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5 二度目の土下座


僕は相当浮かれていた。


肩越しに感じる亜久里さんの体温。直視できない横顔に何度も頬が赤くなる。


やっぱり亜久里さんはかわいい。

ラブホテル前で鉢合わせした時はショックだったけど、もうそんなことはどうでもよかった。


一緒に歩いて適当に会話して、それが恋人っぽくて。変な妄想を重ねに重ねて、どこか僕は上の空だった。


「でも意外だよね」


「え……?」


「てっきり私、高橋くんて女子に興味ないのかと思ってた」


「……なんで?」


「だって女子と喋んないし」


「あー……」


喋らない、のではなく喋れないのである。

僕の声帯は女子とのコミュニケーションを完全に拒絶するのだ。


「それは単に意識しすぎてビビってるからで、ほんとは興味があるっていうか……」


邦隆とクラスの女子を眺めて「胸でか」「付き合いてえ」「ヤりたいな」とか陰でこそこそ言っているぐらいだ。興味しかない。

だってあんなエロの塊みたいな生き物、意識しないほうが正常じゃないと思う。


その点サッカー部のキャプテン早瀬くんはすごい。いや、常に下で物事を考えている僕がおかしいのか。


「あはは、そーなんだ」


「まぁ、はい」


「じゃあ好きな人とかいるの?」


「えっ!?」


「おぉ、いい反応」


突然の質問に動揺して立ち止まる。

亜久里さんは振り返る形で僕をにたにたと見つめた。


「ねぇ教えてよ」


「それはその……いるといえばいるし、いないといえばいないっていうか……」


嘘ではない。

現に僕が好きなのは亜久里さんで、そして先日失恋にあったばかりだ。


今まで教室の端の方で亜久里さんを眺めていた日々。それを思い返すとよっぽど僕は勇気がなかったのだと痛感する。


そしてもちろん、ここでも「亜久里さんのことが好き」と言えるわけもなく。

なんとなくで誤魔化してしまうのだ。


「あはは動揺しすぎでしょ。それ絶対いる人の反応じゃん」


楽しくなってきたのか、待ち合わせした時よりも亜久里さんの声が大きくなっている。

恋バナって修学旅行とかでするとめちゃくちゃ楽しいって聞くけど、そんな感覚なんだろうか。


「誰なの?高橋くんだから、ひっかーとかタイプなんじゃない?」


山崎陽加里さんか。たしかに黒髪清楚で可愛らしい彼女のことは好きだったけど。


「違う?じゃあちーちゃんとか?」


九条千尋さんか。たしかにドジっ子天然キャラの彼女のことも好きだったけど。


てか、ピンポイントに当てすぎじゃない?過去に好きだった人、ことごとく当てられてるんだけど!?


「……黙秘します」


「えーそれずるくない?」


これ以上追求されてボロを出さないためにも、この話しから降りることが賢明だろう。

僕は恥ずかしさを隠すためにも顔を下に向けて視線を外した。


亜久里さんは僕の真っ赤に染まった頬を見て小さく笑っていた。


「あ、でもさ。好きな人いるのにいいの?私とエッチしちゃって」


「え」


「てか童貞じゃん。初めては好きな人と、とかないの?」


好きな人……て亜久里さんだし。


「あ、亜久里さんが初めてで僕は嬉しいです!!!」


僕は感動のあまり涙を流していた。


「そ、そんなに?」


「だって僕みたいなモテない根暗インキャが亜久里さんとエッチできるなんてもう夢心地でしかなくて。亜久里さんは優しいし、かわいいし、僕は本当に感謝してしても仕切れません。この後たとえ切腹しろと、崖から飛び降りろと言われても僕は喜んで亜久里さんとエッチします。それぐらいありがたいことなんです……う、ううう」


「ヤバ……とりあえず泣き止みなよ」


亜久里さんはポケットからハンカチを取り出して、僕の目元に押し付けた。

ふわっと香る女の子特有の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

その瞬間、心臓が破裂するほどドキドキして、同時に涙が止まった。


「ごめんなさい」


「いや、謝らなくても大丈夫だけど。それだけ言うってことはさ、もしかして私のことが好きなの?なんちゃって」


亜久里さんは多分、冗談ぽく言ったのだろう。まさかそんなはずないよね、と安心しきっていたに違いない。


でも僕は亜久里さん本人からそんなことを言われるとわかりやすいぐらいに反応してしまって、顔を一切合わすことができなかった。


ダラダラに垂れる冷や汗と何も言い返せない短い沈黙が、僕が亜久里さんのことを好きだと本人にバレるには、十分すぎる決定打だった。


「…………マジ?」


亜久里さんはこのとき、どんな顔をしていただろうか。少なくとも彼女は驚いていたのだろう。

その証拠に亜久里さんは少し気まずそうだった。


「そ、そうなんだ……へぇ」


しばらく考えるような素振りを見せて、亜久里さんは訥々と話し始める。


「ごめんね。私はその、エッチしたいだけだからさ。本気になられるとちょっと困るっていうか……」


なに!?これはヤらせてくれない流れ!?


僕は素早く土下座をした。

人生2回目のプライドを全て投げ捨てた土下座だ。

周りの好奇の視線など顧みず、僕の頭の中では亜久里さんとヤりたい。ただそれだけしかなかった。


「付き合いたいとか言いません!一回だけ、それ以降一切関わりません。だからどうか、エッチさせてください。お願いします!」


亜久里さんはドン引きだった。

何も言ってこない沈黙の時間を否定と捉えたのか僕は続けて言う。


「お金が欲しいなら払います。小学生の頃からコツコツ貯めたお金が10万円ほど……」


「わかった!わかったから土下座するのやめて!」


亜久里さんの慌てた声を聞いて僕はようやく立ち上がった。


「そんなに言われると断れないじゃん……もう」


「ご、ごめんなさい」


亜久里さんの頬が赤く染まる。

くすくすと笑い声が聞こえてきて、それが恥ずかしかったのだろう。

若干怒り気味に声を荒らげる。


「てか、ここまできて今更断らないし!一応言っときたかっただけだから!」


「亜久里さん……」


ちょっとツンデレな亜久里さんもかわいいな、と思いつつまた涙がぽろぽろと頬を垂れていく。


「もう入るよ、着いた」


亜久里さんが指をさす場所には、いつのまにかラブホテルがあった。



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