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13 イリーシャの計画

 イリーシャ・ウォン・リセット。


 これが私の腹違いの妹のフルネームである。

 そもそもイリーシャは私が8歳になる頃、私の父であるマルクスが我がリセット家にいきなり連れてきた、愛人の子であった。


 父、マルクスと母、ナタリーは政略結婚だ。母は育ちの良い上流貴族の娘であり、貧乏貴族だったリセット家の嫡男であるマルクスは幼少期より母との婚約を指示されていた。

 ナタリーは眉目秀麗ではあったが、マルクスの好みではなかったらしく、結婚後もマルクスは事あるごとに外出しては夜な夜な女遊びを繰り返していた、らしい。

 それを教えてくれたのは驚く事に、連れ子であるイリーシャからであった。


「あなたのお父様はナタリーへの愛はないんですのよ?」


 イリーシャはマルクスが自分の母の方を本当は愛しているという話を年がら年中私にしてきた。理由はよくわからないが、愛への執着心が強い子なんだな、とは思った。

 ウォンのミドルネームだけは譲りたくないと彼女が頑なだった為、イリーシャだけリセット家においてミドルネームが違う。


 父の愛人、つまりイリーシャの母はうちよりも爵位の低い男爵令嬢だ。とある日、彼女の母が急遽海外に経つからと言って突然娘をマルクスに預けたのだという。これまた理由はよくわからない。

 ともかくイリーシャには身寄りがないという事で我がリセット家で引き取る事にしたらしい。驚いた事に母、ナタリーはそれを快く引き受けたとか。


 私の母も存外変わり者で、イリーシャとは真逆に愛への執着は薄く、地位や名誉、家柄格式など、そう言った体面を何よりも一番重きに置く人だった。

 そんな母が父の愛人の連れ子であるイリーシャを快く受け入れたのはわけがあり、なんでも彼女の素質を聞いたからだとか。

 イリーシャは幼少期より、私よりも遥かに優れた魔力、そして優れた頭脳を持つうえ、私よりも可愛らしい容姿をしていた事がナタリーには重要だったらしい。


 母の愛が私からイリーシャの方へと大きく傾いていったのは言うまでもなかった。

 しかしとある日。私は偶然魔法学院で出会ったエルヴィン殿下に見初められる。ひと目惚れだと言われた。


 私は戸惑ったが色恋沙汰に疎かったし、何よりもエルヴィン殿下に見初められる事など奇跡にも等しい幸運だ。私は殿下の為に相応しい淑女になろうと決める。


 彼に見初められた事実が知れると手のひらを返したかのように父も母も私をベタ褒めした。よくやった、だの、さすがは私の娘、だの連呼し始めた。

 現金な両親には呆れ返ったが、それでもやはり期待されるのは嬉しかったので私は努力した。


 元よりさほど会話をする事がなかったイリーシャとは、それからは目すら合わせなくなった。

 リセットの屋敷内でも会う事が乏しくなったが、私も勉強や礼儀作法、ダンスの練習と日々忙しくしていたのでそんな事に気を留めている暇もなかった。


 そして婚約して一年後の先日。妹に殿下を奪われたのである。


「どうやらイリーシャ様は随分前からエルヴィン殿下と密会されていたようです」


 ビアンカがそう言った。

 私がリセット家を出た後マルクスとナタリーはビアンカに、今度はイリーシャの専属家庭教師になれと命じたとの事だった。それを利用し、ビアンカはイリーシャについて日々調査を進めた。

 だが、元々私専属の家庭教師(ガヴァネス)だったビアンカにイリーシャは心を開くはずもなく、彼女から色々聞き出す事は難しかったらしいが、ビアンカは密かにイリーシャの行動を見張り続けた。


 とある日、イリーシャがあの紅茶についてビアンカに、「お姉様に紅茶は差し上げなかったんですの?」と尋ねてきたらしいのだが、ビアンカは渡しそびれたと答えてくれたらしい。

 ビアンカはあの後すぐに紅茶の茶葉を調べ、その中に神経系毒が混入されている事を知ったので、それを少量だけ確保し、残りは処分した。

 それもあってビアンカは当初から私の言葉を信じてくれたのである。

 

 おそらく当初の計画ならば、私が婚約破棄され帰宅した後、服毒自殺したように見せかけようとしたのだろう。

 今回、私はリセット家から勝手に出て行ってしまったので、毒殺処分の必要は無くなったのだろうけれど……。

 あの妹の狂気は計り知れない。


 証拠はそれだけではなく、ビアンカは更に決定的な会話を聞いたのである。

 それは私の婚約破棄が正式に決まったつい先日の事。エルヴィン殿下がリセットのお屋敷にやって来た時のイリーシャとの会話だ。


「まさか私と婚約した直後からすでにイリーシャと親密な関係だったなんて……」


 さすがに怒りを通り越して呆れてしまった。

 エルヴィン殿下は何食わぬ顔で私との交際を続けつつ、陰ながらイリーシャと会っていたのである。


「それどころかイリーシャ様は、アメリアお嬢様の婚約破棄に関する計画についてもハッキリと申し上げておりました」


 イリーシャはすでに勝ちが決まったゲームかのように、嬉々として私をハメる算段が見事に成功した、と漏らしていたそうだ。


「イリーシャ……殿下……」


 私は二人が私を陥れようとした事実をしっかりと確信し、大きな悲しみに包まれた。以前までの私なら、間違いなく泣いていた、と思う。


「許せない……なんという非道極まりない者たちだ。私は今、怒りで震えている。今すぐにでも彼らに制裁を与えに行きたいくらいだ」


 ブルブルと本当に震えているクロノス様を見て、それだけは絶対にやめてくれと私は引き留めた。

 クロノス様は本来色々と優秀なはずなのに何故か最近基本ポンコツなので、彼の独断専行は危険極まりない。


 しかしこれで私の冤罪はほぼ確定したようなもの。


 というのもその会話の内容だ。

 それら全てを聞いていたのがビアンカだという事である。

 ビアンカは録音魔法(レコーダー)という習得難度の高い音声再生魔法を扱える。この魔法は特に執務系業務にあたる者に好まれる魔法で、一定時間の音声をそのままの声質で記録し、いつでも再生できるのである。


 ビアンカがイリーシャサイドではない時点で、私にはこの作戦が思いついていた。


 録音魔法(レコーダー)は殿下の記憶具現化魔法(リアライゼーション)に近しいほどの信憑性を誇る魔法だ。

 私への不当な婚約破棄についてを法廷で争うのなら、王国裁判に持ち込んだ時の強力な一手になる事は間違いない。


 それになんと言っても私を毒殺しようとした紅茶の茶葉という物的証拠まである。

 私が紅茶を飲まなかったのでイリーシャはビアンカに紅茶を返せと言ったらしいが、ビアンカは全て焼却してしまったと答え、密かに隠し持ってくれている。

 なのでイリーシャは証拠は残っていないと思っているだろう。


「しかしこれでハッキリしたな。問題はいつ、どうやってこれらの事実を白日のもとに晒し出すかだが……」


 そう呟くクロノス様にそれなら、と私はひとつ提案した。



 それは――。




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