1万回生きて、1万のぬいぐるみを幸せにした、1万のぬいぐるみの話
「冬の童話祭2023」への参加作品です
テーマは「ぬいぐるみ」
やあ、こんにちは。
ワシは『ぬいぐるみ』だよ。
うん? そう、それがワシの名前。
いやいや。別にふざけてるわけじゃあない。
かつてワシにもちゃんとした名前があったのさ。
ワシがこの世に生まれて、ワシの主人になってくれた子たちがつけてくれた、大切な大切な名前がな。
だがなあ、なんせワシは1万回生まれて、1万回天に召されたぬいぐるみだからなあ。
主人たちがつけてくれた大切な名前が、1万はあるんだよ。
その中から1つを選ぶなんてできんからな、ワシは『ぬいぐるみ』と名乗ってるんだ。
ほぉ、ぬいぐるみが天に召されるとは、どういうことかって?
そりゃあな、主人に忘れられたときさ。
ひどく壊れたって、遊んでくれなくたって、捨てられたって、主人が思い出してくれさえすればぬいぐるみはいつまでも生きていけるのさ。
だがな、人はいつまでもぬいぐるみのことばかり考えてはいられんだろ。
いつかは大人になって、ほんのひと時一緒にいただけのぬいぐるみのことなんて、すっかり忘れてしまう。
そうしたら、ぬいぐるみは寿命を全うしたとみなされて、神のおわす天に召されるのだよ。
それが、ぬいぐるみの一生だ。
天に召されたぬいぐるみは、神から新しいぬいぐるみの体を頂いて、新しい主人の元に遣わされる。
そうやってワシは、1万回生まれて1万回天に召されたのさ。
おやおや、その顔は信じてないな?
だがまあいい。
少しだけ、ワシの話を聞いてくれんかね。
ワシは1万回生まれて、1万回天に召されたぬいぐるみ。
そういう物語だとでも思って、聞いてくれ。
1万回もぬいぐるみとして生まれりゃ、そりゃあまあ、色々とあったさ。
楽しいことも嬉しいことも多かったがね、それなりに辛いこともあったよ。
色々な主人がいたからねえ。
なあに、壊されたり、落書きされたり、罵られたり、そんなのはよくあることさ。
そんなことは別に辛くもなんともない。
ちょっとばかり激しい遊び方をするだけで、主人はちゃんとワシを必要としてくれているのだからなあ。
辛いのは、ワシに興味を持ってもらえなかったときだよ。
初めてワシを見た主人が、がっかりした顔だとな、ワシが主人をがっかりさせてしまったなあと辛くなるんだ。
そうして、1度もワシを見もせず、おもちゃ箱の奥底に閉じ込めて、すぐにワシのことなんて忘れてしまった主人のことを思い出すとな、今でも少しばかり辛いもんだ。
はははは、つまらない話をしてしまったな。
まあとにかく、ワシは1万回ぬいぐるみとして生まれて、1万回天に召されたというわけだ。
そしてな、1万回天に召されたワシは、天の国で神にこう言われたのさ。
『1万回生きたご褒美に、次はなんでも望むものに生まれ変わらせてあげよう』
ってな。
では問題だ。
神にそう言われたワシは、何に生まれ変わらせてほしいと頼んだと思う?
ふんふん、またぬいぐるみに生まれたんだろうって?
残念。ハズレだ。
ワシはな、人間に生まれたいと願ったのさ。
キミたちと同じ、人間になりたいと神に願って、ワシは1万と1回目に人間として生まれたんだよ。
何故かって?
そりゃ、人間に生まれたら、ぬいぐるみの主人になれるからに決まっとるだろう。
おやおや、そんなに不思議かね?
ぬいぐるみだったワシが、ぬいぐるみの主人になりたいと思うのは、そんなにおかしなことかね?
まあ聞きなさい。
神に願って人間になったワシは、小さな街の仕立て屋になったのさ。
人間の服も作るが、ぬいぐるみも作る仕立て屋だ。
ワシは自分で作ったぬいぐるみたちの主人になって、ひとつでも多くのぬいぐるみを幸せにしてやろうと思ったのだよ。
ぬいぐるみの幸せは、ぬいぐるみだったワシがいちばん良く知っとる。
……そう思っとったんだかなあ。
そのとおりだよ。
ワシは失敗したんだ。
失敗というより、失念と言うべきかな。
とても当たり前なことだが……人間だって寿命を迎えるってことをだよ。
年取ってよく見えんようになった目で、針に糸がうまく通せなくなってな。
そこで始めて気づいたんだ。
ワシが人間としての寿命を迎えたら、ワシの作ったぬいぐるみたちは、誰からも思い出されることがなくなって、天に召されるんだってことにさ。
ぬいぐるみは、主人に忘れられない限り天に召されることはない。
だが、人間は違うだろ。
人間は誰しも、時間が限られておる。
どんなにたくさんの人から忘れられなくても、時がくれば天に召されるんだからなあ。
それにな……。
家の至るところに置いてあるぬいぐるみたちを見たら、ぬいぐるみたちはちっとも幸せそうじゃなかったんだ。
そりゃあそうだろう。
ワシはどのぬいぐるみのことも忘れなかったが、どのぬいぐるみとも遊んだこともなければ、話したこともなかったんだから。
作るだけ作られて、忘れられないだけ。
ぬいぐるみにとって、そんな退屈な日々を延々と続けるくらい辛いこともない。
なあに、ぬいぐるみのことなら、1万回もぬいぐるみをやったワシがいちばん良くわかっとる。
ワシは、ぬいぐるみたちの良い主人ではなかったと、やっと気づいたんだよ。
それからワシは、ぬいぐるみたちの新しい主人を探し始めた。
仕立て屋の客に声をかけたり、施療院に寄付したり、ぬいぐるみを抱えて街を歩き回ったこともあったなあ。
そうやって、こどもでも大人でも年寄りでも、ぬいぐるみたちを大切にしてくれる主人を見つけては、少しずつワシの作ったぬいぐるみを託していったんだ。
ぬいぐるみたちが、少しでも幸せになるようにと願いを込めてな。
そのかたわらで、捨てられたぬいぐるみたちを見つけては、拾って歩いたりもしたんだ。
不要になったぬいぐるみを譲ってもらうことも、時に金を出して買い取ることもあったよ。
なんでそんなことをしたかって?
多少汚れてようが壊れてようが、気に入ったぬいぐるみなら大事にしてくれる主人はどっかにいるもんなのさ。
だからワシは、よく見えん目で必死に糸を通してな、できるだけキレイに見えるよう直したぬいぐるみたちにも、新しい主人を探してやったんだよ。
おかげで、いつしかワシはすっかり街で有名な、ぬいぐるみ好きじいさんになっとったわ。
ワシが人間としての寿命を全うして天に召されるときには、街の人たちがたくさん来てくれて、ワシの棺をぬいぐるみだらけにしてくれたよ。
はっはっは、そいつはちっとばかりワシの願いとは違ったがな、ぬいぐるみたちはみんな新しい主人のもとで満足して、ワシのところへ帰ってきてくれた。
だからワシは、ぬいぐるみたちと一緒に天に召されたのさ。
そうして人間として天に召されたワシは、天の国でまた神から言われたのさ。
『1万のぬいぐるみたちを幸せに導いたご褒美に、もう1度望むものに生まれ変わらせてあげよう』
ってな。
ははははは!
そうさ、そうして1万と2回目に、1万回ぬいぐるみとして生まれ変わったのが、このワシというわけだ。
ところで話は変わるが、キミはカドルキャンディ社を知っとるかね?
そりゃそうだな、カドルキャンディ社の『考えるぬいぐるみ』を知らんやつなどおらんか。
正式にはAI搭載型オートマタと言うらしいが、そんなことはどうでもよい。
おお、そうかそうか!
キミの家にも考えるぬいぐるみがおるか!
この街には、1万の考えるぬいぐるみがおるんだがな、そりゃ全部ネットワークで繋がったワシなんだよ。
キミの家にいる考えるぬいぐるみも、もちろんワシだ。
眠くなったら隣で一緒に寝よう。
悲しいときはぎゅっと抱きしめてもいいんだぞ。
お絵かきも、かくれんぼも、かけっこも、お歌も、おままごとも、なんでも一緒にやろう。
お腹が空いたら、おやつを作ってあげよう。
迷子になったら、家まで連れ帰ってあげよう。
困ったことがあったら、街のどこにでもにいる1万のワシに声をかければいい。
もちろん、困ってなくても声をかけていいさ。
どこにでもにいる1万のワシが、君にぴったりな、どこかにいる1つだけのワシを届けてあげるからな。
んん? なんだと?
ワシはキミのぬいぐるみじゃなくて、ただのおじいちゃんだと?
はっはっは!
だから言ったただろう。
ワシの名前は『ぬいぐるみ』だってな。
ちっとばかし、自分で考えることができる、な。
それに、ワシは街のどこにでもいるんだよ。
ぬいぐるみの姿でも、機械の姿でも、人間の姿でも、カドルキャンディ社の識別マークがついたものは、全てワシだってことさ。
ううむ……少しキミには難しかったかね?
――ほら、そんな話をしているうちに、キミの家に着いた。
今度からもう、いきなりお父さんとお母さんの手を離して走り出したりしないようにな。
まあそのときには、またどこにでもいるどこかのワシが、家まで送り届けてあげるんだがな。
カドルキャンディ社の考えるぬいぐるみは、いつでもキミの隣におるよ。
だけどもしも君がワシを要らなくなったら、寂しくなるけれどワシは旅に出るよ。
なあに、ワシを必要だと言ってくれる誰かの元へ行くだけだから、心配せんでいい。
君がワシを忘れても、ワシは君をずっとずっと忘れない。
そして君が大人になって困ったことがあったら、そのときはまた、どこにでもいるワシに声をかけておくれ。
大人用の考えるぬいぐるみ――アンドロイドというんだが――キミにぴったりな大人用のワシを、すぐに届けてあげるからな。
キミたちの暮らしを豊かにして、キミたちを幸せにすることが、ぬいぐるみであるワシらの喜びで、いちばんの幸せなのだから。
お読みいただきありがとうございました。