」
と、言い殿下は魔法を練り上げ発動させようとしたが、
「やはり駄目だな。私がドラゴンを打ち倒すイメージを頭の中に描いてみたが、おぼろげな映像しか作り出せん。やはり実際に体験しこの目で確実に見た物しか映像化できぬな」
結果は上手くいかなかった。
そんな平和な日々が続き、エルヴィン殿下との婚約が決まってから間もなくして彼は16歳となり晴れて成人し、立太子式のパレードが開かれた。
彼の才能を国王陛下も王家も特権階級である宮廷魔術師たちも認め、なんの問題もなく彼は晴れて王太子となった。
開かれたパレードは実に豪勢かつ華やかに行われ、城下町の大通りは多くの露天商で大変賑わった。
一方私はその立太子式の日もリセットのお屋敷でお妃教育中真っ只中だった。母ナタリーが、エルヴィン殿下が無事立太子されたのだから私への教育をもっと厳しくしろ、とビアンカへも命じたから、らしい。
私はせいぜいその日は立太子式の日のみに飾られるグランローズの花束を、自分の部屋に置いて殿下を祝福するぐらいの事しかできなかった。
ともかくそんなわけで私には浮気をする時間も暇もあるわけがないのである。
●○●○●
――しかし、これらの事から考えても殿下の記憶具現化魔法、あれを偽造するのは不可能に近い。
だがそうすると、あの映像にはどうしても不可解な点があるのだ。
「そう、アメリアの言う通りだ。あの映像には決定的な矛盾がある」
私は11回もの婚約破棄を体験したからこそ覚えていたが、クロノス様はたった一度しか殿下の映像を見ていなかったにも拘らず、しっかりとその違和感について覚えてくれていたのである。
これほど心強い事はなかった。
私たちが違和感に気づけたのは、ビアンカの教えてくれた情報が大きなヒントとなっていた。
「はいクロノス様。だから今度の誕生パーティで殿下に必ずまたあの魔法を」
「うむ、使わせよう。そして彼らの卑劣な行為を白日の下に晒し出してやろう」
私たちは互いに頷き、運命の日を待った。
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