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6 初めての感覚


「ここがラブホテル……」


部屋に入った僕は、初めての光景に目を丸めて辺りを見回した。


特にラブホテルだからといって他のホテルと違うとかそういうことはない。二人用のベットが一つ置かれてシャワールームがあって、少しおしゃれに着飾っているけど差異はさほどなかった。


「じゃあシャワー浴びてくるからちょっと待ってて」


「え、あああ、はい!」


緊張のあまり、カミカミで返答してしまう。


「どうしたの?」


「いや、なんでもないです……」


亜久里さんは不思議そうに首を傾げていた。

どうやらエッチができるという期待感から僕の心拍数が上がっていることに気がついていないようだ。


僕はベッドに腰掛けて、亜久里さんが出てくるのを待った。

これからエッチをすると思うと自然と呼吸が浅くなってしまう。僕は興奮で高鳴る胸を抑えようと深呼吸をして落ち着くように努めた。


「ふぅーふぅー、気をたしかにもてよ僕」


しばらくしてから脱衣所の方から音がしたと思ったら、亜久里さんが出てきた。


僕は亜久里さんの姿を見た瞬間、言葉を失ってしまった。

それはあまりにも刺激的すぎて、脳が処理できなかったのだ。


亜久里さんは下着姿だった。

上下お揃いのレースのついた黒のブラジャーとお尻が隠れるぐらいの小さいパンツ。

僕は初めて見る女性用のランジェリーを目にして、頭がクラクラしてしまった。


「あはは、まじまじと見過ぎだって」


亜久里さんは僕を見て笑う。


「す、すいません……でも綺麗ですよ」


「そう?ありがとね。高橋くんはシャワー大丈夫?」


「家を出る前に浴びてきたんで……」


「なら問題ないね。じゃあそろそろ始めよっか」


亜久里さんは僕にまたがるように座って、首元に手を絡めた。

彼女の瞳が僕の瞳と繋がって、少しずつ唇が近づいてくる。


初めてのキスだった。

ただ唇と唇を重ねるだけの、フレンチキス。ただそれだけの行為。もちろん興味がなかったわけではなかったが、どこか僕はたかを括っていた。


それが間違いだったのだ。

好きな人とするキスは異常なまでに僕の胸を高鳴らせた。

体中が熱くなって、頭の奥がジンジンと痺れてくる。


「あ、亜久里さん……」


「……なに?」


「舌、入れてみたいです」


「うん、いいよ」


亜久里さんはゆっくりと僕の口の中に舌を入れ込んだ。

ぬるっとした粘膜同士が触れ合って、お互いの唾液を交換し合う。

その度に、僕は全身に電気が流れたような快感を覚えた。


(これヤバい……気持ち良すぎる……)


「ん……ちゅ……はぁ……ふぅ……」


「んっ……」


僕は夢中で亜久里さんとのディープキスを楽しんだ。

そして長い時間を経てようやくお互いに口を離すと、亜久里さんは僕の耳元で囁いた。


「セックスはこれ以上に気持ちいいから」


僕はゾクっとした。

頭の中で亜久里さんの言葉が響き流れる。


亜久里さんはイタズラじみた表情を浮かべ、再び舌を絡めた。


意識が飛びそうだった。

僕の息子がパンツを突き破るんじゃないかと思うほど破裂しかかっている。

それほど亜久里さんは魅力的で、楊貴妃のようにエロかった。


あぁ、僕は幸せ者だ。

好きな人とこれからエッチできるなんて。

ファーストキスも奪われちゃったし、もう後悔することなんてない。


ーーない、よね。ないはず、だよね。


「……あれ?」


僕は嬉しいはずなのに満足していなかった。

胸の奥底でざわめいているこの感情は、一体なんなのだろうか。


遠のいていく意識の中で、僕はたしかに感じた。

僕は亜久里さんからの『愛』を欲していたのだと。


そうか、そういうことだったのか。

たしかに亜久里さんとエッチできるのは嬉しい。いや、今すぐ爆散しそうなほど超絶嬉しい。

でも僕の恋心とは逆に、亜久里さんはただエッチがしたいだけなのだ。


寂しい?悲しい?よくわからない。でも、そんな気がする。


だって、亜久里さんは僕を愛してくれていないから。僕のことを好きだと言ってくれないから。


だから、エッチしても満たされないような気がした。亜久里さんから与えられるもの全てが偽物のような気がしてしまった。


僕は亜久里さんと愛のあるエッチがしたい。


そう思ってしまうあたり、僕はかなりのわがままで傲慢なようだ。


「ちょ、ちょっと高橋くん……!?」


思考する頭の中とは裏腹に、僕はあまりの気持ちよさの果てにあろうことか、キスだけで意識を失ったのだった。





僕はどれだけバカなのだろうか。

こんな僕とエッチしてくれると言ってくれているのに、そこに愛を求めてしまうなんて。


もちろん好きな人に好きだと言ってもらえたら全てが解決するのだが、亜久里さんは僕のことを別に好きなわけではない。


ただ美化委員が一緒なだけで、僕は土下座してヤらせてもらえるようになった。そんな友達とも言えない関係。


おこがましい。これじゃあまるでストーカーみたいじゃないか。相手が迷惑しているとも知らずに一方的に自分の気持ちをぶつけるなんて。


あー、僕のことを好きになってくれないかな。好きになってほしいな。

だって僕は勇気がなくて話しかけることもできなかったけど、本当に亜久里さんのことが心から好きだからーー


「ーーはっ!?」


目が覚めると僕はベットに横たわっていた。

しまった。あまりの気持ちよさに意識を失っていた。


「亜久里さん!」


慌てて亜久里さんを探して声を上げると、彼女は服を着てスマホをぽちぽちといじっていた。


「あ、起きた?」


折角いい雰囲気だったのに。

僕のせいで亜久里さんはもうそんな気分ではなかったのだろう。

心配そうに僕の方へと身を寄せてくる。


「ごめんなさい……僕、いつのまにか気絶しちゃって」


「ううん、いいよ。まさかキスだけで気絶しちゃうとは思わなかったけどね」


「それはその……気持ちよすぎて」


「そっか……私も気持ちよかったよ」


「本当ですか?それなら良かったです」


「うん、でも私のテクニックに溺れて寝ちゃうのはダメだよ?」


「はい……すいません……」


僕は申し訳なさげに謝った。確かに意識を失ってしまうほどの快楽を味わわせてもらったのだ。文句を言う資格はない。


それに、どうやら僕は亜久里さんとのエッチを望んでいるわけじゃないようだ。いや、望んではいるんだけど厳密に言えば僕は彼女の愛が欲しいのだ。


エッチを理由にして、僕はどこか期待していたのだろう。おこがましいったらありゃしない。


「じゃあ私、そろそろ帰るね。エッチはまた今度、てことでいい?」


「あ、はい……」


時間を見れば僕は2時間も寝てしまっていたようだ。部屋から出る時間が差し迫っていた。


「次は前戯だけで気絶しないでよ?」


「じ、尽力します」


「うん、よろしい」


亜久里さんが立ち上がる。

綺麗な背中が目に映る。


僕は、このまま亜久里さんを見送っていいのだろうか。

名残惜しい。エッチができなかったのも、気持ちを口で伝えられないことも。


僕は結局、意気地なしのままなのかーー


「あ、亜久里さん!!!」


いや、違う。

僕にもプライドがある。


「……ん、どうしたの?」


亜久里さんが振り返ったと同時に、僕は三度目の土下座をした。しかし、その土下座はプライドを全て投げ捨てたわけではなく、なんならプライド全てを固めて押し潰したような、僕の男気全てだった。


「僕は亜久里さんが好きです!!!そして言いたい。僕は、亜久里さんと愛のあるエッチがしたいです!!!」


これが不器用な僕の精一杯。

こんな感じでしか伝えられない僕の恋心だった。


「え、高橋くん急に何!?」


「亜久里さんのことが好きで好きでたまらないってことです」


「えっと……前も言ったけど、好意は嬉しいけど私はただエッチがしたいだけで、そうやって言われるのは困るっていうか……」


「わかっています。でも、口で伝えたかったんです。エッチができるのは嬉しいけど、僕はわがままで。僕は亜久里さんからの好意も欲しいって、思っちゃったんです」


「そ、そうなんだ。でもごめんね。私は今は彼氏とか、そういうの欲しいと思わないから」


「ああ……そう、ですか……」


二度目の失恋になった。

僕の土下座は雪崩のように崩れていく。首が明後日の方向に曲がり、痛みも感じないまま上の空だ。涙が一滴ニ滴と頬に垂れてくる。


これじゃあただの面倒くさいやつだよ。迷惑の権化みたいな男だ僕は。

流石にドン引きだよね。

こんな告白の仕方。本当に気持ちが悪いと思う。


「でもね、高橋くん」


亜久里さんは僕の方に歩み寄ってくる。

僕は顔を上げて彼女を見る。


「君みたいなタイプは正直嫌いじゃないよ。だって純粋に私のことを好きって言ってくれたの、高橋くんが初めてだから」


初めて?聞き間違いじゃないだろうか。つい先日サッカー部のキャプテン早瀬くんに告白されたんじゃ。


「え?なんで、亜久里さんはモテるって……」


「言い寄ってくる男、みんな私の体目当てだから。誰も本気で好きだなんて思ってくれる人なんていない。でもそれも全部、遊んでる私が悪いんだけどね」


亜久里さんは「あはは」と誤魔化すように笑う。初めて僕は、彼女のそのような苦しい笑顔を見た。


僕は励ますように言う。


「そ、そんなことないですよ!少なくとも僕は亜久里さんの魅力に気づいていますし、本気で好きだと思えるほど、亜久里さんは可愛いです!」


「……」


「亜久里さん……?」


亜久里さんは俯いてしばらく口を開けることはなかった。

何か考え事をしているのか、それは彼女本人にしかわからない。


また顔を上げた時に、亜久里さんは無理矢理作った笑顔で言った。


「ありがとうね、高橋くん」


そう言い残すと、亜久里さんは部屋を出ていった。




当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。


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