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10 【sideクロノス】 誇り高きその恋慕

「ふむ、なるほど。ビアンカさんのお話が事実なら、殿下とイリーシャはやはり計画的にアメリアをハメたと考えられるな」


 私はアメリアのされた仕打ちを思い返して内心、怒りで煮え繰り返りそうだった。


「でもクロノス様。やっぱり私はあの浮気現場の映像だけがどうしても不可解ですわ」

「お嬢様、そこは度外視にしアメリアお嬢様の潔白ではなく、イリーシャ様の不貞行為の方を強く謳えば状況は大きく変わるのではありませんか?」

「待ってビアンカ。もう少し様子を見るべきだと私は思うわ」


 なのでビアンカさんの言う通り私もそれを突き詰めてしまえばいいのではと思ったのだが、もう少し決定的な何かを探したいとアメリアが言ったので、私は感情を押し殺してこの場は我慢した。

 アメリアの事を想うと、一刻も早く彼女の汚名を晴らしてやりたいところだが。

 こんな風にしてアメリアとビアンカさんが私の寮部屋に定期的にやってきては情報の進捗状況を私に教えてくれていた。


「ではまた来週のアメリア様のお休みにの日に来ます」


 ビアンカさんがそう言って私の部屋から出ていこうとする。

 週に一度、男子学生寮の私の部屋にアメリアを連れてきて彼女のメイクの修繕や顔の洗浄を行なっているのだ。


「あ、ビアンカ、私来週は駄目なの。クラスメイトとちょっとお出かけする約束をしてしまったので」

「あら、そうなのですか、わかりました。ではその休みの前の日の夜にメイクの手直しだけしにきますね。なのでその日はアメリアお嬢様の部屋に直接お伺い致します」

「ええ、ありがとうビアンカ。クロノス様を交えての会議はまた次という事で」

「ああ、それで構わない」


 私は笑顔で、部屋から出る時には人目に十分注意してくれと伝え、彼女たちと別れた。


「ふう、帰ったか」


 しんっと突然静まり返る部屋の中で私は瞳を閉じ、右手の拳を握る。

 そして――。


「クッソぉおおおおお! 来週は無しなのかよぉおおッ!」


 と、声をやや荒げてその場で崩れ落ちた。

 私は今の彼女の現状を憂いながらも、不謹慎ながら内心ではめちゃめちゃに幸福感を抱いていた。

 何故なら。


「はあ……アメリア……キミは、キミはまさに悪女だ……」


 この私の心をこうまで揺さぶり続ける女性は後にも先にもきっとアメリア、キミしかいないだろう。

 殿下との婚約破棄という不幸のおかげでこうして定期的に私の部屋に来てくれるようになったのだから。

 私ことクロノス・エヴァンズは何を隠そう、アメリアが大好きだ。三度の飯よりも彼女を遠目から見ている事が好きなぐらいに大好きだ。


「それにしてもアリア、の姿のアメリアもとてつもなく可愛い。ビアンカさんは神か?」


 ビアンカさんが施したアメリアへの特殊メイクでアメリアがどう変わってしまうのか、内心ハラハラして見ていたのだが、これがまたもの凄く美人なのである。

 元々大きく可愛らしいやや垂れ目だった青いその瞳が、朱の染色によって赤く染まった髪色ととてもマッチしていて宝石のように輝いて見え、更には顔の造形をファンデーションでデコレートされたにも拘らず、アメリアの良さを残したまま、顔の印象をがらりと変えさせつつも可愛らしさを際立たせている。


 彼女が私に助けを求めて来てからというもの、私は日々努めて冷静さを装っているが、内心は毎日お祭り騒ぎなぐらいだ。世界が許すなら、私は裸で踊り出したいくらいだ。

 凄く大好きな彼女が私に好意を寄せてくれている。その想いだけで、心はまさに無敵であった。

 今なら私は神にでも勝てるだろう。

 おっと、ここで「お前、暴漢程度にコテンパンにやられてるだろ」みたいな野暮な事は言いっこ無しだ。


「今度は一週間以上、彼女とこの部屋で会えないのか……」


 私はひとり軽く落ち込みぼやく。

 私とアメリアは今、おそらく両想いになっていると思われるが、アメリアから好きだと告白されたのはあの日以来一度もないし、恋人っぽいような雰囲気にもなっていない。

 学院内では私たちは完全に他人のフリをしているし、あの日以降は私の部屋に来る時は必ずビアンカさんと一緒にいるからだ。

 本当はアメリアともっとちゃんと恋仲になって、色々な話をして、手を繋いでデートをしたりとかしたいのだが、どちらにせよ現状を解決しない限りその先に進むのは難しいだろう。何より私も殿下たちの事は許せんしな。

 私の贔屓目のせいではないと思うが、あんなに殿下の為に必死だったアメリアが浮気などするはずがない。

 殿下は馬鹿なのか。それとも馬鹿なのか。もしくは馬鹿なのか?

 そもそもアメリアのような美しく可愛らしい貞淑な彼女を婚約破棄するなど、頭がイカれているとしか思えない。頭がイカれてるのだろう。大事な事だから何度でも言おう。殿下は頭がイカれているのか?

 おっと、私の頭がイカれている事は私自身若干理解しているので放っておいてもらおう。

 ……うん、贔屓目ではない、よな?




        ●○●○●





 私が彼女に恋した理由は大した事ではない。ひと目惚れだ。彼女が毎朝、隠れて学院の花壇の花に水やりをやっていた姿を見続けていて、気づいたら惚れていたのだ。文句あるか?

 と、私の心を知る者にはいつもそうやって語句を強めて威圧する。

 そうするとだいたい私の幼馴染であり古くからの友人であるウィルは「別にねえよ。ってか、どうでもいいよ」と答えるのである。

 どうでもよいはずなどないッと私がアメリアの良さについて延々ウィルに説こうとするといつも「わかったわかった、勘弁してくれ」という。ちっともわかっていないのだ貴様は。


 アメリアの事を意識し始めたのは数年も前から遡る。

 まだ彼女がエルヴィン殿下と知り合う前だ。

 私はその時、近々来る期末の提出レポートの課題内容をどうしようかと悩んでいた。今回の課題は『愛について』という題材でレポートをまとめよ、と私の担任の教師が言い出した。

 私はこの時まだ12歳。正直なところ色恋沙汰にはまだあまり興味がなく、それよりも魔法や法律について学ぶ方が面白かった私からすると、『愛ってなんぞ』というのが本心であったが、エヴァンズ家の長男として魔法学院を優秀な成績かつ何事にも真摯に紳士で卒業せよ、との父からの命令があった為、どのような内容であろうと優れたレポートを出さなければならない。

 家族愛なのか友情愛なのか、それとも王道の男女間の愛なのか。

 どれの事についてまとめるべきなのか全くわからず、四苦八苦し、レポートの進捗が芳しくない状況で提出期限が迫り始めた頃。

 私は少しでも早起きして、早朝の学院の中でも散策しながらレポートをどうしようか考えあぐねていた時に私の女神、もといアメリアに出会ったのである。

 学院の中庭にある小さな庭園。その一角にある色とりどりの薔薇の花壇に水をあげているアメリアに思わず魅入ってしまっていたのだ。


「あの……」


 そして気づいたら私は思わず彼女に声をかけていた。


「はい? え、ク、クロノス様!?」

「キミは……ここで何をやっている?」

「あ……えっと、ここの花壇のお手入れをしていてくださった教員の方が、数日前からご病気で倒れてしまったので、代わりに私がお世話をしております」

「ほう。その教員に頼まれたのか?」

「いえ、私が勝手に始めたのです。その教員の方しかここのお手入れをしてくれている方がいないという事を知っていましたので」

「なるほど、うむ。殊勝な心掛けだな」

「そ、そんな。勝手にやっているだけですから」

「何故そんな事を?」

「クロノス様、こちらをご覧ください」

「む……? それはまさか」

「ええ、青い薔薇がございましょう。青い薔薇は王家の限られた式典などにしか使われない実に希少な薔薇。普通の薔薇の栽培は比較的容易でも青い薔薇だけは非常に大変で、手入れも丁寧に行わないとすぐに病気になってしまいます。本来なら王宮などの大庭園でしか栽培されていない青い薔薇ですが、少し前に王家から寄贈品としてこの学院に贈られた物がそれですわ」

「そうなのか」

「希少な薔薇なので元気な姿でいてほしいな、と思ったんですの」


 と優しい笑みを浮かべながら青い薔薇を見るアメリアを見て、私は瞬時に理解した。

 これが異性に恋をする、という事なのだと。


「ところで……クロノス様みたいな有名な方がどうしてこんな早朝に?」

「ああ、私はレポ……い、いや、なんでもない。ただの散歩、だ」

「はあ……」

「ところで私が有名、というのは……?」

「あ! い、いえ、それは全然気になさらないでください!」

「ふむ?」


 この時の私はまだ全然知らなかったのだが、後でウィルに教えてもらったところ、どうやら私は自分で言うのもなんだが女子生徒の間で結構な人気らしい。それに気づくのはこのアメリアとの初めての会話以降になるのだが。


「そ、その。キミの名前を教えてもらってもよいか?」

「アメリア……です」

「アメリア、か。良い名だ。ではまたな」

「え、あ、はい」


 と、彼女の名前を聞き出せたところで遠目に他の学院生たちが視界に入りだしたので私はその場そそくさと後にした。

 私はこの時まで、女性にほとんど興味を抱いていなかった。

 しかしアメリアとのこの一件をきっかけに女性を意識して見るようになってから、気づけば毎日のように私に近寄ってくる女子やラブレターが届く量が加速した。もちろん全て断っている。

 ウィル曰く、「お前は昔から女子に好かれてたよ。ただお前は俺と遊ぶ方が楽しいからとか言って女子からの誘いは全部断ってたじゃねーか。なんで覚えてねーんだよ」と言われた。

 すまん、覚えてない。

 ついでに私は有名なのか? とウィルに尋ねたところ、「有名だよ。お前は顔も綺麗だし背も高い。成績は優秀で運動神経も良いだろ。それで有名じゃないわけがないだろ」と言われた。

 そうか、私は有名なのか。

 だが、それならウィルも同じくらい有名でも良い筈だ。ウィルだって私と同等くらいの成績だし、男の私から見てもウィルは格好が良いだろ? と尋ねたところ、「俺は男にはモテるが女にはモテねーんだよどチクショウが!」と言われた。

 男にモテるが女にはモテないのか。わからん。

 そんな私の親友であるウィルにアメリアの事を相談した。

 私は初めて人に恋したようだ。どうしたらいいか教えてくれと頼んだら「知らねーよ! お前は放っておいてもモテるんだから適当にやりゃあだいたいの女は落ちるんだよ! このスカシイケメンがよぉ! くそがぁ!」と、キレられた。

 スカシてるつもりはないのだが……。


 それからたまにアメリアを見かけては声を掛けよう、と思ったのだが、どうしてか彼女を目の前にすると上手く言葉が出せなくなってしまった。

 結果、アメリアの事は遠目で眺める日々が続いていた。

 しかしとある日。

 アメリアは突然エルヴィン殿下の婚約者となってしまった。

 私はこの時、絶望で三日は学院を休んだ。

 三日間部屋に引き籠っていたらウィルが様子見に来てくれて、「大丈夫か? そんなくよくよするなよ、女なんて星の数ほどいるさ。なあ親友」と励ましてくれた。

 ウィルは良い奴だが、この日だけは殴りたいと思ってしまったがやめた。喧嘩しても私が勝った試しがないからだ。


 この時、私は自分の家筋を呪った。

 まさか私の()()でもあるエルヴィン殿下が、よりにもよって私の最愛の人を奪ったのだから。

 エヴァンズ家は実は、リスター王家の分家だ。

 本来なら公爵位を叙されるはずのエヴァンズ家が何故辺境伯などに成り下がっているのかというと、我がエヴァンズ家は何世代も昔、リスター本家に相当な無礼を働いたらしく王家からは縁切りされ爵位も剥奪されただけに留まらず、一度は国外追放の罰まで受けたからだ。

 しかしエヴァンズ家の優秀さに目をつけた(のち)のリスター王家が、我が家系を利用する為に国境あたりの領地を与えて辺境伯の地位を与え戻したのだそうだ。

 とまあそれは過去のいざこざであり、現在のリスター王家とエヴァンズ家はかなり友好な関係性ではあるのだが、我が父カイロスは「今更王家と縁を繋ぐ必要もあるまい。陛下は実に聡明であらせられるしな」と言っていた。昨今では陛下から公爵の地位に戻すと何度も誘いを受けているそうだが、我が父がそれを断り、甘んじて辺境伯に落ち着いているのだとか。


 しかし私が公爵令息であったなら、エルヴィン殿下に直接アメリアについて抗議する事もできたのだ!

 だが、今の身分ではそんな大それた事はできない。殿下の弱みでもあればそれをネタに詰め寄ってやるのだが……。

 そんなわけで私は公爵令息の身分ではない事にこれほど腹立たしくなったのは今回が初めての事であった。


 だが現在。

 そんなアメリアは何故かエルヴィン殿下に婚約破棄され、そして私に好意を寄せてくれている。

 私はこれを神の奇跡だと思わずにはいられなかった。

 本当ならすぐにでもウィルに自慢しまくりたいのだが、この件は口外を禁じられているから何も言えないのである。


 そんなわけで私はこの想いを完璧に成就させる為にも、アメリアの疑惑をなんとしても払拭させなければと誓うのだった。




 ちなみに当時のレポートは原稿用紙200枚にも及ぶ大作を無事仕上げられた事は言うまでもあるまい。




この作品をご一読いただき、ありがとうございます。


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誤字脱字報告や些細な感想まで全て受け付けておりますので、遠慮なく頂ければ幸いです。

よろしくお願い致します。

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