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3 僕とエッチしてください!!!


今日は夕日の空からカラスの声がよく聞こえてくる。

今日は運動場から野球部などの喧騒がよく聞こえてくる。

今日は音楽室から吹奏楽部の音色がよく聞こえてくる。


僕は無心で箒を履いていた。


雑念を取り払いただひたすらにゴミや埃を履き続ける。一緒にいる亜久里さんを虚像のように考えあたかも一人でいるかのように。


なぜ、彼女は今日に限っているのか。

昨日ラブホテル前で鉢合わせしたというのに、そこから僕は失恋してしまったというのに。……間が悪い。


「ごめんねー、当番のことずっと忘れてて」


沈黙の時間が気まずかったのか、亜久里さんは「あはは」と小さくはみかみながら言う。


そうやって笑っている姿が昨日までは大好きだったが、今は違う印象を抱いてしまう。

噂通りのヤリマンビッチで、どんな男にもそのような笑みを振り撒いているのかと思うと、やるせない気持ちだった。


「い、いや……気にしないでください」


ほんと、それでも恋心というものは簡単には冷めないもので。今こうやって亜久里さんと同じ空間に入れることが正直嬉しい自分がいる。


気まずいのにはかわりないんだけど。


「すいませーん!野球部の者なんですけど」


家庭科室に突如、ユニホーム姿の少年が現れる。まだ筋肉も中途半端で背の低い、おそらく一年生なのだろう。


「あの、部室の掃除に箒や雑巾をいくつか貸して欲しいんですけど。顧問から美化委員に聞けば貸し出してくれるって言われて」


は?そんなこと?

僕は亜久里さんのことで頭がいっぱいだというのに。他人のことなんて今はクソどうでもいいよ。


「すいません、今それどころじゃないんで」


「は?」


「ちょっと何言ってんの高橋くん。いいよいいよ、適当に持っていっちゃいなー」


手をひらひらと振って、快く了承する亜久里さん。


「で、でもどこに行けば」


僕の学校には教室ごとに掃除用具が入れられたロッカーがない。

全ての備品は美化室に置かれており、放課後掃除当番の人がクラスの欄にサインを書いて持ち出していくのが規則である。


それはもちろん野球部のこの子にも適応されるわけで。それを知っていた少年は少し戸惑いながら言った。


「どこで?何それどういうこと?」


しかし、亜久里さんは知らなかった。

美化委員の仕事に来たのは初日以来だもんね。


「いや、たしか美化室で貸し出してもらえると思うんですけど……鍵を開けて欲しいというか」


「あー、なるほど」


亜久里さんはぽんと手を叩き、遠い空を眺め現実世界から今にも消えそうな僕の耳元に口を持っていって。


「ちょっと助けてよー。なんか箒や雑巾の中出し?がどうとか言ってるんだけどー」


「中出し……?」


何を言っているのかわからなかったけど、肩をぶんぶん振り回されてなんとか意識が下界へと戻ってくる。


「あぁ……箒と雑巾の貸し出し。鍵渡しますから、終わったら職員室に返してください」


「結局お前がやるんかい」


野球部の少年もついにツッコミを抑えきれなかったようだ。


「はい、これ」


「あ、ありがとうございます……」


鍵を受け取ると、狐につままれたような様子で少年はぺこりとお辞儀をして美化室の方へと走っていった。


「またねー!部活がんばってねー!」


亜久里さんが元気よく手を振って後輩の背中に声をかける。

その姿はけっこうバカっぽい。


「てかさ、今日あんまり元気なくない?体調悪いんだったら帰ってもいいんだよ?」


「あ、いえ……大丈夫です」


「ほんとかなー」


じろりと睨まれて、思わず目を逸らす。


「ま、無理しない程度にやりなよ。掃除くらい私一人でもできるから、えっへん」


大きな胸を叩いてピノキオのように鼻を伸ばす亜久里さん。

さっきのやりとりでよくそんなことを言えたもんだ。心配でしかたない。


その言葉を最後にして、亜久里さんは再び掃除へと戻った。僕もそれにならうようにしてゴミを履いた。


空から、運動場から、音楽室から、今日はやけに音がよく聞こえる。

なぜだろう。頭も心も空っぽになってしまったからだろうか。


僕にとったら人生でいちばんのショックだったのだろう。好きな人がヤリマンビッチだったということが。

ヤらせてくれるなら、ヤりたいとも思うけど。


それは多分、恋心とは全く違う僕の息子との問題なわけで。どこか情けなく思った。


「昨日さぁ」


「……!?」


突然、亜久里さんが口を開けた。

僕はそれに分かりやすくビクッと震えて全身に力が入る。

この先何を言われるのか、大方予想がついたからだろう。


亜久里さんは僕の顔を覗き込むようにして言った。


「目ぇ、あったよね」


額からダラダラと冷や汗が垂れてくるのが分かった。

下校中にラブホから男と出てきた亜久里さんに遭遇してしまったことを指しているのだとすぐに察した。


「いや、あれはその……」


「あはは、やっぱり。びっくりしたよー、高橋くんの方がびっくりしただろうけど」


「ま、まあ」


「なんであそこにいたの?」


「あ、ああ……ちょっと近道で」


「へぇーそうなんだ」


そう言うと亜久里さんは箒にもたれかかって、若干ふてぶてしく口を開けた。


「だから学校の近くのラブホは止めようって言ったのにー。今度からあいつとするのやめよ」


「なんかごめん」


「いいのいいのー。どうせ遅かれ早かれ、関係切ろうと思ってたし」


「そ、そうなんだ」


「あいつ気持ち悪いんだよねー。すーぐペットボトルみたいなバイブ入れようとしてくるからね」


「…………!?」


「大きければいいってもんじゃないのにねー。色々乱暴だと女の子は痛いだけだって。もう2度と入れないよ」


「入れたことあるの!?」


どうやら亜久里さんは筋金入りのヤリマンビッチなようだ。

ペットボトルみたいなバイブってなに!?考えただけでも痛そうだよ。


い、いやそれよりも。

僕には確認しないといけないことがあった。もうここまで聞けばほぼ確信的だけど、亜久里さんの口から言われるまでは信じたくなかった。


「あ、あの……その……」


「ん?どうしたの」


「亜久里さんて、誰とでもそういうことするの?」


「なんでそんなこと聞くの?」


「あ、いや……それはその……」


「ウワサ、聞いたんでしょ」


「え?」


「私が誰とでもヤっちゃう女だって」


「あ、いやその」


「別にいいよ。本当のことだもん」


亜久里さんは諦めるように笑った。

いつもと同じ笑顔なのに、なぜか少し寂しさが感じられた。


「中学の頃ね、彼氏がいたんだけど。別れちゃってさー」


「あ、うん……」


「そんときかな。それからずっと。暇さえあればエッチしてる」


「そうなんだ」


「まぁ私が悪いのもあるけどね。でも、しょうがないじゃん。セックスってめちゃくちゃ気持ちいいんだもん」


そうなんだ。気持ちいいんだ。

いいな。僕もセックスしてみたいな。


「どうせだしする?高橋くん」


「え、いや……」


え?


「あ、もうそろそろ下校時間だ。先に帰るね」


あれ?


「また来週ね!高橋くん」


亜久里さんが僕を置いて教室から出ていってしまう。スカートを翻して、水色のパンツがちらりと目に映る。


「亜久里さん!!!」


無意識に僕は、亜久里さんを呼び止めていた。

なぜだろう。聞こえた言葉に違和感をもったからだろうか、期待を抱いたからだろうか。


なんにせよ、僕の性欲は全く自重しなかったのだ。


「なにー?」


「あ……えっと、その……」


呼び止めたはいいものの、何を言えばいいのかさっぱりわからない。

いや、厳密に言えば言いたいことはあるんだけどどうやって要約して伝えればいいのかわからなかった。


頭の中が全く整理がつかなくて、この時だけ僕の脳内は赤ちゃんほどに退化していただろう。それぐらい突発的だった。


「言いたいことあるならはやくしてよ」


意を決しろ、僕。

男には時として勇気を持って、己全てを投げ出すつもりで言わなくちゃならない時があるんだ。

そして、今がその時なのだ。


亜久里さんの顔も、胸も、お尻も、足も。

何度妄想してピーしたことか。

その溢れんばかりの性欲を発散する時が来たのだ。


好きな人にこんなことを言うのは間違っているだろう。でも、それ以上に僕はーー


「お願いです!!!なんでも言うこと聞きますから、僕とエッチしてください!!!」


頭を地面に擦り付け見事な土下座を披露すると、胸をいっぱいに満たす羞恥など全く気にせず大声で叫んだ。


間違いなくこれが人生でいちばんプライドを捨てた瞬間だっただろう。自尊心も何もかも投げ捨てて、ただ己の性欲に身を任せた結果だ。

僕に後悔という2文字はなかった。例え、「きっも」と淘汰されようとも。


「や、やっぱダメですかね……?」


全身が暑くて汗がシャツにびっしょりと張り付いているのがわかる。

このたった一瞬の沈黙がたった一瞬のようには思えなかった。


亜久里さんはしばらく固まっていたが、やがて真顔で吹き出した。


「ぷっ!あはははははは!!!」


「あ、亜久里さん……?」


「高橋くん面白いね。ほんと最高だよ」


彼女は腹を抱えて大笑いしている。僕は訳がわからずポカンとしていた。すると、目元に浮かべた涙を拭いながら亜久里さんは言った。


「じゃあさ、私の言うこと聞いてくれる?そしたらエッチしてあげてもいいよ」


「…………ま?」


僕はまるで悟りを開いたお坊さんのような顔をしていただろう。僕は歓喜に身を包まれると全身で喜ぶのではなく、真顔になるのだと分かった。


亜久里さんはそんな一切揺るがない僕の目元やしわを見て少し戸惑っている様子だった。


そして、その真顔が瓦解したと同時に僕は童貞らしく慌てふためくのだ。


「ま、マジのマジですか?嘘偽りのない純然たるマジ?信じていいやつ?本気?」


「だからマジだって。落ち着きなよ」


亜久里さんは冗談を言っている様子はない。

ということは、マジで亜久里さんとヤれる!?

やった!?本当に、亜久里さんとこの僕が!


いや、待て高橋裕太。

一度冷静になれ、騙されるな。ただ揶揄われているだけかもしれない。僕を笑ったのはそういう……。


「ねえ、高橋くんの家行ってもいい?」


「え」


「てか実家暮らし?」


「う、うん。お母さんと妹と3人ぐらしだけど……」


「そっか、じゃあホテルだね」


「ホテル……?」


「うん。はい、これ私の連絡先。また予定決めるから、追加しといて」


亜久里さんの言われるがままにQRコードを開いて連絡先を交換する。親族と邦隆しかいなかった友達に、あろうことか亜久里さんが追加された。


夢心地だった。

こんな感じだけど、好きな人の連絡先をゲットできたから。


「その……ほ、本当にいいんですか?僕とエッチするの」


「いいよいいよー!だって土下座して死ぬ気でエッチさせてくれ!て頼み込んでくるやつなんていないし。おもしろすぎて」


亜久里さんがまた吹き出す。

品のない大きな笑い声をあげながら僕の肩を強く叩いた。


痛かったけど、それ以上に言葉にならない嬉しさがあった。



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